2-48:ミッション1、姫の支配地を把握せよ
さて全員の意思を確認したところでさっそく姫捜し……とはいかなかった。
「はらがへっては、いくさはできないんだよ!」
「うむ。空は難しい事を知っていて偉いな」
ということでまずは腹ごしらえと言うことになったのだ。
楓たちはタケノコ狩りの参加者のために温かい味噌汁とおにぎり、漬物などを用意してくれていた。
屋外に設置された椅子に座り、朝食がまだだった人達が美味しそうに味噌汁を啜りおにぎりを囓る。善三も渋い顔をしつつも温かい味噌汁を飲み、おにぎりを腹に入れると少し気持ちが落ち着いた様子になった。
沢山用意したからと、怪異当番三人や泰造、美枝や和義も味噌汁で体を温めた。
食べながら、これからの方針を皆で話し合う。
「まず……姫を泰造に見つけてもらうためには、いると思われる場所に踏み込まなきゃならねぇ」
「あ、俺戦闘は全く自信がないんで……そこだけよろしく頼みます!」
泰造はいわば生来の鑑定能力に能力値を振りすぎたような男だ。それ以外は体力も魔力も魔砕村の成人男性の平均辺りをうろうろしている。
忍者に憧れて派手な魔法やおかしな技を開発したりしているが、それらは攻撃力には期待できないという自覚もある。
一応魔砕村の平均値なので全く戦えないという訳ではないが、ここにいる人間の中ではやはり戦闘が苦手な部類だった。
「この作戦の肝は、泰造をどうやって無事に竹林の奥まで連れて行って、姫を見つけさせるか、だな」
善三がそう言ってうむうと難しそうに唸る。
妄想竹は村ではよく竹垣などに使われるため、竹川家では結構広く栽培場所を作ってある。
先ほど竹に襲われた場所からどのくらい奥になよ竹の姫が潜伏しているか予想はつかないが、最悪を想定するなら、妄想竹の林の半分が支配されていることになる。そこから姫がいる場所を割り出すのは、かなり難しい。
「人数も増えたし、やっぱり一度偵察のために近づくしかないっすね。攻撃はあまり加えず、ただ近づいて避けるだけで良いとなると……俺だけじゃなく、田村さんと、竹川さんちで素早い人と……佳乃子さんも行けます?」
「もちろん行けるよ。さっきは油断しちゃったけど、襲ってくるってわかってれば大丈夫!」
良夫の問いに佳乃子は元気よく頷いた。
竹が襲ってきた場所では、タケノコは襲ってこなかった。多分栄養を姫にとられていて、タケノコが育っていないのだ。ならば気をつけるべきは地面より上だけとなる。
竹川家からは善三と息子たちが偵察に参加する事になった。
「なら、まずはこの面子で、竹に異変がある場所を囲むように少しずつ場所を変えて並び、真っ直ぐ進んでみるか」
「じゃあ私が少し離れた場所に結界を張って、そこで遠見や探知をする人たちを守るわね」
千里と菫、泰造、美枝は雪乃と一緒だ。そこに幸生と空も結局ついていくことになった。
幸生と雪乃から離れない、という約束をして見学が許されたのだ。孫に強請られた祖父母が許してしまったので、善三も仕方なく諦めたらしい。
「まずはそうだな……竹が襲ってくる境目を見極めたい。竹が襲ってこない場所ではタケノコが襲ってくるから、それも先に狩っちまわねぇと足元が危ないしな」
「あら、じゃあそれは私に任せてちょうだい。私がその辺をうろうろすれば、タケノコをくれる竹とそうじゃない子たちと、すぐ見分けがつくわ」
美枝は笑顔でそう提案した。さすが、植物界のアイドルは頼もしい。
美枝に頼むと頷き、善三は全員の顔を見回した。
「よし、じゃあ行くぞ。楓たちは、何かあったときのために連絡役や治療なんかの用意を頼む」
「ええ。任せてちょうだいな。お昼ご飯もちゃんと用意しておきますからね。さっさと終わらせて、皆でタケノコを食べましょうね」
あえて何でもないことのように、楓はそう言って笑顔を見せた。善三はいつも自分を支えて励ましてくれる大切な妻に頷き、竹林へと歩を進めた。
再び入った竹林は、一見したところさっき出てきた時と様子は変わらなかった。
善三に案内されながら、竹林の中を一行は静かに進む。タケノコ狩りが済んだ場所を選んで歩いているので今のところ襲われる事も無い。
たまに美枝の足元にひょこりと狩り損ねた小さなタケノコが顔を出すこともあるが、「あら、あなたはまだ小さいじゃない。気持ちは嬉しいけど、今はゆっくり育ってね」とよしよしされてまた土に潜っていくくらいだ。
それを空や若者たちは感心や驚愕の眼差しで見つめているが、雪乃たちはさすがに慣れたもので動じもしなかった。
やがて竹林の真ん中辺りまで来ると、善三は慎重に周囲を確かめてから振り向き、美枝に頷いた。
「この辺からは、まだタケノコを狩っていなかったはずだ。まずここから横に進んでタケノコが出てくる範囲を把握して、予め狩っておきたい」
「じゃあ私の出番ね」
美枝は任せておいて、と頷きスタスタと気負いもせずに進んだ。すると美枝が歩くごとに、その足元が何だかもごもごと動き出す。
少し歩いてから美枝が足を止めて周りを見回すと、待ちかねたと言わんばかりにその周囲に次々タケノコが姿を現した。
