2-79:温かな灯火
「あ、灯りだ!」
「ホントだ!」
それから間もなく、前方にぽうっと明かりが灯っているのが唐突に目に入った。
ほんのりオレンジ色をした優しい光だ。
「結構歩いて疲れちゃったな」
「はやくいこ!」
何だかもう随分長い事歩いていたような、けれどあっという間だったようなおかしな気分で、空たちはその明かりのところまで急いで駆け寄った。
「あったあった……えっと、これだよな?」
「これ何? 草?」
「なにこれ! かわいーねぇ!」
灯りの側まで行って足を止め、子供たちはしゃがみ込んでその光の正体をじっと見つめた。
光っているのは道端に生えた四本の草だったのだ。その一本一本にオレンジ色の実のような物がぶら下がり、それがほのかな光を放っている。
「これは……ほおずき?」
「空、これ知ってる?」
「うん、たぶん、ほおずきっていうくさ? でも、ひかるのははじめてみたよ」
空は前世の知識からそれを鬼灯という草だと認識した。夏になるとこの草を植えた植木鉢を売る市が立つと、テレビで見たことがあったのだ。実物を見たことがあるかどうかは覚えていないが、確かにそれは見知った形をしている。
「これもってかえればいいのかな」
「可愛いけど、引っこ抜いていいのかなー?」
「ぼくにもいっぽんちょーだい!」
「じゃあちょうど四本あるから、一本ずつな!」
樹はそう言って小雪と繋いでいた手を離すと、鬼灯の根元に手を掛けてぐいっと引っ張った。鬼灯は地面からするりと引っこ抜け、ゆらゆらと揺れる。
「ほら、小雪」
「ありがとう!」
樹は他の鬼灯も続けて引っこ抜き、空と陸にそれぞれ渡して、最後に残った枝を自分で持った。
提灯と鬼灯、二つの灯りを持つと急に周りが明るくなったように思え、手を繋いでいなくても何だか安心感が増す。
鬼灯の枝にはどれも一つか二つ大きな実が付いている。空が受け取った枝には実が二つ付いていた。
「なんでひかるんだろ?」
光っているのは、鬼灯の奥にある丸い実のようだ。その光が実を覆う皮を通して漏れて、温かな色合いに輝いて見えるらしい。
「何でかわかんないけど、とってもキレイ! 私これ好き!」
空が首を傾げていると、小雪がそう言って鬼灯を高く掲げた。
「へへ、二刀流っぽくない?」
「ぼくもにとーりゅー!」
樹と陸は提灯と鬼灯を両手で斜めに構え、ビシッとかっこつけたポーズをとる。それを見て小雪がくすくすと笑い、空もホッとして笑顔を浮かべ、そして呟いた。
「ぼく、すごくおなかすいた……」
灯りを見つけてホッとしたせいか、空のお腹が急に動き出してきゅるると可愛い音を立てた。
ここに来る前におにぎりを二つ貰って食べているのだが、ちゃんとした夕飯はまだだったのだ。
暗闇を歩くのに必死でそんなことをすっかり忘れていたが、気付いてしまうと途端に我慢が出来ない気がしてくる。
「もうかえろ! そんで、ごはん!」
空は両手に一つずつ灯りをぶら下げ、くるりと後ろを振り返った。
全部で八つになった灯りで照らすと、歩いてきた道が今までよりずっとはっきり見える。
それに安心して樹たちの方を見ると、皆同じように灯りを構えて頷いた。
「じゃあ帰ろっか!」
「うん、私もお腹空いたぁ」
「ぼくも!」
口々にそう言って、ゆらゆらと揺れる光を追うように四人は今来た道を戻り始めた。その足取りは行きよりもずっと軽く、躊躇いもない。
歩きながら空はまたそっと耳を澄ましたけれど、もう誰の声も聞こえなかった。
「あっ……あれ、もうそと?」
「出た? えー? 何かあっという間だったな?」
「こんな短い道だったっけ? 変なの……」
「ままー?」
帰り道はあっけないほどあっという間だった。
いくらか歩いた、と思ったらするりと暗幕を抜けるように四人はお堂の外に出ていたのだ。
外の風が頬を撫で、ざわざわとした人の声が急に戻ってきた。
どう考えても行きと帰りの距離が違うと感じて、それが不思議で仕方ない。首を傾げていると、こっちだよ、と呼ぶ紗雪の声が人の間から聞こえた。
「皆、おかえり!」
「まま!」
「ただいまー、灯り、取ってきたよ!」
「もー、遠かった! なのに何か、帰りはすぐだったの変じゃない?」
「まま、おなかすいた!」
全員で紗雪のところに走り、子供たちはそれぞれ訴える。紗雪は子供たちの顔を順番に覗き込んで、それからしおしおしだした空を見て、慌てて空を抱え上げた。
「空、お腹空いちゃった?」
「うん……おなかぺこぺこ!」
「じゃあ急いで帰らなきゃね。皆、ちゃんと鬼灯取ってきて偉かったわ。さ、父さん、帰りましょ」
「うむ。お役目、ご苦労だった。お前たちのおかげで、無事ご先祖様たちをお迎え出来た。ありがとう」
幸生にそう労われて、樹や小雪は少しばかり照れたような、けれど嬉しそうな表情を浮かべた。陸はまだ良くわからないが、楽しかったし褒められたから嬉しい、というような表情だ。
