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20:蕾ほどける日

 

「こんにちはー! そら、あそぼー!」

「あーい!」

 あの山菜採り以来、空の元には明良らが頻繁に遊びに来るようになった。

 朝ご飯を終えてのんびりヤナと絵本を眺めていた空は、玄関からの声に元気よく返事をして走り出した。

「おはよー、空!」

「おはよ! そらちゃん」

 玄関に行ってみると、今日は明良だけではなく武志と結衣も一緒だった。皆の顔を見ると何だか嬉しくなって、空も元気よく挨拶を交わす。

「おはよー!」

 今日は平日なので、武志がいるのはちょっと珍しい。

「きょう、がっこうおやすみ?」

 空が武志を見上げて聞くと、武志は嬉しそうに頷いた。

「今日は南地区の山でまだら熊が群れで出たからりんじきゅーこーだって。できるだけ家か近所にいろって言うから遊び来た!」

 村の子供達は、小さい子は託児所兼保育所のようなところに主に農繁期に不定期に通い、もう少し大きくなると一応存在する小学校に通っている。ただし今回のように村の事情で結構休校になる事もあるという。田舎の学校事情は大らかで少しいい加減だが、誰も気にしていないらしい。


「くま……こわくない?」

「へいきだよ。とーちゃんたち、おおよろこびででかけてったし」

「うちも!」

「すぐ討伐されるから大丈夫だよ。あーあ、俺も早く大人になって熊狩り参加したいなぁ」

 米田家は東の山裾にあるので、南の方とは確かに少し離れている。それにしたって少しくらい怖がっても良さそうなものなのに、子供達は熊がすぐ狩られる事を疑ってもいない。

(全然怖がらないし、逞しい……そういえば、朝からじぃじも何かいそいそと出かけてったっけ)

 大人達にとっては熊はちょっとしたボーナスイベントなのだな、と空は遠い目になった。


「空、上がって貰え」

 玄関でそんなおしゃべりをしていると、後ろからヤナの声が掛かった。

 子供達はお邪魔しますと口々に言い、靴をきちんと揃えて上がってきた。

「今日はおばさん留守?」

「うん。あさからおでかけ」

「うちのばーちゃんといっしょだったよ」

 皆で居間に移動し、まだ出しっぱなしのこたつの周りに座り込む。こたつの上には空が広げた絵本やぬいぐるみが置きっぱなしだ。結衣がイルカのぬいぐるみを手に取って、これなに、魚? と不思議そうに首を傾げた。

「そら、きょうなにしてた?」

「ヤナちゃんとえほんみてたよ」

 さっきまで見ていたのは小雪がくれた絵本だった。空にはもう簡単すぎるのだが、読んでいると家族のことが思い出されて時々出して見ているのだ。樹や陸のくれた宝物と一緒に、空は大事にしている。

