2-51:植物界のアイドルバトル
「じゃあ、その手はずで行くぞ」
しばしの相談の結果、次の作戦はまず美枝の歌から始める事となった。
美枝が歌を歌い、それを雪乃が姫に魅了された竹林に向かって拡散させる。ある程度歌ったところで良夫たちが近づいてその効果を確かめ、歌の効果が出ているようなら、泰造を守りつつ何人かで姫がいると思われる場所を目指す。
「姫の周りは、恐らく抵抗も激しいだろう。そうなったらもう竹を切り倒して構わねぇ。どんどんやっちまってくれ」
もとより竹林が無傷で済むとは善三も思っていない。
奥に行く班は、善三と和義、良夫、正竹。それに加え、幸生も一応付いていく事となった。
出番が近づいた泰造は落ち着きをなくすかと思っていたが、意外にも静かだった。下ろした前髪をパッチンピンで上に上げ、しかし魔力を温存するためか、目元はフクちゃんで隠したまま黙ってその時を待っている。
「ホビー……」
泰造に両手でそっと持ち上げられ、目元にふかっと当てられているフクちゃんが、首を伸ばして嫌そうにビービーと低い声で鳴いている。空は手を伸ばして、じっと我慢しているフクちゃんの頭を優しく撫でた。
「もうちょっとだけ、がまんしてあげて。あとフクちゃん、ちょっとおっきくなれる?」
「ビ……」
フクちゃんは空のお願いに、仕方なさそうに体を震わせむくっと二回りほど大きくなった。
「おおう!?」
突然大きくなったフクちゃんに泰造が一瞬慌てるが、すぐに「ありがとう!」と叫んでまた顔を羽に埋める。
「ふわふわ……あ~、やる気出るぅ」
やる気が出るなら仕方ない、とフクちゃんは不機嫌そうにしつつも諦めてくれた。
「……じゃあ、始めるわね」
全員の準備が出来たと見て、美枝がそう言って一歩前に出る。まだ少し照れくさそうな表情だが、それでも目の前の竹たちを救いたいと願いながら、美枝は口を開いた。
『目覚め、目覚めよ、春の野よ』
美枝の歌声は本人の雰囲気そのままに優しく響いた。子供の頃によく歌っていたというだけあって童謡のような可愛らしくのどかな曲だ。
『きらめく新芽、緑の若葉、あなたの花はどんな色』
歌は雪乃が起こす風に乗って拡散され、竹林に広がってゆく。ざわざわと竹がざわめき、やがて頭の上が少しばかり暗くなった。
今いる場所は安全な竹林の境界の内だが、その安全な竹たちが美枝の歌声を聞こうと体を傾けるように幹を曲げている。そのせいで葉っぱが頭上を覆い、周囲が暗くなったらしい。
やがてその歌声が広がるにつれ、姫に支配されているはずの竹たちにも変化が見られた。
安全な竹たちがしているのと同じように、美枝の歌声が聞こえる方に向けて幹を傾け始めたのだ。
『明るい黄色、優しい桃色、それとも春の朝の色』
「行けそうだよ! 上から見ると、かなりの広範囲の竹がこっちを向いてきてるよ~!」
千里が嬉しそうに声を上げるが、しかし隣の菫は難しい表情を浮かべ首を横に振った。
「だが相手も気付いたらしいぞ。向こうの歌が強くなった」
なよ竹の姫の歌声は竹と菫にしか聞こえていない。美枝の歌とは違う、長い叫びのような旋律のような、不協和音一歩手前の不思議な音だ。
人には作用しないようだが、竹たちは迷うようにさらにざわめいた。
「美枝さん、歌を続けてくれ!」
美枝は善三の要望に頷くと、二番を歌い始めた。
『歌え、歌えよ、夏の森』
様子を見に近くの竹に良夫や正竹がそっと近づくが、竹たちは攻撃をしてこない。うっとりと美枝の歌に聴き入っているように見える。
(さすが美枝おばちゃん、植物界のアイドル……)
と空が感心していると、空の胸元からチカッと光がこぼれた。空が視線を下に向けると、胸に下げた守り袋からシュルリとテルちゃんが現れた。
「ソラ、オハヨー!」
「あ、テルちゃん! もうおきたの?」
テルちゃんは大体いつも午後にしか目を覚まさない。その丸い体を空が抱き上げると、テルちゃんは嬉しそうにピコピコと両手を振った。
「ウタ、キコエタヨ! タノシイウタ!」
どうやらテルちゃんも美枝の歌声に惹かれて目が覚めたらしい。
『伸びゆく梢、影なす青葉、あなたの花はどんな色』
美枝の歌を間近で聞いて、テルちゃんは嬉しそうに帽子に付いた葉っぱをパタパタと揺らす。
「ソラ、ナニシテタ? ナニシテアソンデタ?」
「きょうはねぇ、たけのこがりのけんがくと……わるいひめたいじ?」
「ワルイヒメ?」
「うん。このたけばやしのはんぶんをね、ひめっていうこがのっとって、あやつって、よわらせてるんだ。ぜんぞーさんがたいへんなんだよ」
「ゼンゾー、タイヘン……」
『眩い白か、揺らめく赤か、それとも夏の空の色』
歌の二番が終わる頃、菫が耳を押さえて小さく呻いた。どうやら抵抗する姫の歌声が耳に障るらしい。
「向こうも大分必死のようだ。だが、美枝さんの方がかなり押してる」
「中心部は、やっぱりこの辺から真っ直ぐっぽいよ! 竹がそこを中心に動いて、集まろうとしてる!」
二人の言葉に善三は和義や良夫らを見て頷いた。
「よし、なら今のうちに行くぞ! 皆、武器は忘れるなよ!」
善三は自分も腰に下げた鉈を確かめ、前に出る。
良夫と和義がその横に立ち、後ろには立ち上がった泰造が付いた。その後ろを守るのは幸生と正竹だ。
「泰造、武器はいいのか?」
良夫が聞くと、泰造は首を横に振った。
「一応持ってきてるけど、俺の攻撃なんてたかがしれてる。俺は見つける方に専念するから、そっちは任せた」
「……わかった」
良夫は深く頷くとまた前を向いた。
「たいぞうにいちゃん、これもってって!」
不意に後ろから空が駆けてきて、幸生がその体をひょいと捕まえる。
「危ないぞ」
「すぐもどるから!」
空はそう言って手に持った大きな板を泰造に差し出した。
「これは……盾か?」
「そう! ぜんぞーさんにつくってもらった、たらのめようの、ぼくのたて!」
タラの芽狩りの時に使った後、そのまま雪乃が魔法鞄に入れていた竹の盾だ。空はそれを思い出し、取り出してもらって持ってきたのだ。
「きをつけてね!」
「……ありがとな! 俺に任せとけ、絶対見つけてやるからな!」
「うん! いってらっしゃい!」
空はそう言って手を振ると、雪乃の所に駆け戻ってゆく。泰造は自分の体を隠すには小さすぎる盾をしっかりと握り、前を見据えた。
『踊れ、踊れよ、秋の山』
美枝の歌が優しく、並んだ男達の背を押すように響き渡る。
「行くぞ!」
「おう!」
善三の掛け声で、六人は一斉に走り出した。