2-71:スイカの洗礼
「ご飯を食べたら、皆でスイカを採りに行かない?」
空は朝食の席で告げられた雪乃の言葉にパッと顔を輝かせた。
「すいか! いく!」
即座に食いついた空に、陸が不思議そうに首を傾げる。
「そら、すいかって、まえにおくってくれた、あのおっきくてへんなの?」
「おっきくてへんなの……うん、たぶんそれ?」
去年雪乃に頼んで東京に送ってもらったスイカを思い出し、空は頷いた。空が選んで送ったのは、すごく大きい上に、何故か四角くて迷彩柄だったスイカだ。確かに前世からの空の感覚で言えば変としか言えない。
四角いから置いたときに安定していて割れにくそう、という理由で選んだのだが、やはり今世でも都会基準だとあれは変なのだと気付かされ、空は何だか少しホッとした。
「ああいうのがいっぱいかくれてる、すいかのはたけがあるんだよ。そんで、そこでじぶんたちでさがしてとっていいんだって!」
空がそう言うと、野菜を採ったのが楽しかったらしい兄弟たちは皆揃って笑顔で頷いた。
「すいか、やってみたい!」
「私もー!」
「俺も! 畑ってどこにあるの? 近い?」
「ええ、この地区の中だから、歩いて行けるわよ」
ご飯を食べたら準備して行きましょうね、と雪乃は笑顔で提案する。紗雪は久しぶりだと嬉しそうで、隆之は去年のスイカを思い出し、食べきれるんだろうかと少し心配した。東京に送られてきたスイカは、家族五人でも全部食べきるのに三、四日かかったのだ。
しかし空がいればそんな心配は無用だ。空は今から今年のスイカの味を思い浮かべてにこにこと笑顔になった。
「あ、そういえば、コケモリさまのとこはいいの?」
挨拶に行く、と言っていたのをふと思い出し、空は雪乃の顔を見上げた。雪乃はくすりと笑って大丈夫よと頷く。
「コケモリ様に行っていいか連絡したらね、私やじぃじが付いてくるなら心の準備がいるから少し後にしろって言うのよ。だから、明日か明後日くらいね」
「こころのじゅんび……それはだいじだね!」
どうやら幸生たちはコケモリ様にも恐れられているらしい。キノコの森を訪ねるのは、少し後になったようだ。それなら心置きなくスイカを採りに行けそうだ、と空は笑顔で頷いた。
朝食とその片付けを済ませた後。
春に作ってもらったそれぞれの草鞋に足を通し、皆でさっそく家を出る。
今日はヤナとフクちゃんが留守番をしているということで、幸生と雪乃に案内されながらの道行きだ。フクちゃんは、多分スイカの汁を浴びるとこっそり教えたら家にいる気になったようだ。
途中で矢田家と野沢家に立ち寄り一緒にどうかと誘うと、明良とウメ、武志と結衣も合流して、一行はますます賑やかになった。
春に来た時にすっかり仲良くなった子供たちは、久しぶりの再会を喜び、弾むような足取りで歩いて行く。
子供が沢山いると賑やかで仕方ないが、それがまた楽しいと大人たちもずっと笑顔だ。
途中でオコモリ様のお堂で並んで元気良く挨拶し、その角を曲がれば目的地はもうすぐだった。
「ここがすいかのはたけ?」
「うん、そうだよ! んしょ……」
背の高い塀の門まで来て一行は立ち止まった。陸の疑問に答え、空は門の扉をぐいと押す。空の力ではゆっくりしか開かなかったが、明良や武志が手伝ってくれて門はすぐに開いた。
門の向こうは、去年見たのと同じ一面の濃い緑だ。
「ほら、あのみどりのが、すいかのはっぱだよ!」
「わぁ……すごーい!」
「これ全部スイカ? 葉っぱばっかりだけど……」
「近づいても平気?」
少し用心深くなった樹がスイカの畝から距離を取って幸生を見上げた。幸生は子供たちを手招き、近くにあった作業小屋の方へと連れて行く。
そしてその中から、子供用の旗を取り出して杉山家の子供たちに配った。
「まずは樹たちがスイカを探すといいだろう。スイカは口を開かず、静かに探す必要がある。見つけたらこの旗を揚げて、合図をするんだ」
「そしたら、俺とか結衣とか、明良が根元を切りに行くから!」
武志たちはしっかりと棒と鎌を準備してきている。樹や小雪は武志たちが手に持つ棒を不思議そうに見ながらも、とりあえず旗を受け取った。陸は三角の旗をくるくる回して、何だか楽しそうだ。
「りく、スイカをみつけたら、このはたをふるんだよ。すいかは、はっぱのかげにかくれてるから、そーっとはっぱをめくってさがそうね」
「わかった!」
陸は勢い良く頷き、早くもピッと旗を高く上げた。それを見て雪乃や紗雪が可愛くて仕方ないという表情を浮かべる。
一方、一緒に付いてきた隆之は幸生から子供たちと同じ旗を渡され、困惑した表情で立ち尽くしていた。
「ええと、スイカを見つけたら、これを上げるんですね?」
「ああ。静かに合図してくれ」
「わかりました……」
隆之は未経験ということで樹たちと同じ枠に入れられたようだ。幸生はそんな困惑する隆之とはしゃいでいる子供たちをまた手招き、畑の一角へと連れて行った。
「この辺のスイカが収穫時期だ。静かに探して、見つけたら旗を揚げ、道具を持っている者を呼ぶといい。大きい音や声をた」
「はーい!」
「じゃあ、誰が一番に見つけられるか競争な!」
「あっ、お兄ちゃんずるい!」
幸生の言葉を最後まで聞かずに待ちかねた樹と陸がタッと走り出した。すぐその後に負けてなるかと小雪が続く。静かに探すと言われたことは一瞬で頭から抜けてしまったのか、子供たちは遠慮無くガサガサと音を立て、大胆にスイカ畑に踏み入った。
空と幸生はそれを見てこの後起こることを予想したが、もう止める間もなく――
「あっ……」
――最初に旗と共に声を上げたのが誰かを確認する前に、ボンッ、バンッ、ボンッ、と立て続けに三回の爆発音が畑に響き渡ったのだった。