2-81:もてなしと提案
「じいちゃんちって、鬼の子孫だったの!? じゃあもしかして俺も? すっげー、かっけー!」
「その角ってホントに生えてるの? いたくないの?」
「ひぃじぃじと、ひぃばぁばと……いっぱい? みんな、ごせんぞさま?」
空の叫び声で起きてきた兄弟たちは、ずらりと並んだご先祖様を紹介されて驚きつつも順応性の高さを空に見せつけた。
もっとも、小雪や陸はまだ先祖だとか死者だとか、そういう言葉の詳細を理解していない節もある。知らないがゆえの子供の素直さで、先祖の帰還というものを遠くの親戚が帰ってきたくらいの感覚で受け入れているようだった。
子供たちがご先祖様たちにそれぞれ名を名乗って自己紹介すると、陸は恐れず六代目に話しかけた。
「おにのじぃじ、なまえなんていうの?」
「名か。六代でいいぞ。わしらの名はもう諡に変わっちまって呼びづらいからな」
「ろくだい……」
空は弟の度胸の良さを内心で讃えながら、ご先祖様たちを順番に見つめた。
「ろくだいと、ななだい、ななだいのおくさん、はちだい、きゅうだい、じゅうだい……は、ひぃじぃじとひぃばぁば?」
「うむ、よく憶えているな。賢い子だ。俺が米田の十代目だな。幸生の父だぞ。あんまり似とらんがなぁ」
空が数えていくと十代目だという曾祖父が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、じぃじは十一代?」
ご先祖様たちの輪に加わってお茶を飲んでいた幸生を見ると、幸生はこくりと頷いた。
「うむ。米田家第十一代当主、米田幸生……だ」
「何かかっこいい! え、じゃあママが十二代?」
樹がそう言うと紗雪は困ったように笑う。紗雪は杉山に姓を変えたので、米田は今のところ幸生までなのだ。
「まぁ、何代目かなんて、気にするほどのもんじゃねぇ。どうせもとは鬼として生まれた初代が、ここの村娘と夫婦になって勝手に立てた家なのさ」
「おにとむらむすめ……なんか、むかしばなしみたい」
空がそう呟くとご先祖様たちは全くだと口々に言って楽しそうに笑った。どのご先祖様も皆楽しそうで、空は何だか少し安心した。全員が少々古風な着物姿で容姿も様々だが、誰もが空たちを優しい眼差しで見つめてくる。
(幽霊みたいな姿で出てこられるより、怖くないし……ビックリしたけど、このほうがいいかも)
空はそんな感想を抱いて、またご先祖様たちをそっと観察してみた。
六代目は幸生とよく似た雰囲気で、二本の角が生えている偉丈夫だ。
七代目は全然違うタイプで、細面で体つきも細身だ。長い髪を一つにくくっている姿は、物静かな侍のような雰囲気だった。
七代目の奥さんは可愛い系の見た目で、朗らかな雰囲気を醸し出している。
八代目はちょっとやんちゃそうな若者で、体格は六代目や幸生のようにがっちりしているが愛嬌のある顔立ちだし角もない。
九代目はなかなかに美しい、たおやかな雰囲気の女性だ。
そして十代目の曾祖父と曾祖母は幸生の両親とは思えないくらい小柄で、穏やかな顔をした若い夫婦だった。夫婦で見た目や雰囲気がよく似ている。
(皆あんまり似ていない……何か不思議)
空はそんな感想を抱きつつ、気になっていたことをご先祖様たちに聞いてみることにした。
「ね、ごせんぞさまたち……なんで、ろくだいからかえってきたの? ごだいとか、もっとまえのひとはいないの?」
空のその問いに、側にいた曾祖父がにこりと笑う。
「あのな、先祖ってのは、あの世にいるのに飽きた者から生まれ変わるんだよ。生まれ変わったのは、もう呼ばれても帰ってこないのさ」
「うまれかわる……」
あの世に飽きたから生まれ変わるというのは何とも不思議な話だが、実際に前世の記憶を持っている空は、そういうものなのかと自分を納得させて頷いた。
「もう、しょだいとかいないんだね?」
「ははは、初代は長生きだったが、死んだ後は恋女房を追ってさっさと生まれ変わっちまったらしいぞ」
「まぁ、鬼と人じゃあ寿命が違うからねぇ」
「あの世に行ったらもう妻がいねぇってんで、大慌てだったって聞いたよ」
鬼だったというご先祖様に会えないのは少し残念な気もするが、先祖返りの六代を見られたのは運が良かったのかもしれない。
「じぃじのおうちって、いつからあるの?」
空がさらに問うと、全員首を傾げて考え込んだ。その問いに答えてくれたのは饅頭を入れた皿を持って台所からやってきたヤナだった。
「米田の家はおよそ三百五十年前くらいかららしいぞ。ヤナより少し古いくらいだ」
「そうなの?」
(それでじぃじが十一代目……年数の割に、ちょっと少ないような?)
