18:寂しがりのこごみ
フキノトウとの死闘が終わった。
空は体の方は大して疲れていなかったが精神的には疲労困憊で、フキノトウの袋をしまっている雪乃の足に縋り付いてため息を吐いた。雪乃はそんな空を抱き上げて、背中を優しく叩いてくれた。
「空、大丈夫? 疲れたかしら。もう帰る?」
顔を覗き込まれた空は少し考え、首を横に振った。
「もうちょっと、がんばる……」
「そう? じゃあはい、あーんして」
言われるままに口を開けると、ひょいと甘い砂糖菓子が突っ込まれた。粉菓子のようで、ほろりと崩れて優しい甘みが口の中に広がる。
「甘い物食べると元気出るからね。こごみを採ったら帰ってお昼にしましょうね」
「うん、ばぁば、ありがと!」
甘い物を食べるとそれだけで気分が簡単に上向く。甘い物は偉大だ、と空は思いながらもう二つ貰って食べた。雪乃は他の子供達の口にもお菓子を放り込んで、それから武志に声を掛けた。
「武志くん、こごみは小川の方にあると思うけど、採っていく?」
「うん。あ、でも空はナイフ持ってる?」
「私が持ってきてるから、空には棒を持ってもらうわ。川原は今の時期水が増えてるから、皆あんまり近づきすぎないでね?」
「はーい」
「わかった!」
空は雪乃に抱かれたまま土手を下り、小川へと近づく。水場の少し手前の枯れた草むらの中に、緑色の草が沢山顔を出している。細い茎も頭もすこしもしょもしょと毛羽立っていて、頭はくるりと丸まっていた。
「これ、こごみ?」
「そうよ。このくるりんて丸まってるのがこごみ。茹でて食べるとシャキシャキして美味しいのよ。苦みもくせも少ないから、これは空も食べられるんじゃないかしら」
「……たべてみたい!」
自分が食べられるかもと聞いて空は俄然興味と元気が出た。田舎に来てから毎日潤沢な魔素を浴びているが、お腹が空くことがなくなった訳では全然ない。三食のご飯とおやつをたっぷり食べても、育ち盛りの体はいつも食べ物を歓迎していた。
雪乃に下ろして貰って空はこごみを採ろうと近づいた。しかし群生地に踏み入る前に雪乃に止められてしまった。
「空、駄目よそのまま近づいちゃ。こごみは絡んでくるから。草むらには入らないで、この棒を持って」
雪乃が渡してきたのは五十センチほどの細い木の棒だ。軽い素材らしく、空でも簡単に持てた。
雪乃は手に小さなナイフを持っている。
「ほら空、武志くんがやることを見ててちょうだい」
「空、こごみはこうやって採るんだ」
すぐ近くにいた武志はそう言って頷くと、左手に持った同じような棒をこごみが沢山生えている草むらにガサリと突っ込んだ。そのままガサガサとかき回すように棒を動かすと、やがてそれがぴたりと動かなくなる。
「……?」
空が背伸びして覗き込むと、なんとその棒にこごみがびっしりと絡みついているのが見えた。
「ひきゅっ」
空は思わずふきのとうのような声を出して後退る。
武志は棒を掴んだまま、右手に持った鎌で、群がるこごみの根元をさっと撫でるように削いだ。
「ほら、いっぱい釣れた!」
持ち上げられた棒の先に、根元を切られたこごみが沢山絡みついている。武志はそれを布袋の中にパラパラと落として空の方に見せてくれた。
「空は、棒でこごみを集める役な。草むらの下の方じゃなくて、ちょっと上の方をかき回すんだぞ。そしたら根元が切りやすいだろ?」
「う、うん……が、がんばる」
「おれもやるー!」
「わたしも!」
尻込みする空の脇で、自分の道具を取り出した明良と結衣が楽しそうに駆けていく。
空も手にした棒をしっかりと握り、草むらにそっと近づいた。
「えーと……えいっ、やっ」
武志の動きをできるだけ真似て、草むらの中のこごみ達の頭を撫でるように必死で棒を動かす。こごみは次々に棒に巻き付き、あっという間に空の手は動かなくなった。
「ば、ばぁば」
プルプルする手で棒を支えながら助けを求めて祖母を見上げると、にっこり笑った雪乃がしゃがみ込み、さっとナイフを滑らせた。
「わっ」
手にした棒が急に軽くなって、空はコテンと尻餅をついた。けれど棒の先には沢山のこごみが絡みついている。ちゃんと採れた事が嬉しくて、空はそれを大きく振り上げた。
「ばぁば、とれたよ! いっぱいとれた!」
