2-55:それぞれの戦い
助けを待つ間、泰造は一人と一匹(?)で必死で姫に立ち向かった。とは言っても今の泰造に出来るのは、手にした盾でその攻撃を防ぐことだけだ。
だがテルちゃんが強化した盾によって触手を切り飛ばされた姫も、それを警戒して攻めあぐねている。
牽制するように盾を大げさに構え、姫が散発的に加える軽い攻撃を防ぐだけなので、泰造にもかろうじて何とかなっていた。
「タイゾー、コーゲキスルヨ!」
「無茶言うな! 俺はそういう担当じゃねぇの!」
ぺちぺちと頭を叩かれ、泰造が首を横に振る。
「ショクブツ、モッテナイノ? ソシタラ、テルガテツダウノニ!」
「植物? んなもん、ここには竹くらいしか……」
泰造は盾の陰から周囲を見回す。周りにあるのは戦いの余波で折れたり切り払われたりして、バラバラに散った竹の枝や葉くらいだ。泰造は魔力を僅かに伸ばし、その細い枝を一本浮かせて手元に引き寄せた。
「これぐらいしかねぇよ! っと、あぶなっ!」
上を警戒していた泰造に、横から触手が迫る。ぶつかる前にどうにかそれに気付き、泰造は慌てて盾を動かしそれをしのいだ。身を低くして盾に隠れ、攻撃に耐える。
その間に、頭の上に浮かべたままの竹の枝をテルちゃんがどうやってかひょいと捕まえむむむと唸った。
「ヤラレッパナシ、ヨクナイヨ! クヤシイナラ、マヨワズフクシュースルヨ!」
テルちゃんは竹の枝に、可愛い声でそう告げた。枯れて折れたはずの枝が、その手の中で僅かに光を帯び、パキパキと音を立て始める。
「え、何してんの? こわ……」
自分の頭の上で、精霊が可愛い声で竹に復讐を勧めている。頼むからおかしな真似は止めてほしい、と泰造が首をすくめていると、テルちゃんが泰造の目の前に竹の枝を差し出した。
「タイゾー、コレヲワルイヒメニ、ツキサスヨ!」
「これを? 刺さるかわかんねぇぞ?」
「チョットダケ、ササレバイイヨ!」
戻された竹はさっき泰造が拾った時に比べて、心なしか大きくなっている気がする。だが変化はそれだけで、姫の巨体にとっては小さなトゲのようなものだ。
それでも泰造は、何もしないよりはこの精霊を信じるか、と枝を魔法で掴んだ。
「行くぞ!」
去年の田植え大会で稲を飛ばしたときのように、泰造は魔力を籠めて竹の枝を鋭く飛ばした。
小さな枝は姫には警戒されず、その胴体の真ん中辺りにプスリと刺さる。弾かれるかと思ったが、魔力を多めに籠めたのが良かったのか、枝は思ったよりしっかりと姫の体に刺さった。
テルちゃんはそれを見て嬉しそうに頷くと、ピコピコと手を振った。
「イマダヨ! メヲサマスヨ!」
テルちゃんがそう叫ぶと、竹の枝からまたパキリと音が響く。一体何が、と泰造が見つめていると、やがて竹がぐんぐんと上下に伸び、太さを増し始めた。
すると突然、キュイン! と甲高い音が再び響き、泰造は思わず耳を塞ぎたくなった。しかしそれはさっきの鼓膜を打つ音とはまた違い攻撃性を感じない、切羽詰まったように聞こえる音だった。
「……悲鳴か?」
それは確かに姫が上げた悲鳴だった。
体に刺さった竹の枝がどんどん太く、長くなってその体を深く抉り、穿っていくのだ。それを取り除こうにも竹の節々から枝や根が場所を問わず生えてきて、ビシビシと姫の体に食い込み絡みついていく。
あっという間に体を突き通り、下の地面に到達した枝は、もう完全に元以上の太さの竹になっていた。そしてその下からも根が出て地にしっかりとしがみ付き、姫の体を完全にその場に縫い止める。
姫はバタバタと翼を動かし暴れていたが、やがて刺さった部分を切り離そうとするかのように、ジリジリと後ろに下がり始めた。
「逃げる気かよ!」
体の一部を諦めてでもこの場から逃れようとするその行動に、泰造は何とか逃げるのを食い止めなければと立ち上がる。
しかし、泰造よりも先に動いた者がいた。
「どっせぇい!!」
