2-102:甘い楽しみ
猫西は大量の注文を嬉しそうに受け、スッと頭を引っ込めると端にあった扉からヒョイと外に出てきた。猫宮と同じように二本足で器用に歩き、屋台の反対側に歩いていく。
「ちょっと待っておくれね」
何をするのかと空が興味深く見つめていると、猫西は屋台に絡みついている木の幹に前足を掛けた。幹の根元は途中から屋台の下に潜り込むように隠れていて、その周囲は木で蓋がしてある。
猫西はその蓋をパカリと取り外し開いてから、片方の前足を宙に伸ばしてくるりと回した。するとその先に、しゅわっと水が現れ、緩い渦を巻く。
「あ……おみず?」
伸ばした前足の先に現れたのは、魔法で出したと思しき水だった。渦を巻いた水はやがて前足の先に集まり球になる。ぽよりぽよりと浮かぶそれは猫西の動きに合わせて宙を漂い、やがて木の根元に降り立ってパシャッと弾けた。
「これで良しと。さ、お仕事だね」
猫西は蓋を元通りに直し、それからポンポンと木の幹を叩いた。すると次の瞬間、屋根に掛かった蔓がズズ、と音を立てて動き出した。
「あ、はっぱうごいた!?」
「うむ、大丈夫だぞ。猫西の魔力で育ったのだろ」
ヤナの言葉通り、蔓は見る間にその先端を長く細く伸ばし、屋根の端からするするとすだれのように垂れてくる。そして蔓の途中からどんどんと新しい葉を芽吹かせ、それがさらに育って開き、やがてうんと大きな葉が何枚も繁った。
茎に近い部分は幅広で、先に行くほど細くすぼまったハートの形に似た葉っぱだ。大きさは空の顔よりありそうだ。
「よしよし、ちょうどいい大きさだね」
また屋台の中に戻った猫西は、その葉をプチリプチリと何枚も切り取っていく。
それから作業台の上に置いた葉を清潔な布巾で一拭きし、そしてそこにひょいひょいと餡団子を載せてゆく。空の分と、雪乃と幸生の分だ。
「餡子とみたらしはそれぞれ別で包んでおくからね」
「ええ、ありがとう」
六本目の団子を載せ終え、猫西が葉を抑えていた手を離し重しを外す。すると葉はまたもひとりでに動き始め、くるくると団子を巻いて包み隠した。
団子は葉に対して平行に置かれたのだが、まず葉の両端がくるりと丸まり、それから茎に近い部分がひょこっと持ち上がり、最後に細長い上の方が全体を隠すように勝手に手前に下りてきたのだ。
きっちりと中が見えないように葉が閉じたところで、猫西は細い紐をその包みにくるりと回してきゅっと結んだ。
「わぁ……はっぱが、かってにおだんごをつつんじゃった!」
「ふふ、これは巻き紙草っていう草なんだね。葉で何か巻きたくて仕方ない習性があるんだね。だからこうして団子を載せてやると、喜んで巻いてくれるんだよね」
そう言いながら慣れた仕草で今度はみたらし団子が並べられ、同じようにくるくると包まれていく。空はそれを面白く覗き込み、ついでに目の前に垂れている葉っぱをちょっとだけつついたりしてみた。
「うごかない……のせないとなのかな」
「たぶん、坊やが載ると包もうとするね。もっと大きくなってくれって魔力をやって頼めば、子供を包めるくらい大きな葉も育つんだね」
「ぼく、つつまれるのは、ちょっといやかなぁ……」
一際大きな葉っぱに団子を山ほど載せながら、猫西がくすくすと笑う。空の答えでその光景を想像したのか、ヤナも雪乃も思わず微笑んだ。
「んー、おいしーい! なんか、おはなのかおりがする!」
団子を受け取り、仔守玉に魔力を込めた後。
空は花団子という初めて見る団子を一つおまけしてもらい、その場で口に運んで幸せそうな笑みを浮かべた。
ピンク色の団子を口に入れて噛みしめると、中からとろりと甘い蜜が零れてくる。
蜜からは花のような香りがほのかに漂い、甘さだけではなく少しばかり酸味も感じた。柑橘系の果汁で味を調整してあるようだ。それが案外さっぱりしていて、いくらでも食べられそうな味わいなのだ。
「美味しいなら良かったんだね。じゃあ明日から毎日、午前のおやつに間に合うように配達するからね」
「ええ、お願いね」
屋台の外に出てきた猫西は、屋根の上で寝そべる白妙を見上げて嬉しそうに何度も頷いた。白妙の前足の間には空が魔力を込めた仔守玉が置いてある。