地面からボコボコと土を割って現れるが、美枝の周りをぐるりと取り囲むだけで襲ってくるような事はない。
美枝はその場にスッとしゃがみ込むと、一つ一つのタケノコを手で優しく撫でた。
「今年は豊作って聞いたけど、本当ね。でも貴方たちが頑張って育てた次の子供たちなのだから、全部は貰えないわ。よく育った子を少しだけ分けてちょうだい」
優しい言葉を掛けられ、タケノコたちがまたもごもごと動く。そして特に大きく育っていた五本ほどが、自らを根っこと切り離してその場にごろりと転がった。
「ありがとう、美味しくいただくわ。他の子たちは、まだ眠っていてね。これからこの近くで、貴方たちの仲間を支配している悪い子と戦うから、通る人は襲わないでね。土の中にしっかり隠れていないと駄目よ?」
美枝の忠告を受けて、まだ小さいタケノコたちはもぞもぞ動いて土の中へと帰って行った。
「……みえおばちゃん、すごい! たけのこが、こいぬみたいだった!」
空は幸生の頭の上でパチパチと小さな手を叩いた。美枝を前にしたタケノコたちは、まるで母の周りに群がる可愛い子犬のようだった。
「皆、怖がりなだけで優しいのよ」
そう言って美枝は傍にあった竹を優しく撫でる。竹の声に耳を傾け、一つ頷くと美枝は少し先を指さした。
「この方向は、まだ浸食されてないみたいね。けど、この辺から奥に向けては何だか最近話が通じないって言ってるわ」
「そこまでわかるのか。ありがてぇ!」
「じゃあとりあえず、無事なところを美枝ちゃんに進んでもらって、タケノコを回収しちゃいましょうか」
雪乃がそう提案すると、美枝はにこやかに頷いた。
「任せてちょうだい。あ、でも誰か籠を持ってたら貸してくれる? タケノコを入れたいの」
「あ、俺が予備を持っています」
正竹が腰に付けていた魔法鞄から大きな籠を出して美枝に渡した。美枝が貢がれたタケノコをその中に入れると、それを正竹が背負う。
「じゃあさっきみたいにタケノコを貰いながら、大人しくしているよう言い聞かせるわね」
植物を前にした美枝は本当に頼もしい。
その後もタケノコたちは通りがかる美枝にせっせと自身を貢ぎ、言い聞かせられて大人しく地面に戻って行ったのだった。
「この辺りで終わりね」
やがて一行は妄想竹の林の外れまで到達した。林の外には長い竹垣が見えている。
ここまでは安全が確保できたことを確認し、また様子を見ながら来た道を戻る。善三は油断なく周囲を警戒しながら、時折奥に近づいては竹がざわりと揺らめくのを確かめ、そして戻ってきてはため息を吐いた。
「やっぱり、かなり広い範囲でやられているみてぇだな。こんなに浸食されるまで気付かなかったとはな……」
竹林には手入れをする季節が大体決まっている。
春はタケノコを採り、夏は草刈りをし、秋から冬にかけては材料となる竹を伐採する。肥料や土を入れる事も必要だが、本格的な冬が来てから春のタケノコの季節までは、あまりやることがないのだ。恐らくはその冬の間に侵入され、浸食されたのだろう。
他の仕事の都合もあって手を掛けなかったことを悔やみ、善三はまた肩を落とした。
「……元気を出せ。まだ竹は全て死んだというわけじゃない」
「そうだぜ、善三! 元凶を倒したら、肥料を追加して、美枝さんに協力してもらって元気にして回りゃいいじゃねぇか!」
「そうだよ、父さん。俺も手伝うから」
「俺も手伝いに来るよ」
幼馴染みや息子たちに励まされ、善三はそうだな、と呟いて顔を上げた。
「ああ、くよくよしてらんねぇな。よし、じゃあ次の作戦だ!」
善三は気を取り直して顔を上げ、次の段階への移行を宣言した。
「一番真ん中は、俺が行く」
次の段階は姫の本体がいる方角を見定めるための偵察だ。
敵がいると思われる半分残った竹林を大雑把に横長の長方形と捉え、縦にいくつかの区画に分ける。そこを偵察係が一区画ずつ担当し、全員一斉に前に進んで竹の襲撃の激しさなどを遠見や探知で見比べる。
真ん中辺りに姫がいる可能性が高いため、一番危険そうな所は竹に慣れている自分が引き受けると善三は主張した。後は主に素早さや竹への慣れで分け、身が軽い順に善三の両脇に配置していく。
最終的には、手前から順に、佳乃子、芳竹、正竹、善三、良夫、和義と六人が並ぶこととなった。
「いいか、避けるのが基本と言ってもそりゃあ出来ればの話だ。危なかったら竹を切り倒してくれて構わねぇ。それよりも、怪我をしないよう気をつけてくれ」
善三がそう言うと偵察班は皆、真剣な表情で頷いた。
「じゃあ、そっちは監視を頼む」
善三の立つ場所の後方に雪乃が結界を張り、監視班はその中で待機だ。千里と菫も新しい符を耳や顔に貼って、術の準備は万端だ。
千里や菫以外もその様子を確認出来るように、ここに来る前に良夫が祖母に連絡して雑貨屋から一枚の金属鏡を持ってきてもらった。
遠見の術を使う者が鏡に付いている朱色の組紐を握ると、その視界を鏡に映すことが出来るという物だ。千里はその紐をくるくると手の中で回しながら、出番が来るのを待っていた。