空のそんな疑問の答えも、やはりヤナが教えてくれた。
「ヤナが最初に契約したのは米田の三代目だったが、その頃もまだ初代も二代も健在だったぞ。鬼の血のせいか、米田家の人間は昔のほうが長寿だったからの」
「その分子供も出来にくくて、遅くに生まれる子が多くてなぁ。まぁ、皆ようここまで繋いでくれたもんだ」
「紗雪に四人も子供がいるなんて、嬉しい事だねぇ」
「ああ、この家にこんなに子供がいるなんて初めてだよ。皆可愛いねぇ」
ヤナはしみじみと呟くご先祖様たちに笑って、皿に盛った饅頭を差し出した。
「何を言うておる。ヤナにしてみれば、お前たちは皆、ヤナにおしめを替えてもらった可愛い子供らなのだぞ。さ、饅頭を食え。七代と九代は特にこれが好きだったろう?」
「……ありがとう」
「ふふ、ヤナの作る饅頭、今も大好きだよ」
「わしは酒のがいいんだが」
「酒はこの後の宴で出すのだぞ。もう少し辛抱しておれ」
ヤナに掛かればご先祖様たちも形無しだ。どんな姿をしていようと、皆ヤナに面倒を見てもらって育ったので頭が上がらないらしい。
ご先祖様たちは大人しく饅頭を受け取って口に運ぶ。どのご先祖様も、何だか皆嬉しそうだった。
子供たちの朝ご飯を軽めに手早く済ませた後、幸生は囲炉裏の間とその隣の部屋を隔てる襖を取り払い、棚を動かして大きく繋げて広げた。
そこに大きなテーブルを並べ、座布団を敷いてご先祖様たちを迎え入れる。上座には当代の幸生が座り、その脇には古い先祖から順番に並ぶことになっているらしい。
「こうしてご先祖様たちをもてなすのが風習なのよ」
「さ、皆もお料理運んだりお皿持っていったり、お手伝いしてね」
雪乃の采配で、紗雪や子供たちもパタパタと走り回るようにお手伝いをこなす。何だか賑やかで、手伝いも皆でやれば楽しかった。
テーブルには徐々にご馳走や酒が並べられ、昼を待たずして宴は賑やかに始まった。
「では、ご先祖様たちに感謝を。乾杯!」
そんな幸生の合図によって宴会が始まった途端、空は目の前に取り分けられたご馳走に齧り付いた。
唐揚げに煮物、夏野菜の漬物や炒めもの。川魚の蒸し焼きやちらし寿司。雪乃特製のおはぎもある。
どれも素朴な田舎料理だが、この村の食べ物はどれも美味しいので子供たちもよく食べた。
空はどれも次々平らげつつ、側にいるフクちゃんにも時々こっそりお裾分けをした。フクちゃんは見慣れぬ客が沢山いることに緊張しているのか、今日は空の陰に隠れて離れようとしないのだ。まだ昼前のせいかテルちゃんも姿を現さない。
「フクちゃん、おにぎりのごはんつぶ、いる?」
「ホピ……」
フクちゃんは少し迷ったようだが首を横に振った。
「フクちゃん、なんだかげんきないね……だいじょうぶ?」
空が心配そうにそう聞くと、おい、と上座の方から声が掛かった。そちらを向くと、七代が空の方を見て手招いている。空がフクちゃんを置いて立ち上がると、七代はそれを連れてこいとフクちゃん指で示す。
空はフクちゃんを手のひらに載せると、七代の前まで連れて行った。
「……それはお前の鳥か」
「え、はい……みけいしからかえった、ぼくのしゅごちょうの、フクちゃんです」
「ふむ……ちと見せてみろ」
「ホピッ!?」
七代は空の手の平からフクちゃんを掬い取ると、テーブルの上にちょこんと置いた。
「ホピ……」
不安そうに周りを見回すフクちゃんを、七代はじっと観察する。
「なかなか良い鳥だ。我らがあまりに人の気配と違うので、些か怯えているようだが」
「あ、それでげんきないの?」
「恐らくは。身化石から孵したのは、いつ頃だ」
「きょねんの、いまくらい?」
空がそう言うと、七代はフクちゃんの小さな羽を少しばかり開き、指で撫でた。
「ふむ。だがどうにも鳥だな……オカザリさんか?」