ズドン、と鈍い音が地面を揺らし、周囲に響く。その音は一回では終わらず、ズドンズドンと連続してさらに響いた。
泰造が恐る恐る盾の横から顔を出すと、いつの間にか姫の後ろに回り込んだ幸生が太い竹を振り上げて姫に投げつけている。
竹は姫の体の一部を時に巻き込みながら、その巨体のギリギリのところを囲むように次々地面に打ち込まれた。それによって姫は後ろに下がることが出来なくなり、慌てたように翼をばたつかせ、隙間を探してもがき暴れる。
「おら、幸生、追加だ!」
「こっちも行くぞ!」
しかし和義や善三がせっせと周りの竹を切り倒しては、ちょうど良い長さにして幸生に投げる。幸生はそれを受け取ると、狙いを定めてさらに竹を打ち込んだ。
あっという間に姫は竹の檻に半分閉じ込められたように、身動きが取れなくなってしまった。必死で触手を振り回すが、幸生が投げた長い竹は深く地面に刺さり、そう簡単に折れることも抜けることもない。
その体に刺さった最初の竹は、さらに枝や根を伸ばして姫の体を侵食してゆく。
「うへぇ、怖……」
泰造は小さく呟き、思わずふるりと身を震わせる。
そこに、遠くから近づいてくる足音が聞こえた。助けが来たのだ、と泰造は期待を込めて振り向いた。
一方、善三たちが戦っていたその頃。
空は鏡に映る戦いをチラチラ覗きながら、一生懸命おにぎりを頬張っていた。
「空、お茶も飲んでね」
「ん!」
本日二回目のおにぎりは、もうこれで四個目だ。もごもごと必死で口を動かし、お茶を貰っておにぎりを流し込む。
雪乃は朝ご飯用、空の十時のおやつ用、お昼ご飯用にと、余ったら誰かに振る舞えばいいとおにぎりを沢山用意していた。それを空はせっせと消費し、時折ちらりと皆が戦っている様子が映る鏡に視線を向けた。
「お腹、落ち着いた?」
「うん、だいぶ……」
一気にお腹が空いて切羽詰まっていたさっきとは違って、だいぶ気分は落ち着いている。雪乃は空のお腹に手を当て、魔力がだいぶ回復している事を確かめた。
「空は魔素から魔力に変換するのがすごく早いわねぇ。少ない魔素で必死に体を維持していたから、ちょっとの魔素も無駄にしないように体が頑張ってる感じがするわ」
「それ、いいこと?」
「ええ。魔力の回復が早いから、魔素さえ取り込めれば沢山魔法が使えるってことよ」
空は少し考えて、なるほどと頷いた。
「じゃあぼく、ばぁばみたいにまほうがんばりたいなぁ」
「良いわね。でもちゃんと体も鍛えましょうね。その方が出来ることが増えるから」
「うん!」
和やかな祖母と孫のそんな会話を背景に、戦いの場を見ている千里と、その音や会話を聞きながら鏡に映る映像を見ている菫はハラハラし通しだった。
歌を歌う必要がなくなった美枝とこの場に残った芳竹も鏡を見ているが、芳竹は今にも応援に駆けつけたいという顔をしている。
しかし物理攻撃の効果が薄いなら自分が行っても出来ることはないと、必死で堪えているのだ。
「ヤバいよ~! 攻撃、全然効いてないじゃん!」
空と雪乃は千里の声にハッと顔を上げ、慌てて鏡を覗き込んだ。
鏡の中ではちょうど、善三や和義が場所を空け、幸生が前に出たところだった。
「じぃじなら……」
何とかしてくれるんじゃないかと空は期待した。
しかし幸生の攻撃は姫の体を切り取ったものの、すぐにその体はまたくっつき、元に戻ってしまった。しかもその後すぐに姫は反撃してきた。
「兄貴!」
正竹が負傷したのを見た芳竹が叫ぶ。
芳竹が兄を助けに行こうと思わず立ち上がりかけたその時――
「ぐあっ!?」
――キィィン、と遠くから高い音が響き渡り、同時に菫が悲鳴を上げて倒れ伏した。他の人間は不快な音に眉を顰めるくらいで済んだが、姫の周辺の音を聞いていた菫は直接ダメージを受けたらしい。
菫は両腕で頭を抱えて苦しそうに顔を歪める。耳に貼っていた術符には僅かに血が滲み、剥がれてハラリと下に落ちた。
