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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
二年目の夏

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2-63:初めての木登り

「そら、うちできのぼりしない?」

 保育所が休みの日の朝のこと。

 ウメと一緒に米田家を訪ねて来た明良が、開口一番そう言った。

「きのぼり?」

「そう、このまえさ、そらにちょうどいいあそびって、ヤナちゃんいってただろ? あれをばあちゃんにはなしたら、うちできのぼりしたらどうかって」

 空はその提案に目を見開き、そしてすぐにその瞳をキラキラと輝かせた。

「きのぼり、したことない……してみたい!」

(木登りって、田舎の定番の遊びだよね!? そんなの、前世でもしたことなかったやつ……!)

 子供たちが楽しそうに木登りをする姿や、その上に作られたツリーハウスの情景などを想像し、空は胸を躍らせた。

「じゃあいこ! うちのにわ、ばあちゃんがそだててくれた、ちょうどいいきがあるんだ!」

「うん!」

 ちょうどいい木というのは一体どんな木だろう、と想像しながら空は元気よく頷いた。

「ふむ。ならばヤナが付いていこうかの」

「あ、じゃあ後で一緒にお茶しようよぅ」

「良いのだぞ」

 ヤナは頷くと、台所にいる雪乃に隣まで出かけてくると告げに行く。その間に空は自分の草鞋を履き、ウメに紐を結んでもらった。

 ちなみにフクちゃんはまだ眠たいのか、空のフードの中でお休み中だ。


 外に出ると、今日は天気が良くて暖かく、風も爽やかで気持ちの良い日だった。

「そら、いこ!」

「うん!」

 空と明良は手を繋ぎ、ウメに先導され、ヤナに後ろから見守られながら歩き出す。

「アキちゃんちのきって、どんなの?」

「んっと、くすのき? っていうきだよ!」

「くすのき……ぼく、きのなまえってわかんないかも?」

 空にはまだあまり木の区別はつかない。実がなるならわかりやすいが、それ以外は広葉樹か針葉樹かくらいの基準しかなかった。

「子供ならそんなものだよぅ。明良だって、うちにある木はまだ全部知らないよね?」

「うん、ぜんぜん! ばあちゃんがたまにおしえてくれるけど、すぐわすれちゃうし」

「興味がなければ大人になってもあまり憶えぬ者もいるのだぞ。知りたければ、そのうち空も自然と憶えるのではないか?」

 皆にそう言われて、そんなものかと空は頷いた。確かに何事も興味のあるなしは大きい。

「おれがよくしってるの、ウメちゃんのきくらいだよ。ウメちゃんのき、いまみがなってるんだ」

「まだ採るには少し早いけど、今年は新しい木に沢山実がなったから、美味しい梅干しやウメジュースを作るんだよぅ」

「うめぼし! うめじゅーす!」

 食べ物に興味がありすぎる空は、すぐにその言葉に食いついた。

「雪乃も毎年余所から梅を分けてもらって漬けておるのだぞ。今年は空も手伝ってみるか?」

「うん! やる! おいしいうめじゅーすつくる!」

 雪乃が出してくれる梅ジュースは美味しい。空ももちろん大好きなので食いつかないわけがない。

「空は、食べ物のことにはとても詳しくなりそうだな……それ以外も、ほどほどに学ぶのだぞ」

「うん!」

 空はとりあえず返事だけは元気よくしておいた。食べ物のことなら任せてほしい。

 他は……そのうち考えようと、ひとまず保留にしておいた。


「おじゃましまーす!」

「はい、いらっしゃい」

 矢田家の敷地に入ると、庭先に美枝が立って手を振っていた。空が挨拶すると、朗らかな声が返る。

「ばあちゃん、そらつれてきた!」

「ええ、じゃあすぐに裏に行く?」

「うん!」

「そら、いこ!」

 美枝に挨拶をした後、全員で矢田家の裏側に回った。母屋の横の庭とその先にある畑を通り過ぎ、さらに奥に向かう。目当ての木は敷地の端にあるのだと美枝が教えてくれた。

「ほら、あれ!」

「わぁ……なんかいいかんじのき! でもあんまりおっきくないね?」

 明良が指さした先には確かに形の良い木が一本あった。しかし木登りと聞いて空がなんとなく想像していたほどには大きくない気がした。そう指摘すると、明良と美枝が笑って頷く。