「絵本かぁ。本は俺苦手だなー。なんか別のことして遊ぼうぜ」

「わたしえほんでもいーよ!」

「おれもべつのがいい。そといきたいなぁ」

 何して遊ぶのかと言う話をしていると、ヤナが庭を指さした。

「今日は天気が良いから庭にでもでたらどうだ? ヤナが見ているから、ここには熊も来ぬぞ」

 確かに今日はよく晴れている。最近では気温もすっかり春らしくなり、過ごしやすい良い季節だ。

 子供達は顔を見合わせて頷くと玄関に靴を取りに行った。

 空は縁側に行って石の上にある草履を履いた。草鞋の紐が自分でまだ結べない空のために雪乃が新しく用意してくれたもので、こちらは家の中用なので特に付与は無いらしい。

 とてとてと庭を歩いて家の裏に行くと、畑の端にはもう三人が待っていた。


「俺、米田のおじちゃんちの家の庭、初めて入ったけど……ミケ石多くない? 拾っても良い?」

 辺りを見回していた武志がそう言って足下にあった黄色っぽい石を一つ手に取った。武志の言葉に側に来ていたヤナが頷いた。

「別にかまわんぞ。好きに拾うていくといい。空はあまり好かぬようでな」

「みけいし?」

 空は聞き慣れない言葉に首を傾げた。するとヤナが笑って足下の石を一つ拾う。

「前に宝物を探した時に一緒に拾っただろう。ほら、これだ。空は動くのは困るといって選ばなかったが」

「あ、いし! きれいだけど、なんかになるいし……みけいしっていうの?」

「ヤナにとってはただの石だが、この辺の者はそう呼ぶようだの。身を化える石、というような字を当てて人は呼んでおった気がするぞ」

 へぇ、と空が字を想像している間に、明良と結衣も楽しそうに石を集め始めた。空と違って皆この石が好きらしい。


「そら、みけいしすきじゃないの? なんで? おもしろいのに」

「わたしぴんくのがすきー。はなとか、ことりとかになるのよ」

「俺は緑のがいいな、カエルとか虫とかになるんだ。全然予想外れることもあるけど。ここんちいっぱいあるね!」

「ここは山裾が近いゆえ、魔素が集まりやすいからの。それに空が来るまで子もおらんかったし、長らく拾う者がなかったからだろう」

 緑が良い青が良いと子供らは次々に足下にある石を手に取る。その姿は本当に楽しそうで、空は目を見張った。空は石が何か別の物になって動き出すと言うことを何となく恐ろしい事のように感じていたが、皆にとってはそうじゃないという事に驚いたのだ。


「……ねぇ、あきちゃん。あんね、いしがきゅうになんかになるって、こわくないの?」

「うん? いしがむしとかになるのがってこと? こわくないよ、おもしろいしきれいだし」

「そらちゃん、こわいの?」

 結衣に顔を覗き込まれて、空はうん、と小さく頷き俯いた。

「んとね、ぼくのすんでたとこのいしは、ずっといしだったよ……なにかになったりしなかったから、わかんなくて……ちょっとこわい」

 空が途切れ途切れにそう説明すると、三人は顔を見合わせた。けれど誰も空を笑ったりしなかった。

「そっか。んー……見たことないから怖いのかな? じゃあ、一度見せてやるよ、面白いんだぞ!」

 武志の言葉に明良と結衣も頷く。空が顔を上げると皆笑顔で、それからパッと庭のあちこちに散っていく。

「ちょっとまってて、いまいいのさがすから!」

「ぴんくのなーい? ぴんくー」

「でかいのは駄目だぞ、空が驚くかもだからな!」

 子供達は慣れたもので、畑の脇やヤナの祠の近くで石を次々拾ってくる。空の前にはあっという間に色とりどりの石の山が出来た。

 それから今度はそれらの石を皆で手に取って、どれが良いかを話し合う。

「これどうかな。すぐ変化しそうじゃないかな」

「こっちのがいいよ。もうほとんどあおだもん」

「はじめてみるならかわいいほうがいいよ! このぴんくいろの!」


 空は皆の話し合いを聞きながら石の山を眺めていた。皆が集めた石はどれももうほとんど半透明で普通の石の部分はわずかに残るだけだ。半透明の部分は、薄い赤や青、黄色や緑、ピンクと色々な色に煌めいている。確かに、こうしてただ見ているととても綺麗だと空も思う。

 眺めている内に自分の好きな空色の丸い石を見つけて、空はそっと手に取ってみた。空の小さな拳より更に一回り小さいその石はもうほとんど空色で、所々にわずかに白が混ざって青い空にたなびく雲を描いたみたいだった。透かしてみるとゆらゆらと向こうの光を通している。これが最初は普通の石だったなんて、空にはやっぱりとても不思議だった。


 やがて三人の真剣な話し合いは決着を見たらしい。空の手のひらに収まるような小さなピンク色の丸い石と、同じくらいの大きさの青い色の楕円の石が選ばれ、少し離れた場所にそっと置かれる。

