2-76:少し早い別れ
コケモリ様に挨拶をしてから数日。
その間に空たちは川遊びを計画していたのだが、残念ながらそれは実現しなかった。
川の上流で雨が降ったらしく、増水しているのでダメだと地区に連絡が回ったのだ。残念だったがそれは仕方ない。
それでも里の天気はそれほど悪くなかったので、外で遊ぶことは出来た。庭の野菜は毎日採れるし、身化石もそこかしこに転がっている。
それ以外にもカードゲームや熊ちゃんファイターをしたり、皆で幸生をよじ登って遊んだりと、子供たちは毎日飽きずに子犬が転げ回るように楽しく遊んだ。
「なぁ、ヒマワリが咲いてるんだけど……昨日まで、ここにあったっけ?」
朝、朝食用の野菜を採りに裏の畑に行く途中、樹が不意にそう呟いて首を傾げた。
そう言われて見れば、裏庭へ行く途中の庭の端に何本ものヒマワリがずらりと並んでいる。
空はそれを見て、またか……と嫌そうな顔をした。
「おにいちゃん……あんね、これ、のらひまわりなんだよ」
「のらひまわり? のらって、野良猫とかの野良? どういうこと!?」
空の言葉に樹は目を見開き、背の高いヒマワリの花をじっと見上げた。ヒマワリは動きはしないが、その花は太陽ではなく樹の顔を見下ろすような方向を向いている。
困惑する樹に、ヤナが魔砕村のヒマワリに付いて説明してくれた。
「この村のヒマワリは、夏になるとどこからともなくやってくるのだぞ。どこか知らぬ場所で勝手に芽吹いて花を咲かせ、その後は小さい群れで移動して適当な場所で夏を越すらしい。大体は何か気になる物を見つけてその側に移動し、それを眺めて過ごすようだ」
「……全然意味がわかんないよ!?」
全くその通りだ、と空もしみじみと思う。しかし事実なのだ。
しかもヤナから聞いたところ、移動する際は長い茎を横倒しにし、葉っぱの先を地面につけ、根っこと葉っぱを器用に動かして這うようにやってくるらしい。
想像するだに気持ちが悪いと、空は口には出さないが思っている。夜の間に移動するらしいので、その姿を見る機会がなくて本当に良かった。
「多分、樹たちが珍しいから見に来たのだぞ。去年は空を見に、かなりの数が集まっていたからの。また増えすぎても困るから、少し追い払っておくか?」
「そうして!」
「え、キレイだし、別に俺はいいけど……」
「私もいいよ!」
「ぼく、ひまわりすき!」
皆がそんな事を言うので空は少し慌てた。去年の夏は、庭に現れたヒマワリを放っておいたら日を追うごとにどんどん増えて、とうとう米田家前の道の両脇に等間隔でずらりと並ぶまでになってしまったのだ。
最後には雪乃が一本刈り取って花器に飾り、怯えさせたことで逃げ去ったがそれまでは毎日空を悩ませていた。
「ふむ……主ら、ここにいてもいいが、仲間を呼ぶでない。敷地に入っていいのは五本まで。家の前に並ぶのも禁止なのだぞ」
ヤナが出したその案に、ヒマワリたちは相談しているのかもそもそと動き出した。花が少し上がり、隣同士で顔を見合わせるようにヒマワリが向き合う。
しばらくすると結論が出たのか、ヒマワリたちは何事もなかったかのように太陽の方を向いて動きを止めた。
子供たちをじろじろ見たりしていないというアピールのようだ。どうやらヒマワリたちはヤナの提案を呑むことにしたらしい。
「これでよし。さ、早う野菜を採ってしまおう。今日はお盆の支度で忙しいゆえな。朝食を食べたら隆之も送っていかねば」
「はーい!」
「うん……」
ヤナの声で、子供たちはヒマワリのことはもう忘れて裏庭へ駆けて行く。
空は反対に、その言葉で今日隆之が帰ってしまうことを思い出したのか、少しばかり肩を落として皆の後を追った。
「ぱぱ……えっと、いってらっしゃい! また、あいにきてね!」
朝食の後、空たちは東京に帰る隆之を見送りに、駅までバスでやって来た。空は隆之の膝の上に乗り、別れを惜しみながらの道行きだった。
東京で働く隆之はさすがに一週間くらいしか休みを取れなかったので、一足先に帰るのだ。
それでも多分頑張って休みを取ってくれたはずで、仕方ないと空は納得している。けれど寂しいと思う気持ちはまた別だ。
隆之は少しばかり元気がない空を抱き上げたまま駅の改札を潜ると、電車を待ちながらゆらゆらと空を揺らして歩き、語りかけた。
「空、今日はパパ、県の役所に寄って帰るんだよ。そこで、この県に移住するためにどんな事が必要か聞いて帰るつもりなんだ」
「いじゅう……うれしい、けど。でも、あんね、むりしなくていいから! ぼく、ときどきみんながきてくれたら、さみしくないからね!」
近くに引っ越すために無理なことはしてほしくないと空が訴えると、隆之はその頭を優しく撫でて頷いた。
「大丈夫だよ、空。パパは自分がしたいと思う事をするんだよ。無理はしないけどね」
そう言って笑う隆之は、頼もしい父親の顔をしている。
空はうん、と何度も頷いて、にっこりと笑顔を見せた。
「おしょうがつにかえってきてね! まってるね! ここのおもち、すっごくおいしいんだよ!」
「それは楽しみだなぁ。お正月の行事とか、面白い事があったら教えてほしいな」
「いっぱいあるよ! いっしょにやろうね!」
「ああ、約束だ」
空としっかり指切りをして笑顔を交わし、やがて隆之はやって来た列車に乗って東京に戻っていった。
空はそれを笑顔で手を振って見送った。
何となく去りがたく、列車が見えなくなるまでホームに立ち尽くしていると、その背中にトンと何かが当たった。後ろを見ると、空を見守っていた陸がピタリと抱きついている。
「そら……」
「りく?」
「そら、いっしょにあそぼ! いっぱい、いっぱい! あとえっと、おぼん? おぼんのしたくっていうの、しよう!」
弟の一生懸命な気持ちが伝わり、空はその手を握って頷いた。
「うん!」
まだまだ、兄弟との夏休みは残っている。
川遊びも、カブトムシ狩りもしていない。
「かえろ!」
空が振り向いてもう片方の手を差し出すと、後ろにいた紗雪がその手をきゅっと握った。
陸と紗雪と仲良く手を繋ぎ、空は駅を後にしたのだった。