2-74:楽しい(?)近道
山道をしばらく登ったものの、空は少し疲れてきたのでフクちゃんに乗せてもらうことにした。
「フクちゃん、ちょっとはこんでもらってもいい?」
「ピルルルルッ!」
フクちゃんは待ってましたとばかりに地面に下りて一声高く鳴き、バサバサと嬉しそうに何回か羽ばたいた後ムクムクと体を大きくした。
「ホピッ!」
そして体を低くして空が乗りやすいようにしてくれる。空はよいしょとフクちゃんのふかふかした背中に乗り込んだ。そしてそれを羨ましそうに見ていた陸に手を伸ばす。
「りくもいっしょにのろ!」
「いいの!?」
「ホピピッ!」
「いいって!」
フクちゃんは陸の方を見てコクコクと頷いた。陸は大喜びで空の手を掴むと、よいしょとその後ろに乗り込んだ。フクちゃんは二人の様子を見て、もう少し体を大きくすると、すっと立ち上がり揺らさないようにトコトコと歩き始めた。
「わぁ……フクちゃん、たかいし、はやい! あとふわふわ!」
陸はフクちゃんの羽毛を触って大喜びだ。
「いいな~!」
「俺も今度乗せてほしい……」
「ホピッ!」
小雪と樹が羨ましそうにそう言うと、フクちゃんは二人を振り向いて頷く。
「こんどのせてくれるって!」
「やった!」
「わぁい!」
フクちゃんは空の役に立てた上に、皆に乗りたいと言われてご機嫌だ。それを見ていたテルちゃんが隆之の肩の上でむぅと小さく唸った。
「テルダッテ、ミンナヲハコベルヨ! ハコンデクレルショクブツ、ヨンデクルヨ!」
「ダメよ、テルちゃん。そういうのは捕まえた人を運んで埋めて肥料にするようなものが混じってそうだから」
「ソ、ソンナコトナイヨ!」
そう言いながらテルちゃんは視線をそっと雪乃から逸らし、誤魔化すようにぐいぐいと隆之の頬に頭を擦り付ける。隆之は若干迷惑そうにしつつも、テルちゃんを撫でて宥めた。
「テルちゃん、物事には適材適所っていう考え方があるんだよ。空を運ぶのはフクちゃんに任せて、テルちゃんはもっと得意なことをしたらどうかな」
「トクイナコト……マイゴノゴアンナイガ、トクイダヨ!」
「テルちゃん、それはほどほどにってアオギリ様に言われたでしょう?」
「ウッ……!」
雪乃にひんやりした空気と共に釘を刺されると、テルちゃんはさすがに黙り込んだ。
空はそんなテルちゃんの方を振り向き、パタパタと手を振った。
「テルちゃん、テルちゃんは、ぼくとあそんでくれるの、とくいじゃない? あと、しょくぶつのきもちも、よくおしえてくれるよね! そういうのがいいな!」
空の提案にテルちゃんは瞳をキラキラさせながら頷いた。
「ソウイウノ、テルノヤクメ?」
「そうだよ!」
「ジャアガンバルヨ!」
テルちゃんは空の言葉で機嫌を直してくれたらしい。空はそっと息を吐き、良かったと内心で呟いて胸を撫で下ろした。テルちゃんにおかしな植物を呼ばれたらとても困るのだ。くれぐれもおかしなものを呼び出したり、そこら辺の草木を無闇に煽ってやる気を出させたりしないよう気をつけなければいけない。
空がそんな決意を密かに固めていると、途中で山道が二つに分かれている場所にさしかかった。
どっちだろう、と空がフクちゃんの横から顔を出して先を見ると、片方の道の脇にぽつりぽつりと白いキノコが生えているのが見えた。
「あ、こっち!」
キノコのある道の方を空が指さすと、雪乃も頷いてそちらに向かって歩き出す。
「そら、なんでこっち?」
「んとね、コケモリさまのとこには、きのこがいっぱいあるんだよ! あのきのこは、みちあんないなんだよ」
空がそう言うと、陸は身を乗り出して道脇のキノコを物珍しそうに見下ろした。
「あら、迎えがあるみたい」
キノコのある道を少し歩くと、雪乃がそう呟いて足を止めた。雪乃の前方を覗き込めば、少しだけ開けた場所があり、そこに白いキノコが輪になって生えていた。
「楽ちんでありがたいわ」
雪乃はそっとキノコを跨いでその輪の中に足を踏み入れ、皆に向かって手招きをした。
空と陸を乗せたフクちゃんも慎重にキノコを踏み越え、その後に樹や紗雪たちが後に続く。最後に幸生が輪に入り、雪乃が山の方に向かって声を掛けた。
「コケモリ様、お願いします」
少し待っていると不意に足元のキノコに光が灯り、それがチカチカと明滅を始めた。
「わ、光った!」
「なんか可愛い!」
光は徐々に強く、点滅も早くなり、やがてその光は輪の中全体に広がり最後に一際強く輝いた。
「ひゃっ!」
「眩し……」
陸が驚いて声を上げ、全員が思わず目を硬く瞑る。
フッと体がエレベーターを使ったときのような微かな浮遊感を覚えたのも束の間、光が収まったことに気がついて空が目を開けると、周囲の景色は一変していた。
「わぁ……なにこれ!」
「木……じゃない!? キノコ!?」
「え、あ、あそこのキノコ可愛い色……」
