2-60:不思議な駄菓子屋
空は頷き周りのケースを見回したが、何がどんなものなのかやはり全く想像が付かない。何が人気だろうかとさらに見回すと、少し離れた場所で真剣にあめ玉の瓶を眺めている結衣が目に入った。
「ゆいちゃん、なにえらんでるの?」
「あ、これ? あめだよ。これね、なめてるあいだ、かみのいろがかわるの! なにいろがかわいいか、なやんでたんだよ」
「へ~、おもしろいね!」
「でしょ? どれがいいかなぁ。やっぱりピンク? でもあかとか、きいろもかわいいとおもうんだよね」
「ふたつくらいえらぶのは?」
「それもいいかも……ううん、でもほかのもほしいし、どうしよう~!」
結衣の迷いもなかなか長引きそうだ。
空はせっかくだから明良や武志も探そうと店の中をさらに見回した。武志の声がしたので外を見ると、武志は店の外で友達らしき子供たちと一緒にコマを回して遊んでいた。
紐を巻いてピッと飛ばすと、地面に落ちず空中に留まったままくるくると回ってぶつかり合う不思議なコマだ。
楽しそうだけれど少し難しそうだなと思い視線を外すと、ウメと明良が一緒にいて、何か細長いものを食べている姿が目に入った。
「アキちゃん、なにたべてるの?」
声を掛けると明良が振り向く。その手にあったのは、竹串に細長いグミのようなものが刺さったお菓子だった。
明良は空に返事をしようと口を開いたが、しかしその口から出てきたのは明良の声ではなく、可愛らしい小鳥の囀りだった。
「えっ!?」
空がその声に驚くと、隣にいたウメがクスクスと笑う。そして明良の代わりにその手のお菓子を指さした。
「これはさえずり餅っていうお菓子なんだよぅ。これを食べると、食べてる間は喋る言葉が可愛い小鳥の声になっちゃうの。明良はこのお菓子が好きなんだよぅ」
明良はウメの説明にコクコク頷き、チュルチュルピチチ、と可愛い声で何か喋った。
「なんかたのしそう……アキちゃん、ほかにはなにかかったの?」
空が聞くと、明良は手に持っていた小さな袋を見せてくれた。雲の絵が描いてある、十五センチ四方くらいの袋菓子らしきものだ。
「それは浮き綿菓子なのだぞ。食べると、ちょっとだけ体が浮くのだ」
「むむ……それもたのしそう!」
空は段々色んなお菓子が気になってきて、自分でも熱心に箱の中を眺め始めた。まだ鳥の声しか出せない明良に代わって、ヤナやウメが分かるお菓子は教えてくれる。
「これは……ちょこ?」
「それは確かご縁チョコだの。食べると小指から赤い糸が出て、相性の良い相手を教えてくれるのだぞ。女子に人気の菓子だの。まぁ大体は相手が遠くにいすぎて今いる方角しかわからぬことが多いようだ」
「このいっぱいひもがでてるはこは、なにがはいってるの?」
「それは飴くじだよぅ。この紐の先に長さの違う飴が入っていて、舐めてる間は飴の長さによって背が伸びたり縮んだりするんだよぅ」
「大当たりだと大人のように大きくなれるそうだぞ」
それはちょっと面白そうだと思うが、背丈が変わるのは見た目だけなのかそれとも本当に変わるのかはちょっと心配だ。いきなり大人の背丈に変わったらふらふらするかもしれない。
「このぺらぺらのは、おかし?」
「これは……のしたイカだったかの?」
ヤナが近くを通った狐夜乃に声を掛けると、狐夜乃は笑顔で頷いた。
「それはペラペライカですね。それを食べるとその間だけ小鳥や動物と話が出来るようになるんですよ。色違いのは、植物と話が出来るようになりますね」
「えっ、じゃあみえおばちゃんみたいになるの?」
空が驚いて色違いのものを見下ろすと、狐夜乃は美枝のことも知っているらしく少し考え、困ったように首を横に振った。
「美枝さんのようにとまではちょっと難しいかと……その、子供の玩具のような物なのですみませんが」
子供だましとまでは言わないが、美枝ほどはっきりと会話出来るというものでもないようだ。空はそれは仕方ないと納得して頷いた。
その他にも、この店には面白いものが沢山あった。
この村の町内くらいなら離れていても話が出来る糸電話のようなものや、本当に当たるおみくじが入ったおせんべい。水の中でちょっとだけ呼吸が出来るようになるガムや、食べると息が冷たくなって、キラキラした氷の結晶を吐き出せる氷菓子。
声が変わる飴も色々な種類があるし、髪の色だけじゃなく、目の色や肌の色が変わるお菓子もあった。
それらを一つ一つ眺めて説明してもらうだけで、あっという間に日が暮れてしまいそうだ。
空は不思議で楽しい沢山のお菓子や玩具をじっと眺め、けれどなかなか選べない。
「ううん……どれにしよう」
「選べぬのか?」
ヤナが聞くと空はこくりと頷く。どのお菓子も楽しそうで選べないというのもあるのだが、空には他にも気になることがあった。
「あの……こやのさん?」
「はいはい、何ですか?」
「あのね……このなかのおかし、とうきょうにおくってもだいじょうぶなのってある? それとも、おくったらだめになっちゃう?」
空の問いにヤナは目を見開き、狐夜乃は少し考える。
「そうか……兄弟にも送りたいのだな?」
「うん。だって、すごくたのしそうなんだもん……それに、ごがつ、あえないってままいってたし」
早ければ五月に会えるかも、という別れ際の紗雪の言葉は、仕事や学校の都合が悪く結局実現しなかった。