 武志に手招かれ、空も近づいて石の前でしゃがみ込んだ。

「じゃあ、まずピンクのからな。多分花っぽいなんかになると思うんだけど……結衣、あったかー?」

「うん! はい、もってきたよ!」

 結衣は庭の端にあった植木鉢の水受け皿を両手で大事そうに抱えていた。中には水が入っていて、こぼさないように慎重に歩いてくる。

「みずかけるの?」

「うん。ヤナちゃんが、きっとこれでかわるって!」

「季節は少し早いが、魔力を少し足していっぱいにしてやれば、多分それで変わると思うぞ」

 ヤナもそう言って頷いた。

「じゃあ、わたしがやるね! そらちゃん、みててね!」

 水を運び終えた結衣はそう言って自分が選んだピンク色の石に人差し指をそっと当てた。空がじっと見ていると、その指先と石の間に小さな光が灯る。

「こうやってね、まりょくをたすんだよ」

 結衣の指先からゆっくりと魔力を足され、石全体に淡い光が広がった。やがてその淡い光は石の端に少しだけ残っていた灰色の普通の石の部分を押し流すように同じ色に染めあげ、そして光が消える。

「もういっぱいかな。んで、ここにみずをかけるの」

 指を離した結衣が今度は水受け皿を手に取ってゆっくりと傾ける。中に入っていた水がぱちゃりと揺れて傾き、細い筋となって流れ落ちた。

「……あ!」

 ぱしゃ、と小さな音を立てて石に水がかかった途端、空が小さな声を上げた。

 水を掛けられた石がまた淡く光り、そしてその光が石から抜け出す様にふわりと立ちあがったからだ。ゆらゆらと不規則に揺れながら立ち上がった光は、まるで種から芽が出て伸びる様を早回しにしたかのように細く長く上へと伸びていく。

 緩い曲線を描きながら三十センチくらいに伸びた光は、次の瞬間空の目の前でパッと弾けた。


「うわぁ……!」

 光の中から現れたのは水晶のように透き通った薄い緑色の茎と葉、そしてその上に咲いた薄桃色の菊のような花だった。キラキラと光を通し乱反射して、まるで全てが宝石で出来ているかのように美しい。空は驚きで目をいっぱいに見開き、口をポカンと開けた。

「ほんとに、はなになった……きれい」

「でしょ! わたし、これだいすきなの!」

 結衣は嬉しそうに花を石ごとそっと持ち上げ、空によく見せる。

「あのね、このいしはね、ようせいのたまごみたいなものなんだって。いしに、えーと、まそがはいって、そんではなとかになってそれから……なんだっけ、おにいちゃん」

「あはは、あのな、石に魔素が溜まって、それがこうやって別の何かになるだろ? そんで、飛んでいったり走って逃げたり、しばらくこうやって咲いてたり色々してさ。で、魔素がなくなるとどこか魔素の多いところに行って、また石になる。それをうんと繰り返すと、そのうち大きくって強くて、もう石に戻らないものになれるんだって。そうなると妖精とか、精霊とかって言われるんだってさ」

「なんか……えほんでみた、まほうみたい」

 空は美しい花と不思議な話にちょっと感動を覚えた。この小さな花が、いつか花のように美しい妖精になったりするのだろうかと思うと、それはすごく幻想的な気がする。


「ほら、そら! こっちもみて!」

 花を見て感動していると、今度は明良が大きな声で空を呼んだ。

 慌てて近くにしゃがむ明良の方を見ると、今度は小さな青い石がピカピカと光っていた。明良が魔力を込め、普通の石の部分をちょうど全て染めきったところらしい。

 空が見ているのを確かめた明良が、もう一つ手に持っていた別の石をそっと近づけ、カチン、とはっきり音がするような強さで当てた。すると石がパッと激しい光を放つ。

「わっ!」

 ちょっとビックリするくらい眩しいその光に、空は思わず目を細めた。すると次の瞬間その光は大きく広がって石を完全に包み込み、何度か瞬いて、そして今度は小さく縮み出す。石は光に溶けたかのように姿を消し、やがて光はビー玉のように小さくなった。