「大丈夫!?」
慌てて雪乃が倒れ伏した菫の頭に手を当てる。淡い光がその手と菫の頭を包み込み、菫は小さく呻いて目を開けた。
「……もう大丈夫です、ありがとうございます」
ダメージを受けた鼓膜などを治療をしてもらった菫が体を起こし、礼を言う。雪乃は他の人は変調がないか一応確認し、心配そうに竹林の先に視線を向けた。
空はその間に、鏡の中で泰造が必死で体を張り、良夫を送り出したのを見ていた。
そしてその頭にテルちゃんが跳び上がって張り付いたのも。
「ばぁば、おにぎりちょうだい!」
「えっ!?」
「いますぐ、ぜんぶ! くりおねがばっかるこーんしたから、テルちゃんががんばるの! あと、よしおにいちゃんが、ばぁばをむかえにくるよ!」
空には何故だか不思議とそうなるという確信があった。
もしかしたら、テルちゃんが見聞きしたものがうっすらと伝わったのかもしれないと、ちらりと思う。今すぐ追加のおにぎりを食べなければ、と思ったのもそのせいかもしれないと。
そしてその予想はやはりすぐに当たった。
空が雪乃を急かして残りのおにぎりを鞄から出してもらったのと同時に、竹林の間から良夫が姿を現した。全速力でこちらに真っ直ぐ近づき、そしてすぐ傍で急停止する。
「っは、雪、乃さん! すぐ、俺と交代で、あっちに……!」
息を荒らげて頭を下げる良夫に、雪乃は立ち上がって頷いた。
「私じゃなきゃ駄目なのね。ここは頼んで大丈夫ね?」
「何かあれば、必ず、守ります」
良夫はそう言って、力強く頷いた。そんな良夫に、美枝が冷たいお茶を手渡す。
「雪乃ちゃん、ここは私たちで大丈夫。結界ももうなくて平気よ。急いで行ってあげて」
姫の支配が途切れた竹林は、美枝がいればほぼ確実に安全だ。万一のために良夫がここに残るが、他の者もそれなりに戦うことは出来る。
空はおにぎりを片手に、良夫と一緒にひっそり自分の足元に戻ってきた小さな体を優しく撫でて、それから雪乃に声を掛けた。
「ばぁば、フクちゃんにのっていって!」
「え?」
「ホピピピッ!」
雪乃が振り向くと、いつの間にか空の傍に戻ってきていたフクちゃんがピッと片翼を上げ、そしてむくむくと大きくなった。
「ばぁばもはやいけど、フクちゃんのほうがきっともっとはやいし、ばぁばがつかれないよ!」
「でも、空の魔力が……」
テルちゃんに加え、フクちゃんまでは魔力を使ったら空が危ないのではないかと雪乃が迷う。
しかし空は首を横に振り、手にしたおにぎりを高く掲げた。
「ぼくは、ばぁばのおにぎりがあればむてきだから、だいじょぶ!」
そう言ってはぐっと齧り付くと、あっという間におにぎりが一つ空の口の中に吸い込まれる。
雪乃を短時間運ぶだけの魔力など、多分大したことはないから大丈夫と空はもごもごしながら頷いて見せた。
「空……」
「フクちゃん、おねがいね!」
「キュルルッ!」
フクちゃんは頼られて嬉しいというように可愛く鳴くと、あっという間に馬のように大きくなった。乗りやすいよう膝を折って座り込み、長い首を伸ばして雪乃をツンツンと突く。
雪乃は少し迷ったが、一つ頷いて微笑むと、さっとフクちゃんの背に乗り込んだ。
「じゃあ行ってくるわ。空をお願いね!」
「いってらっしゃい!」
「任せてちょうだい、いってらっしゃい!」
空と美枝に手を振られ、フクちゃんは立ち上がるとタッと地を蹴り、かなりの速度で走り出した。
雪乃や幸生に加え、フクちゃんやテルちゃんまで近くにいないのは本当は少し不安だが、それでも空はそれを隠して笑顔で見送る。ここには他に頼りになる大人たちが沢山いるのだ。
(僕に出来ることは……おにぎりを食べること!)
空はまた新しいおにぎりを手に取り、パクリと齧り付く。テルちゃんが何かしているのか、また少しお腹が減った気がするのだ。
雪乃のおにぎりは、こんな非常時に食べてもやはり美味しかった。