空の前世と歴史が違うせいか、五月に連休はあるのだが、ゴールデンウィークと言うほど長い休みでもなかったのだ。
もとより夏休みの方に大きな期待をしていたので平気だと空は納得したが、それでもやはり何かにつけて家族のことを思い出す。何か一つでも兄弟にも送れるものがあればと、空は並んだお菓子を眺めた。
狐夜乃はそんな空に頷き、袋に入ったお菓子を手に取った。
「この浮き綿菓子はどうです? 中身が潰れやすいので、しっかりした包装にして、空気で膨らませてあるんですよ。箱に入れて送れば大丈夫ですし、袋さえ開けなければ魔素も抜けないので、東京でも変わらず楽しめるはずですよ。入ってる魔素もそれほど多くないので、都会の子でも食べられます」
「ほんと!? じゃあ、それにする! それ、よっつください!」
空は迷うことなくその浮き綿菓子を選んで手に取った。兄弟と何でも同じことを楽しみたいというその気持ちに、ヤナは思わずその頭を優しく撫でた。
「あと一つはどうします?」
綿菓子を四つ取り分けながら狐夜乃が聞くと、空は少し悩んでから小動物の声が分かるようになるというのしイカを手に取った。
「これで、フクちゃんとおしゃべりする!」
「うむ……期待してるほどお喋りできるかはわからぬぞ?」
「できなくても、ちょっとでもわかればいいよ!」
空がそう言うと、ヤナは袂から風呂敷を取り出して狐夜乃に渡し、選んだ菓子をそれに包んでくれと頼んだ。
「空、これは包んでもらっておくから、明良たちと遊んでくると良いぞ」
「うん!」
外ではいつの間にか明良もコマに参加し、その傍では髪をピンク色に染めた結衣が別の女の子とあやとりをして遊んでいた。
あやとりとは輪にした糸を指に掛けて、橋や塔など色々な形を作る遊びだが、その糸もこの店の品らしく、形を作る度に幻の橋や塔がキラキラと現れ消えてゆく。
上手く出来て幻が現れる度、女の子たちは嬉しそうな声を上げていた。空はそちらが気になったらしく、傍に行って結衣に声を掛けた。あやとりを物珍しそうに眺めては、説明をしてもらっている。
「……良い子ですねぇ」
狐夜乃がその姿を見ながらそう言って微笑む。ヤナはふふんと胸を張り、うむと頷いた。
「そうであろ? 空は本当に可愛くて良い子なのだぞ」
「紗雪ちゃんとよく似ていますね。ヤナ殿が、紗雪ちゃんと来た頃が懐かしいですね」
「ああ。あれからもう随分経ったな。あ、ヤナにも仔守玉を一つくれ」
ヤナは魔力を入れる球を一つ借りると、そこに自分の魔力を籠めて狐夜乃に返した。
「ヤナ殿も何か買い物を?」
「ああ。そこのさえずり餅と、妖精笛飴、あと植物用のペラペライカと……吹くと蝶が飛んでゆくシャボン玉はなかったか?」
「ええ、ありますよ」
「ならそれも一つ頼む」
ヤナは適当に空が喜びそうな菓子や玩具を選び、空のものと一緒に包んでもらった。空は自分の魔力で兄弟へのものを買ったから、これはヤナから空への贈り物だ。
「今年の子供たちはどうだ?」
「よく育っています。いつもながらどこの里の子も元気いっぱいですよ」
狐族や狸族は全国にそれなりの数がいて、あちこちに散らばって小さな集落を形成して暮らしている。人の中に紛れて生活している者や、神の眷属として仕えている者もいる。
しかし彼らは生まれてすぐの小さなうちにそれなりの量の魔力を得ることができなければ、僅かな知性しか持たず化けることも出来ぬ、ただの獣になってしまうことが多いという特性を持つ。
「春だけでなく、もっと他の季節も店を開ければ良いのだがの」
「子供たちから魔力を貰うのは、我らの仔らのため春の間だけ、という約定ですから」
狐狸族の仔に与える魔力は、人のものが良いとされている。特に小さい子供のまだ純粋な魔力が良いらしい。それを与えられて育った狐狸族は、賢く強く、人に化けるのが上手くなると言われているのだ。
「獣として生きていくのも悪いことではありませんが、我らはもはや戻れぬ者が大半。ならば人との約定はきちんと守らなければね」
狐夜乃はそう言って、子供たちに交ざって外で輪投げ遊びをして笑っている狸緒の姿を眺めた。
輪投げが成功する度、パチパチと小さな魔法の花火が上がって子供たちが歓声を上げる。
魔素の少ない場所で生まれ育つ一族の子供のために、人の子の魔力を円満に少しばかり分けてもらおうと、この店は作られ運営されている。
店はもちろんここだけではなく他にもある。だがどこの店も狐族と狸族から一人ずつ、子供好きで人当たりの良い者たちが店を任されるのだ。
「春の間はまだ何回か営業するか?」
「ええ。魔砕村の子供たちは良い魔力をお持ちですからね。週を跨いであと二、三回は店を開ける予定ですよ」
「そうか。それならまた空を連れてこよう。ここの菓子では空の腹の足しにはならぬが、楽しみにはなるからの」
駄菓子屋はいつだって、子供たちの楽しみであり大事な社交場だ。
小さな紗雪の手を握って一緒に水たまりを越えた日々を、ヤナは懐かしく思い出す。
空はいつの間にか見知らぬ子からけん玉を貸してもらって挑戦し、あの頃の紗雪とよく似た顔で笑っていた。
六巻の発売日が11月15日に決定しました!
多分今日から予約が始まるはず……
始まったら、後で活動報告でまた報告しますね。
どうぞよろしくお願いします!