その言葉は、去年神社の神主の辰巳から聞いたので知っていた。空は首を横に振る。
「フクちゃんは、ぼくがたすけてっていったらかえったの。とりだけどおっきくなれるし、つよいんだよ!」
そう空が主張すると、フクちゃんも自分は見た目だけの飾り物ではないとむくりと少し大きくなった。
七代はその姿を見て感心したように、ほうと小さく呟きそして頷いた。
「訂正しよう。これは立派なオマモリさんだな。空は良い守護者を身化石から孵したようだ」
「ホピルルルッ!」
その評価を聞いて、当然とばかりにフクちゃんが胸を張る。空も嬉しくなって強く頷いた。
七代はそんな空を見てしばらく考えると、ゆっくりと幸生の方を振り向いた。
「我は空にしよう」
「うむ。よろしくお頼みします」
何の話かわからず空が首を傾げると、今度は六代目が口を開く。
「じゃあわしは紗雪にするかの」
「え、六代様、ホント? やったぁ!」
紗雪はパッと顔を輝かせて喜んだ。何が嬉しいんだろうかと空が不思議に思っていると、次いで七代の妻は首を横に振る。
「私は子供たちを見に来ただけだからお休みね。ヤナちゃんとゆっくりお茶でもしたいわ」
「うむ、構わぬぞ」
「ならば、俺は樹にしようかな」
と言ったのは八代。
「私は小雪かしらね。雪乃もどう?」
「ええ、お願いします」
そう言って雪乃と頷いたのは九代。
「陸は、ひぃじぃらと遊ぶかの。まだ八代や六代の相手は早いからの」
「ええ、それがいいわ」
「ひぃじぃじ、あそんでくれるの? やったぁ!」
十代の曾祖父母は、喜ぶ陸に優しい笑みを見せた。
空はその流れに首を傾げ、説明を求めて七代の顔を見上げた。七代は空に頷くと、フクちゃんを捕まえて空の手にそっと戻してくれた。
「我ら先祖は、毎年こうして姿を現して帰るわけではない。必要だと思うときに訪ねるものなのだ。たとえば、先達の知恵が要りそうなとき。あるいは、村が危機に陥ったとき。そして、自分と似た系統の子孫に少しばかり我らの技を指導したいというときなどだな」
「えっと……じゃあ、ななだいさま? と、ぼくがにてるってこと?」
そう問いかけると、七代はうむとまた頷き、フクちゃんの嘴をつんとつついた。
「我も身化石を孵すことが出来る者だった」
七代のその言葉に、空は去年アオギリ様から言われた言葉を思い出した。
「あ……そういえば、アオギリさまがいってた?」
「アオギリ様か。何と?」
「よねだのいえには、ひとじゃないものにすかれるひとが、たまにいるって」
言われたことを思い出しながら空がそう言うと、七代はくっと口の端を上げて笑みを見せた。
「まさにそれだな。我の前は、三代がそうだったと聞いている」
三代、と言われて空はハッとヤナの方を見た。ヤナも話を聞いていたのだろう。空の視線を受け、ヤナは何かを懐かしむような微笑みを浮かべて頷いた。
「そっか……ななだいさま、ぼくになにかおしえてくれるの?」
「ああ。まぁ、まだ空は小さいし、ほんの触りだけになろうが……その鳥以外にも、何か持っておるか?」
「えっと、テルちゃんっていうせいれいがいるよ! ことしのふゆに、んと……ナリソコネから、けいやくして、せいれいになったこが」
空がそう言うと七代は目を大きく見開き、そしてまた考え込んだ。
「その歳でか……我らがいられるのは明日の夜までだが、ちと詰め込んだほうが良さそうだな。この宴が終わったら、庭に出よう。そこでテルとやらを見せてくれ」
「はーい!」
空は七代との話が楽しくなってきて、元気良く頷くとさっと席を立った。
「じゃあ、ぼくがんばるために、またごはんたべてきます!」
「……まだ食うのか」
おかずとご飯をキレイに二周し終えた空の様子を見て呼んだ七代は、その言葉にまた目を見開いていた。