空は空腹がいよいよひどくなってしょんぼりしていたが、それでも幸生に笑顔を向けた。そしてふとお堂の方を振り返る。
お堂の前には空たちの次に出てきた子供たちやその周りの大人がいるだけで、他に目を引くものは特にない。
もしご先祖様の幽霊が後から出てきたらどうしよう、とちょっと心配していた空はホッと肩の力を抜いた。
「さ、じゃあ帰ろうね」
そんな空の心配も知らず、紗雪は空を抱いたまま子供たちを先導してまた歩き出した。
もう外はすっかり日も暮れて真っ暗だ。けれど子供たちの持つ提灯と鬼灯の灯りがゆらゆらと足元を照らしてくれている。
「ね、まま。アキちゃんかえってきた?」
空たちの前にお堂に入っていった明良とは、結局中で会うことはなかった。それどころか誰一人として他の子供の姿は見なかったのだ。
一人だった明良が気になっていた空はお堂を出てから周りを見回したけれど、明良の姿は良くわからなかった。
「アキちゃんは、空たちが出てくるより結構早く戻ってきて、もう帰ったわよ。空たちを待っていたかったみたいだけど長く掛かりそうだったから、またねって」
「そっか。アキちゃんははやかったのかぁ」
(アキちゃん、勇気あるなぁ……それとも、この村で生まれ育ってたら、やっぱり何か違うのかな)
今度会ったら、怖くなかったか聞いてみよう。
そう思いながら空はふと天を見上げ、そこに無数の星が煌めいていることに気がつく。
「まま、ほし、きれいだよ」
「ええ、とってもキレイね……東京だと、こういうの見られないから久しぶりで嬉しいな」
確かに、こんなに美しい星空は田舎でなければ見られないだろう。
「ね、まま……さっきぼくらがあるいたみち、あそこ、どこだったの? ほしはみえたけど……むしのこえもきこえなかったよ」
「そうねぇ……どこだったのかしら。実はママも知らないのよ」
「そうなの!?」
空は驚いたが、紗雪は何でもないことのようにこくりと頷く。
「ママは何となく、ご先祖様と私たちのいるとこの境目なのかなって思ってるけど……本当のところはわからないわ」
「そっか……そういうの、しりたいってならない? こわくないの?」
そう問うと、紗雪はううん、と小さく唸って首を傾げた。
「空は怖いの? ママは……逆かなぁ」
「ぎゃく……」
「ママは、全部知ることのほうが怖い気がするかな。知らないことがあるほうが何だか楽しいし、安心する気がするの」
そんな考え方もあるのか、と空は目を見開いて紗雪の顔を見た。紗雪は微笑み、空を抱き上げているのとは反対の手でゆらゆら揺れる鬼灯の実をツンとつつく。
「この灯り……これがどうして光るのか私は知らないけど、いつ見ても、キレイだなって思う。これを取りに行くお役目を任されてから、毎年、ママはとっても楽しみだったわ」
「ままも、とりにいったんだ?」
それもそうか、と空は頷いた。年若い者が行くというのなら、米田家ではきっと長い間紗雪の役目だったのだろう。
(ママはきっと、陸みたいに怖がらない子だったんだろうな……)
そんな幼い頃の母の姿が見えるようで、空はくすりと小さく笑う。
「でも、たとえばこの鬼灯の中に虫が入ってて、その虫が光ってたらどうかしら? ママは平気だけど、虫が嫌いな人は知りたくなかったって言うかもって思わない?」
「そうかも。おねえちゃんとか、いやがりそう」
空がそれを想像して頷くと、紗雪も、ね、と頷いた。
「ママはあんまり細かい事を考えるの得意じゃないけど、ありのままを受け入れるのは、きっと得意なんだと思う。だから、あそこが何なのかは知らないけど、別にそれで良かったの」
「うけいれる……そっかぁ」
それは多分、まだ空には少し苦手なことな気がする。けれど、きっと母のような生き方のほうがずっと楽なのは間違いないという気もした。
「空が知りたいなら、大きくなってから調べたらいいかもね!」
「しらべる……そういうのもありなの?」
「もちろん! それは空が決める事だもの。ママと同じじゃなくていいのよ。受け入れられない、知りたいっていうのも、全然悪くないわ」
空は、その柔軟で優しい紗雪の心に触れ、何だか気持ちが軽くなった気がした。
知りたいと空が思うことも、自分は知らなくていいと思うことも、紗雪は同じように受け入れてくれるのだ。
どちらが良いとも悪いとも言わず、それは好きに選ぶ事だからと紗雪は笑う。
「ぼく、ままのそういうとこ、すきだなぁ」
「え、そう? 嬉しいなぁ。私も、空がいっぱい考えてるとこ、好きだよ。とっても素敵だと思う」
星明かりの下、鬼灯の灯りに照らされたお互いの顔を見合わせ、二人はよく似た顔で笑った。
空は紗雪の笑顔を見て、来年もきっとこの役目を果たそうと思ったのだった。