魔力が合うかどうかさっそく試してみたのだが、白妙は無事に空の魔力を気に入ったらしい。
空も団子の味を気に入ったので、米田家と猫西はしばらくの間おやつを毎日配達するという約束を交わした。
「えへへ、まいにちおだんご、たのしみ!」
空が頬を緩めてそう呟くと、猫西は顎に前足を当てて考え込むような仕草を見せた。
「なるべく飽きられないよう頑張るんだね……坊やの好きなのはどんな味だろうね?」
「ぼく、なんでもすきだよ! あ、でもたまにしょっぱいのもあると、うれしいかな……」
しょっぱい物と甘い物を交互に食べると、いつもよりさらに食べられる気がするからだ。
「しょっぱいやつだね。なら醤油を塗って炙った団子なんかも作ろうかね」
「うん! しょうゆ……あ、ねこにしさんて、どうやっておだんごつくるの? そのおててだと、たいへんじゃないの?」
醤油団子も美味しそう……と想像したところで、ふと疑問が湧いたので投げかけてみる。
すると猫西はくすりと笑って、白い手袋をしたような色の前足をきゅっと開いた。ピンクの肉球と小さな爪が可愛い。
「団子は魔法で作るんだね。この手じゃ流石に数は作れないからね。あ、毛が混じったりしないよう屋台も魔法で清潔にしてあるから安心するんだね!」
「まほうかぁ。おだんごをつくるまほう……みてみたいなぁ」
団子がふわふわと宙を漂う様子を想像しながら空はそう零した。猫西はまた面白そうに笑い、良いよと頷く。
「なら今度、坊やの前で実演してみせるんだね。出来たての団子をご馳走するね」
「ほんと!? やったぁ!」
空がピョンと跳びはねて喜ぶと、猫西も嬉しそうに目を細める。
「良かったわね、空」
「うん!」
「それは楽しみだな。団子を作るところはヤナも見たことがないのだぞ」
「はは、大したこともない魔法だがね……おや、アオギリ様」
不意に猫西が顔を上げ、雪乃の後ろに視線を向けた。釣られて皆が振り向くと、アオギリ様が境内に入り、こちらに向かって歩いてくるところだった。
「お散歩は終わりですか?」
雪乃がそう聞くと、アオギリ様が笑って頷く。
「うむ、今日は散歩日和だの。猫西よ、残った団子を包んでくれぬか。うちの皆にも食べさせたいのでな」
「はい、ただいま!」
空たちが沢山買ったので、今残っている団子はそう多くない。だが龍花家の家族で食べる分には丁度良さそうな量だ。
アオギリ様は猫西が巻き紙草の葉を切り取るのを眺め、それから屋根の上に視線を向けた。視線の先には玉を抱えて寛ぐ猫がいる。
「……白妙は、空の魔力を気に入ったか」
ぽつりと呟いた言葉に、ニャーと声が返る。アオギリ様はそうかと小さく呟き、また後で来るとふらりと踵を返した。
「あ、ねこさん」
すると屋根の上にいた白妙が立ち上がり、仔守玉を器用に蔓の間に引っかけると、トンと屋根を蹴った。
「おわっ!?」
白妙は見事な跳躍力を見せつけ、ストンとアオギリ様の肩に降り立つ。そして戸惑うアオギリ様の耳元でニャーとまた鳴いた。
「む……うむ。なら、ちと裏の池まで歩くか」
アオギリ様は白妙とどうやってか意思を交わしているらしい。また振り返ると、団子を包む猫西に声を掛けた。
「猫西。ちと白妙と境内を散歩してくる。すぐ戻るゆえ、団子を頼む」
「はい、いってらっしゃいませ」
猫西は軽く応じ、ひらひらと前足を振った。
空はそれを交互に見て、何だか妙にアオギリ様の様子が気になって駆け寄った。何となくその背中が元気なく見えたのだ。
「アオギリさま! あの、ぼくもついてっていい?」
「ん? 別に構わぬが……良いか、雪乃」
アオギリ様が雪乃とヤナに視線を向けると、二人は顔を見合わせてから頷いた。
「じゃあ、私たちはちょっと拝殿の端をお借りして休憩していますね。空をよろしくお願いします」
「空、ヤナたちはあそこで待ってるからの」
「うん!」
二人に許可をもらい、空は頷いてアオギリ様の隣に並んだ。
「では行くかの」
「はーい!」
大きさが随分違う二人は、片方は肩に猫を、もう片方は肩に小鳥を乗せ、境内から伸びる木々の間の小道へと足を進めた。