「まだ明良は小さいからね。あんまり大きかったら登りにくいし危ないでしょう?」

「おれがおっきくなったら、きもおっきくしてもらうんだ!」

「そうなんだ……」

 そんな事が簡単に出来るのか、と空は目を丸くしたが、しかしよく考えれば美枝が育てる孫の為の木なのだ。

(美枝おばちゃんなら、何でもありそう)

 雪乃だって幸生だって孫の為なら様々なことをして見せてくれるのだ。きっと美枝もそうなんだなと納得できる。

 空が一人納得していると、美枝は木に近づき太い幹に手を当てた。

 木の幹は太くしっかりしているが、まだ大木というほどではない。子供が登りやすいようにか、低い位置から少しずつ高さを変えて太い枝が何本も伸びている。それらの枝はどれも横向きや緩やかな斜め向きで、そこにも子供への配慮が感じられた。

 まるで絵に描いたかのような、理想的な木登りしやすい木に、空はちょっと感動を覚えた。

「すっごく、のぼりやすそう……」

「だろ? ばあちゃんがおれのために、ひくいとこにえだがくるようにそだててくれたんだ!」

 明良は嬉しそうな笑顔を見せると、空の手を放して駆けだした。

「よっ!」

 明良は木の側まで行くとパッと地面を蹴り、低い位置にあるこぶに片手を掛けた。そしてその手でぐいと体を持ち上げ、反対の手を横向きに伸びた枝に掛ける。

「んしょっ」

 今度は枝に掛けた手で体を引っ張りつつ、足で木の幹を蹴る。明良はその軽快な動きであっという間に一番下の枝に登ると、振り返って空に手を振った。

「そら、そらもやってみて!」

「うん!」

 空は初めて目の当たりにした木登りに瞳を煌めかせ、勢い良く頷くと駆けだした。

「えいっ!」

 明良がしていたのを真似して、地面を蹴って木のこぶに手を伸ばす。

 上手いこと手が届き、空は木の幹にしっかりしがみ付くことが出来た……のだが。

「う? あれ……ええと」

 右手は木のこぶを掴んで、足も木の幹に掛けることが出来たが、そこからどうすればいいのかわからない。明良がしていたことを思い返すと、左手を少し上にある枝に掛けていたはずだ。そう思って左手を離そうとするが、するとなんとなく体のバランスが崩れて心許ない。

 それでもどうにか左手を自由にし、そっと伸ばしてみたが――

「と、とどかないよ!?」

 ――そう、空の腕ではまだ短すぎ、パタパタと宙を掻くばかりだ。

「そら、みぎてにちからいれて、あしもとけって、えいってするととどくよ!」

「うん、えっと、えっと……」

 明良のアドバイスに従って空は右手や足元に力を込めようとしてみたが、どうも上手く行かない。何だかおかしな感じに力が入ってしまって、思うように動けないのだ。

 ヤナはその姿を傍で観察し、不思議そうに首を傾げた。

「うむ……何だか木に止まった蝉のようになっておるぞ、空」

「ううう、だって、なんかうごけないんだもん!」

 空がぷるぷるしながらそう叫ぶと、どれ、とヤナが近づいて手を伸ばした。

「こうして少し支えてやるゆえ、もう一度やってみるとよいのだぞ」

「う、うん」

 ヤナに腰を支えてもらい、空はもう一度右手に力を入れて、左手を浮かせる。そして幹を蹴って手を伸ばした。

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― 新着の感想 ―
1986年頃の東京、三鷹市で育ちました。小6頃 蚕の為に近所に生えていた大きな桑の木に登ってましたよ。 木登りした事がないって、どんなに坊っちゃんだったんですか?
育ったりしない、木を加工して作った蜘蛛の巣登りや丸太ステップみたいなアスレチックの遊具的な物は駄目だったんですかね…。 木にお願いする方が簡単だったのかな…。
孫の為に練習用の木を育てるとか、こちらもじいじ達に負けず劣らずの孫ばかですね。
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