2-52:ミッション3、目標を発見せよ
『舞い散る落ち葉、彩なす錦、あなたの色はどんな色』
美枝の歌が効いているのか、竹林は静かなものだった。竹が美枝の方に傾いているので少々避けながら進まないといけないが、それでも想定していた反発もなく遙かに楽だ。
六人は身を低くして竹の間をすり抜け、真っ直ぐに奥を目指した。泰造も遅れる事なく付いていく。
『うるわし茜 移ろう蘇芳 それとも秋の日暮れ色』
周りにはまだ風に乗った美枝の歌が響いている。しかし奥に進むにつれ、徐々に周りの竹の向きが変化してきた。
美枝がいる方向に傾いていた竹たちの中に、少しずつそれと違う方向を向いていたり、迷うようにふらふらと揺れているものが混じり始めたのだ。
「この辺からは危なそうだな」
善三はそう言ってスッと竹串を取り出す。
「来るぞ!」
何かに抗うようにぶるぶると震えていた周囲の竹たちが、侵入者を迎え撃たんと襲いかかる。善三はすかさず竹串をそれらの根元に打ち込み、動きを止めた。しかしまたすぐに別の竹が襲いかかる。
「切りますよ!」
「ああ、やれ!」
善三が許可を出すと、良夫が竹に向かって高く跳び、すれ違いざまに手にした小太刀で竹の幹をスパンと断ち割った。
「おりゃあ!」
反対側では和義が気合いと共に竹を殴って、器用に弾き飛ばしている。
「うっひゃ!」
一行の真ん中辺りを走っていた泰造は、落ちてきた竹の頭部分を跳びすさって避けた。良夫が切ったものが後ろにいた泰造の上に落ちてきたのだ。
「あぶねーな! もうちょっと落とすとこ選べ!」
「悪い!」
良夫に悪態をつきつつも、泰造も足を止めることはない。善三たちが切り開いた道を、遅れることなく走るのが自分の役目だとわかっているからだ。
走りながらも泰造は、視界に映る竹たちを半ば無意識に鑑定し、判別していた。
竹(魅了)、竹、竹、竹(魅了)と美枝の歌が効いているものと姫の魅了にかかっているものとが入り交じり、本体はまだ見つかりそうにない。しかし近づいているのは間違いなさそうだった。
「魅了されてるのがどんどん増えてるぞ!」
気付けば竹の密集度も上がってきている。ここの妄想竹たちは根で繋がっているし大きいので、遠くまで移動したりはしない。
しかし根で繋がった場所なら、多少時間を掛ければ密集したり、離れたりといったことは出来るのだ。姫の指令によってじりじりと竹たちは移動し、集まっている。
となればその向こうに姫がいるのは明白だが、近づくのはそう簡単ではなかった。
妄想竹はとにかく背が高い。そのためその足元にいるうちはかえって攻撃してこないが、少し離れた場所にいる竹ほど攻撃を仕掛けてくる。
さっき通り過ぎた場所に生えている竹が、後ろから不意に襲ってくる事もしばしばだ。
しかしそれは幸生がまず受け止め、そこを正竹が鉈で切り落とすという連係攻撃で対処していった。
「……段々、竹が密集して進みづらくなってるみたい」
遠見の術で戦いの様子を見ていた千里が心配そうにそう告げた。それを受け、鏡を覗き込む皆の表情も心配そうに曇ってゆく。
鏡に映る六人にはまだ余裕があるが、その進みは確実に遅くなっている。
密集した竹で見通しは悪く、葉陰が濃くなったことで昼だというのに周囲は段々暗くなっている。竹を切り落とせば足場は悪くなり、残った株は動きこそしないがその分進行の妨げになっていた。
美枝はまだ懸命に歌い続けているが、さすがに姫に近い場所の竹たちの支配権までは奪えていない。今はまだ良いが、これをずっと続けていればいずれは美枝にも疲れや限界が来るだろう。
「私も行ってあげたいわね……」
しかし雪乃はここに結界を張っている。ある程度張りっぱなしにしたり遠くから維持も出来るが万全ではない。空や美枝、監視役の二人のことを思うと動かない方がいい気がするのだ。
ちらりと空を見ると、空は鏡をじっと見てそれから傍にいるテルちゃんと話をしていた。
テルちゃんは空と一緒に鏡を覗き込みながら、空に一生懸命質問している。
「ソラ、コレ、ナニシテル?」
「んとねー、このたけのむこうに、たぶんわるいひめがいるんだよ。だから、みんなはそこにいって、みつけたいんだ」
「タケ、ジャマシテル?」
「そう。たけさんたちは、あやつられて、じぃじたちのじゃまをしてるの」
「ワルイコダネ!」
テルちゃんはぷるぷると天辺の葉っぱを揺らして竹林の方に視線を向けた。
それからくるりと周りを見回し、最後にフクちゃんと空を見る。
「ソラ、ソラ、テル、テツダッテクルヨ!」
「えっ!?」
「ダカラ、ソラノマリョク、チョットチョウダイ!」
空はテルちゃんの提案にしばし悩んだ。ピッと片手を出して頂戴をしているテルちゃんと、鏡を交互に見つめ、どうしようかと考えた。
(テルちゃんがどんな風に手伝うのか想像も付かないけど……でもテルちゃんだしなぁ)
何だかテルちゃんなら何かやってくれそう、という気も確かにする。
鏡の中では泰造が盾を持って竹の攻撃を防ぎ……しかしすぐに油断してうっかり吹き飛ばされそうになったところを幸生に引っ張られ、小脇に抱えられた姿が映っている。
戦いには全く自信がないと言い切る割に、逃げ出したりしないところはさすがに魔砕村の男だった。
「いいよ、テルちゃん。ぼくはおなかすくだけだしね! でも、むちゃはしちゃだめだよ?」
空はまぁいいかと頷き、テルちゃんの小さな手をぎゅっと握る。握った途端、そこからするりと魔力が抜け出たような感覚がした。
「テル、ムチャシナイヨ! アト、フクモテツダウ!」
「ホピピッ!」
テルちゃんはいつの間にかフクちゃんとも話を付けていたらしい。フクちゃんは一声鳴くとむくむく大きくなり、そこにテルちゃんがスタッと器用に飛び乗る。
その途端、空のお腹がグルルル、と高らかに鳴いた。
「オテツダイ、イッテクルネ!」
「ホピピピッ!」
そう言って一人(?)と一羽が走り出す。
「えっ、ちょっと待って、どこに行くの!?」
張られた結界から精霊を乗せた鳥がシュパッと飛び出し、すごい勢いで走ってゆく。雪乃は驚いて声を上げたが、その姿はあっという間に見えなくなった。
「ばぁば……おなかすいたぁ」
後に残ったのはぐるぐると忙しなく鳴き出した腹を抱えて、しおしおと訴える空の姿だ。
「とりあえず……おにぎりね?」
雪乃は諦めて、鞄から空のためのおやつ兼非常食を取り出した。