「うんうん、すごいわ空。じゃあほら、ここに入れてちょうだい」
「あい!」
棒の先を袋に入れて振ると、絡まっていたこごみがパラパラと落ちていく。空は面白くなって、すぐにまた草むらに棒を突っ込んだ。
「あらあら、空、気に入った?」
「うん! たのしい!」
空が絡め取るこごみを、雪乃が手際よく刈り取ってくれる。沢山採れると嬉しくて空はすっかり疲れを忘れて楽しんだ。用意した袋はあっという間にいっぱいになった。
「沢山採れたわねぇ。頑張ったわね」
「えへへ……」
頭を撫でて褒めて貰って、空の顔もほころぶ。今日一番心の痛まない山菜採りだった。山菜を採っているというより、釣っているみたいだったのが良かったのかも知れない。
「いっぱい採れたから、美味しい料理にするわね。何が良いかしらねぇ……天ぷらかおひたしか、ごま和えも良いわね」
「まよねーずも!」
「マヨネーズね。じゃあ茹でただけのも用意するわね」
「うん!」
マヨネーズは都会で作られる調味料だと空は田舎に来てから初めて知った。東京には当たり前にあったものだったのだが、田舎では余り一般的じゃないらしい。田舎の農産物や魔素資源と交換で、都会からは調味料や甘味、嗜好品の類いが多く輸入されているのだという。それを聞いた時、空はちょっと遠い目をしてゆにゅう? と呟いた記憶がある。
それはさておき、子供舌の空にとってはマヨネーズは大好きな調味料なので、祖父母がわざわざ自分のために取り寄せてくれている事に感謝しかない。シャキシャキしているというこごみにマヨネーズを付けて食べるのが今からとても楽しみだ。
もうその味に思いを馳せている空は、一歩足を出した先に小さなくぼみがあることに気づかなかった。
「あっ!」
踏み出した途端、足が穴に引っかかって体が傾く。空はそのまま地面にパタンと腹ばいに倒れた。とっさに手は前に出せたので顔は打たなかったし、地面が草に覆われているせいか、草鞋の防御力のせいか痛くはなかった。けれどビックリして思わず目が潤む。
「ふぇ……」
「あ、空、大丈夫かよ!」
「そらちゃん、ころんだ?」
「そら!」
泣き出しそうになった空の元に、子供達が慌てて駆け寄る。心配して覗き込まれると急に涙が引っ込んだ。
「へ、へいき……」
空は強がってそう答えると起き上がろうと腕を突っ張った。けれど、体が何故か持ち上がらない。
「……?」
今度は膝を突いて起き上がろうと足を動かそうとしたが、やっぱり動かない。
怖くなってじたばたしようとすると、雪乃が慌ててそれを止めた。
「空、動かないで。今こごみにいっぱい絡みつかれてるからね。そうっと切るから、じっとしててね」
「ええっ!? やだー! とって、ばぁばとって!」
「あ、じゃあ俺も手伝う!」
慌てる空を宥めながら、雪乃と武志が慎重にこごみを切ってくれた。空は自分がどんなことになっているのかわからず、ビクビクしながら解放されるのを待った。
しばらくして、目に付く茎を切り落とした雪乃が空の体をそっと持ち上げる。少し離れた場所に下ろして貰って、空は自分の体を見下ろして半泣きになった。
「ばぁば……これ、なんかやだ……」
空の細い手足や服の端っこを巻き込むように、沢山のこごみの茎がくるりと巻き付きぶらぶらしている。雪乃が引っ張って回収してくれるが、もしょもしょした感触が気持ち悪いし、絡みつかれた事がまず怖かった。あのまま動けなかったらどうしようかと思ったのだ。
「はい、全部取れたわ。大丈夫よ、皆一回くらいはやるのよ。びっくりしたわね」
「俺三回やったよ」
「おれにかい」
「わたしまだやったことない!」
それぞれの申告に、皆がクスクスと笑う。
「こごみは寂しがりだから、側を通った旅人に絡みついて仲間に入れてしまうんですってよ。だから、採る時は気をつけないとね」
おとぎ話だと雪乃は笑って教えてくれたが、空はそれを聞いて震え上がった。
(それ、絶対養分にされるやつじゃない……?)
袋の中で丸まる可愛い芽が、急に不気味になった空だった。
山菜採りひと段落。
今回の山菜は田舎的には摘み草レベルのソフトなやつばかりです。
子供向けなので。
感想や田舎あるあるありがとうございます!
どれもありがたく、面白く拝見しています!




