23:謎の番付表
空が現実逃避しているうちにガヤガヤとまた広場が騒がしくなってきた。
騒がしい方向に目をやれば、男達が大きな横長の立て看板のような物を持って歩いてくる。
それが舞台の前に少し横にずらして設置されると、取り囲むようにわらわらと人が集まり始めた。
「ばぁば、あれなに?」
雪乃の肩をポンポンと叩いて聞くと雪乃も振り向いて確認し、ああ、と頷いた。
「アレは番付表よ。見に行きましょうか。じゃあ弥生ちゃん、さっきのよろしくね」
「はーい。じゃあ私はこれを片手に日陰で観戦してまーす」
「はいはい、もう止めないわ。ごゆっくり」
雪乃は呆れたようにため息を吐いて、一升瓶に頬ずりする残念な巫女をその場において歩き出す。空は一応手を振っておいた。弥生もにこにこと手を振り返してくれたが、もう片方の手はすでに器用に大吟醸の包みをほどき始めていた。
看板の前は人でいっぱいだった。しかし看板は高さがあり文字も大きく書いてあるのでその輪の外側からでも書いてある事がよく見える。
看板の一番上には一際大きな字で四人分の名前が書かれ、その一つ一つの下にさらに四人ずつ、合わせて二十人の名が書かれている。空がそれを不思議そうに眺めていると、雪乃が簡単に説明してくれた。
「あの上の四人が、一番期待されてる人ね。じぃじの名前もあるのよ」
「じぃじの? どこ?」
「一番左のよ。東西南北の順で並んでるから」
空は雪乃に聞いて教えて貰った。読めないこともないのだが筆で書かれている上にとても達筆なので、聞いた方が確かだ。
名前は地区ごとにわけて書かれているらしく、幸生とその名の下の四人が東山地区の代表者ということらしい。集まった人々はそれを見ながら今年は誰だとかどこに賭けるとかそんな話をしている。
やがて舞台の上に男性が一人上がってきた。さっき弥生と揉めていた世話役の男だ。
「よっしゃ、そろそろ始めるぞ! 今年の田起しの出場者はこの二十人! 一番人気は北沢地区の王者、田村和義ぃ!」
うおぉぉ、と雄叫びが主に北沢地区の人達から上がる。それに対して東の方からブーイングが起こった。
「対するは王座からは陥落したもののその実力は未だ衰えず、東山地区の米田幸生ぉ!」
今度は東から雄叫びが上がり、西と南からブーイングが起こる。
「俺ら忘れんじゃねーぞこらぁ!」
「二番は西野地区だろーが!」
「二番で良いのかよこの腰抜け!」
「んだとごらぁ!」
あちこちで聞こえる罵声混じりの歓声に、空は目を白黒させた。喧噪が怖くなってぎゅっと雪乃にしがみつくと、雪乃が優しく背を撫でてくれた。
「大丈夫よ、空。アレは喧嘩してる訳じゃないのよ。まぁ……たまに乱闘になるけど、お酒が入ってからだからまだ全然大丈夫よ」
(……酒が入ったら駄目なのか)
全然安心できる話じゃない、と思いながらも空は男達を眺める。北沢、東山、西野、南谷とそれぞれの地区の全員の名前が順に呼ばれ、今年の仕上がりだとか期待度だとかが告げられていく。空には良くわからない話が出る度に観衆は沸いた。
「さぁ、張った張った!」
全員の紹介が終わると、二十人の名前が書かれた箱が側に置かれ、皆次々に何かが書かれた小さな札をそこに入れていく。
「ばぁば、あれなにしてるの?」
「あれはまぁ、お祭りの余興なんだけど……これから田起しっていって、稲を植える前に田んぼを掘り起こすんだけどね。それを誰が一番早く沢山出来るか競争するのよ。それで一番になる人を予想して、あの箱に自分の名前を書いた札を入れるの。入れた箱の人が勝ったら、色んな景品が当たるかも知れないっていう……お遊びの賭け事ね。賭けって言ってもまだわからないわよね」
「ふぅん……」
(田起しも人力なんだ……耕運機とかない……ないね、うん)
せめて牛とか馬とか亀とかそういう動物を使う選択肢は無いのかと思ったが、この村で一番パワーがあるのは人間らしいから仕方ないのかと空は無理矢理自分を納得させた。
(見るの怖いな……でもじぃじが出るなら応援しようかな)
「ばぁばは、じぃじにかけする?」
「ええ。私と空の分の札は美枝ちゃんに渡してお願いしておいたわ。一緒にじぃじを応援しようね」
「うん!」
やがて全員の札が収まるところに収まり、観衆がぞろぞろと移動を始める。移動する先は広場に繋がる東側の道、その道を境に南北両側に大きく広がる田んぼの前だ。
その一枚一枚の前に出場者が並び、出場者達のすぐ後ろには何故か同じ集落の若者や少し年かさの子供達がずらりと陣取っていた。
空は雪乃と共に東山地区の見物客の中に加わる。もちろん、幸生がよく見える場所だ。近くには明良達もいたが、武志だけは年かさの子達に混じって待機していた。
「ねぇ、あきちゃん」
「ん? どーしたそら」
「タケちゃんたち、なんであそこにいるの?」
空が武志を指さすと、明良がそちらを見て頷く。
「んっとな、たおこしすると、いろいろでてくるんだ。それをたいじしたり、とったりするのに、まってるんだよ」
「いろいろ……?」
「見てればわかるわ。空、私も行ってくるから、ここで明良くんたちと待っててくれる?」
「え……うん」
空を下ろして雪乃が離れていくと、ちょっとだけ心細くなる。それを察したのか、明良と結衣が寄ってきて手を繋いでくれた。すぐ後ろには美枝もいて、優しく空の頭を撫でてくれる。
「雪乃ちゃんねぇ、空ちゃんに美味しいもの食べさせたいから参加してくるんだって。普通は家の若い子が行くんだけど、空ちゃんちは他にいないからね。ここで一緒に待ってようね」
「うん!」
美味しいものというのがよくわからなかったが、空は元気に返事をして両側の明良と結衣の手をぎゅっと握った。
皆で待っていると、ドン、と少し離れた場所で太鼓の音がした。
「さぁ、行くぞー! 準備は良いかー!」
おおおぉぉ、と雄叫びが上がる。
出場者は全員が鍬を持っている。大抵の人は一本だが、中には何故か二刀流で鍬を持つ若者もいた。
幸生と背中合わせに、道を挟んだ反対側を向いているのは番付で一番手だった北沢地区の田村だった。どちらも鍬は一本ずつ。田村は幸生の方を振り返ると、雄々しく名前を呼んだ。
「幸生! 今年も負けねぇからな!」
「……ふん」
「紗雪ちゃんが出てってから年々腑抜けやがって! 今年も俺の勝ちだ!」
どうやら二人はライバルらしい。話の雰囲気からすると、紗雪が村を出て行ってから何年かでついに田村の方が逆転したのだろう。幸生は元王者という扱いのようだった。空はそれを察して明良に手を離して貰うと、幸生に向かって大きく手を振った。
「じぃじー! がんばってー!」
「……うむ」
「はぁっ? じぃじ!? ちょ、お前アレっ」
幸生が振り向いて頷き、田村もまた驚いて空の方を見た時、ドォン、と大きく太鼓が鳴らされる。そして大きな歓声が上がった。
別のを完結させたり、偏頭痛で寝込んだりしたためちょっと遅れました。