 空が息を潜めて見つめていると、その光がふわりとほどけた。そして、羽が開く。

「あ……ちょうちょ!」

 出てきたのは真っ青な羽を持つ美しい蝶だった。縮こまって閉じていた羽をゆっくり開くと、あっという間に大人の手のひらくらいに大きくなった。その薄い羽の先は向こうの景色が見えるくらい透き通り、これもまた宝石細工のようだ。地面に止まってゆっくりと羽を開いたり閉じたりしている。空が思わずそっと手を近づけると、この蝶はするりとすり抜けて触ることが出来なかった。

「さわれない?」

「これは実体を持つほどまだ成熟しとらんのだろ。石も小さいし、害のない幻……一時の夢みたいなものだ」

「ゆめ……? ふしぎ。でも、きれい……」

「面白いだろ? 皆これ、大好きなんだ。俺もよく拾ってきて、いつも家に幾つか飾ってあるんだ」

「そら、あのね、こういうのずっともってて、じぶんのまりょくをちょっとずつあげるとね、すごーくたまに、ずっとそばにいてくれるこがうまれることがあるんだって」

「ずっとそばに? いしにもどらないの?」

 空が首を傾げると、ヤナがその顔を覗きこむ。

「ヤナの、大分弱い奴みたいなもんだの。守人とまでは行かぬが守り妖精というか……まぁ、大したことは出来ぬが、そんなものがごく稀に生まれるのだ。大抵は変じると外に行ってしまうが、くじ引きみたいな感じでこの里の子供らには人気だぞ。紗雪もよく拾っては持っていた」

「ままも?」

「ゆいももってるよ。でも、ぜんぜんあたらないの!」

 結衣はそう言うと服の下から紐を引っ張りだし、首に掛けているお守りのような袋を見せてくれた。

 その中にお気に入りの石を入れているらしい。

「これでななつめ!」

「七個なら良いよ。俺もう毎年五個くらいずつ、結衣より前からやってるけど当たんないもん」

「おれもぜんぜんだめ。でも、あたんなくてもなにかにはなるし、たのしいからいいんだ」

 三人が口々に言って笑うと、不意に蝶がひらりと飛び立った。

「あ、いっちゃう……」

 幻の蝶はゆるりと宙を舞い、皆の周りをくるりと一周して塀の外へと飛んでいく。空はその蝶の姿が見えなくなるまで何となくずっと目で追っていた。

「いっちゃった。また、もどってくる?」

「さての、戻ってくるかもしれぬし、戻らぬかも知れぬ。あれらに意志はまだほとんどなく、季節が巡り花が咲くくらいの事象でしかないからの……だが、まぁここには沢山のあれらがやってくるから、また新しい出会いがいくらでもあるぞ」

 ヤナは皆が集めた石の小山を指さして笑う。空も周囲をくるりと見回した。確かに、石はまだまだ沢山この庭にある。色が変わっていない物も、変わりかけのものも色々だ。

 空は石の小山の側にまた戻ると、さっき手にしていた空色の石をもう一度そっと拾った。

「そらちゃん、もうこわくない?」

「うん……ぼく、もうこわくないよ! ありがと!」

 手のひらの石はまだただの綺麗で不思議な模様の石のままで、動いたり何かになったりする気配はない。これがいつか何かに変わるその日が、空にはもう怖くなくなっていた。

「空、それにする? じゃあ皆でもっと石拾って、気に入ったの見せあいっこしよう!」

「やる! いちばんかっこいいのみつける!」

「じゃあわたしはかわいいの!」

「ぼくもひろう!」

 空は空色の石を大切にポケットにしまい込み、それから皆と同じように庭の中を走り出した。

 この日、空の中から『怖いこと』が、ようやく一つ消え去ったのだった。


次は田植え書きたい。

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― 新着の感想 ―
汚れ切ったおっさんの心に沁みる幻想世界 とてもよい
[良い点] 幻想的な光景と怖がってる空君にそれを見せてあげる優しさ
[良い点] この日、空の中から『怖いこと』が、ようやく一つ消え去ったのだった。 この一行にハッとさせられました。 空と田舎の常識ギャップにただ笑っていたけど、周囲を恐ろしい物で囲まれる子供の辛さを再確…
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