周囲からはさっきまで並んでいたはずの大きな木が消え、代わりに同じくらいの大きさの様々な種類のキノコがにょきにょきと生えている。急にメルヘンな世界に迷い込んだような雰囲気だ。
色とりどりの巨大なキノコの森に空が見入っている側で、家族も同じように上や周りを見回しては口々に声を上げた。木のように大きな、そして赤や黄色、青、紫、白、水玉模様と色々な色のキノコに陸たちははしゃいでいる。隆之もぽかんと口を開け、その呆けた頬をぺちぺちとテルちゃんに叩かれていた。
「ここが……コケモリ様のいる場所なのかい? これ、全部キノコ?」
「そう、可愛いでしょ。大きいキノコって、跳び乗ると弾んで面白いのよ」
呆然とする隆之に紗雪はそう言って笑いかけた。紗雪はそれからふと何か思いついたような表情を浮かべ、隆之の手を取る。
「母さん、ちょっと子供たち頼んでいい?」
「ええ、大丈夫よ」
「お願いね。隆之、こっちこっち」
紗雪は隆之の手をぐいと引っ張り、近くにあった二メートルほどの大きさのキノコに近づく。そして隆之の体をぐいと引っ張って傾け、驚く間も与えずに足を払って倒すとサッと横抱きに持ち上げた。
「うわっ!?」
「ヒャッ!」
隆之の肩にいたテルちゃんが転がり落ちそうになり、慌ててその胸にしがみ付く。
「首に手を回しててね!」
体格的に普通逆じゃないかと思うようなことを笑顔で告げ、紗雪はせーのと軽い掛け声と共に地面を蹴った。
「わぁあっ!」
「ほら、ぼよんってするでしょ!」
「ピャーッ!」
紗雪は二メートルほどのキノコの上に一跳びで上がり、そこをまた強く蹴る。二人分の体重を受け止めたキノコはボヨンと揺れて弾み、さらに上へと二人を飛ばした。紗雪はその反動を利用して、次々に少しずつ高いキノコへとピョンピョン登って行く。
隆之は大慌てで紗雪の首に腕を回してしがみ付き、テルちゃんは隆之の上で跳ねて声を上げたものの、すぐに慣れてキャッキャと楽しそうな声を上げた。
「うっわ、すっげー! ママ、それ俺にもやって!」
「私も! 私もー!」
「ぼくも!」
陸がそう言うと、フクちゃんがその声を受けてぶるりと体を震わせ羽を膨らませた。上を見ていた空はハッとその動きに気付き、まさかと息を呑む。
「フクちゃん? フクちゃん、たいこうしなくていいよ!? フクちゃ……りく、ぼくにつかまって!」
「えっ、うわっ!」
空が慌ててフクちゃんの首にしがみ付いた直後、フクちゃんはバッと羽を横に大きく広げた。それに気付いた陸も慌てて空に掴まる。
そのままフクちゃんは飛ぶのか、と思ったのだが、しかしフクちゃんは直前で羽をパッと閉じ、スタッと地を蹴った。どうやら子供を二人乗せて飛ぶのは無理と判断したらしい。それは褒めたいが、しかしジャンプも困る。
「うひゃあっ!」
「ひゃー!」
背中でよく似た悲鳴を上げる二人に構わず、フクちゃんはピョンと手近なキノコに跳び乗った。そこでボヨンと弾み、また次のキノコへと飛び移る。二人乗せているので紗雪のようにうんと高いところへ、とは上手く行かないようだが、フクちゃんは同じくらいの高さのキノコからそれより少し背の高いキノコへとピョンピョン飛び移り、少しずつ高い場所へと跳び乗った。
「えー、皆ずるーい!」
下では樹と小雪がぶうぶうと文句を言っているのが微かに聞こえ、空はそれなら代わるのにとめまぐるしく揺れる視界で一瞬思う。
けれど、背中の陸がけらけらと笑いだし、空は驚いて後ろを振り向いた。
「あはは、あははは! すごーい! フクちゃん、もっととんで!」
「りく、えとっ、た、たのしい?」
「うん! すごいたのしい!」
最初こそ驚いたものの、陸はもう完全に楽しんでいた。その順応性に空は脱帽する思いだ。
「たのしいねぇ、そら!」
「う、うん……ソウダネ」
空は陸のようになれそうにない自分を少し残念に思いつつ、でもまぁ楽しいならいいかと諦めを付け頷いた。
「はい、到着!」
「トウチャクー!」
「ホピッ!」
「とうちゃく!」
キノコで出来た山を登りきり、紗雪が笑顔でそう言うと、テルちゃんとフクちゃん、陸が続いて声を上げた。
隆之と空は半ば目を回し、ギクシャクと硬い動きで巨大なキノコの広場に降り立った。
「じいちゃん、すっげー速い!」
「楽しかったー! ばぁば、ありがとー!」
紗雪たちに遅れること少々。羨ましがった樹を幸生が、小雪を雪乃が背負ってキノコを飛び移り、同じように上ってきた。
「ぐるっと回ってゆっくり上ろうと思ってたけど、こういうのも楽しいわねぇ」
「うむ」
「帰りは、俺もジャンプしたい!」
「私もやる!」
「ぼくもー!」
(うう、僕以外の兄弟が逞しすぎる……)
楽しそうに声を上げる兄弟たちを見て空はぷるぷると頭を軽く振った。その先で同じようにぐったりしている隆之と目が合い、何となくそのまま見つめ合う。
「帰りは、二人でゆっくり行こうか」
「うん……!」
隆之とならわかり合えそうだ、と感じながら空はしっかりと頷いた。