2-45:竹林の異変
タケノコ狩りはその後も順調に続いた。
用意された籠はどれもどんどんいっぱいになってゆき、何度か雪乃が魔法鞄に中身を回収したくらいだ。そんなに沢山採って大丈夫なのかと思う量だが、善三は全く構わず次々掘って行く。
「ぜんぞーさん、こんなにほってだいじょぶなの?」
空が聞くと善三は掘らなきゃ困ると呟いた。
「竹の生命力ってのはすげぇからな。この後もまだまだ出る。このくらいの時期のはほとんど採っても良いくらいだ。残すやつはちゃんと選んで行くから気にしなくて良いぞ」
善三は周囲をぐるりと見回してため息を一つ吐いた。
「油断すると家の方まで侵食したり、別の竹を植えてある区画まで入り込んだりして始末が悪いしな。特に妄想竹は被害妄想にとらわれやすいから、広がりすぎると危ねぇしな」
「ひがいもうそう……!?」
「ああ……気が弱くて悪い想像をしやすいって言えば分かるか? こいつらは人が傍を通っただけで、刈られるんじゃないかと勝手に思い込んで突然幹を振り回して襲ってきやがるんだ」
空は思ってもみないその言葉に目を見開き、背の高い竹を怖々と見上げた。
(もうそうちく……って、妄想ってこと!?)
「ぜ、ぜんぞうさんでも、おそわれるの?」
「ああ。だからコイツらを管理するにはコツがいる。こうやってタケノコを採るのも大事なのさ。あんまり遠慮無く増えて広がりそうだったら、美枝さんに説教してもらうこともあるしな……」
植物のことなら何でもお任せという美枝の説得は、どうやら竹にも有効らしい。
「みえおばちゃんて、たけのこどうやってとるのかな?」
空がそう呟くと雪乃がくすりと笑いを零した。
「美枝ちゃんはねぇ、竹林に行くだけでいいのよ。そこで立ってると足元にボコボコとタケノコたちが顔を出してきて、先を争うみたいに分けてくれるんですって。だから貰いすぎないように、よほどのことが無ければ自分では採りに行かないって言っていたわ」
「たけもおばちゃんにみつぐんだ……」
それはかなり羨ましいような、だがよく考えればそうでもないような……。
ファンから差し出された子供を食べるような真似は、やはり少し気が引ける空だった。
しばらくの間、竹に襲われては狩り、襲っては狩りを繰り返して、一行は竹林の真ん中辺りまで歩を進めた。
足元に出てきたタケノコを二本一度に狩り終えると、善三がふと空を見上げる。
「そろそろ一度帰って、メシにするか」
ここに来た頃はまだ夜が明けたばかりだったが、気付けば空は随分と明るくなっている。
メシ、という言葉を聞くと空のお腹が途端にくるると可愛く鳴き出した。
「おなかすいたぁ……」
「ああ、じゃあ戻るぞ。家で楓たちが軽く何か用意を――」
「キャアッ!?」
と善三が言いかけたところで、不意に辺りに悲鳴が響いた。全員が素早く悲鳴の方を見ると、もう少し奥に進みかけていた佳乃子が、何かに叩かれて大きく後ろに弾き飛ばされたところだった。
「佳乃子さんっ!」
慌てて雪乃が手を伸ばし、風を飛ばして佳乃子の体を包み込む。佳乃子はその風に包まれてふわりと速度を落とし、くるりと回転して少し離れた所に着地した。しかしすぐにそこにまた影が迫る。
「避けろ、竹だ!」
善三の声に佳乃子は顔を上げ、横から襲いかかってきた竹を見るや跳び上がり、高飛びのバーを超えるようにひらりと跳び越えた。その後もすぐに体勢を整え、次々襲いかかる竹を避けて少しずつ後退する。
「くそっ、なんでこんな季節に竹が襲ってくるんだ! 佳乃子さん、ちっと待ってろ!」
善三は自身にも襲いかかってきた竹をするすると避けながら、佳乃子のいる方向へと走った。走りながら息子たちにも指示を飛ばす。
「正竹、芳竹も五月さんもそこからすぐに離れろ! 入り口の方へ戻れ!」
「離れろって、うわっ!?」
佳乃子を襲った異変に駆けつけようとしていた正竹が足を止め、慌ててその場に身を屈めた。
ブンッと風を切る音を立て、正竹の頭上を太い竹がしなりながら通り過ぎる。
「兄貴!」
「大丈夫だ、良いからお前と五月は離れてろ!」
正竹は竹細工師として修行中の身なので、善三と一緒に竹林の世話もしている。竹に襲われることは慣れていると、とりあえず弟たちを下がらせた。
芳竹は五月を庇いながら、竹林の入り口の方向へと急いで戻る。そちらの方の竹は今のところ襲いかかってくる気配はなかった。
正竹は襲ってくる竹の気配に意識を集中させて、次々避けて走った。
「佳乃子さん、こっちだ!」
「ええ!」
正竹は佳乃子の傍に駆けつけると、彼女を襲おうとしていた竹を鍬で打ち返した。その隙に佳乃子が身軽に竹を避けながら後方へと下がる。
「大人しくしろってんだ!」
善三はどこからか取り出した愛用の武器である竹串を指の間にずらりと並べ、それを次々と暴れる竹に向かって放った。
竹串はストトトトン、と軽い音を立てて次々竹の根元に突き刺さる。すると竹たちはギシリとその場に縫い止められたように動きを止めた。
「今だ、下がるぞ正竹!」
「おう!」
善三と正竹、佳乃子は大急ぎで竹が暴れ回る範囲から撤退した。
「あわわ……ぜ、ぜんぞうさんたち、だいじょぶ? だいじょぶ?」
空はその突然の騒動を、離れた場所からハラハラと見守っていた。
竹が暴れ出してからすぐに雪乃が結界を張ったが、もとから善三たちがいる場所からはしっかりと距離を取っていた。危険のない場所をちゃんと幸生が選んで見学していたせいか、今のところ空たちは竹に襲われるようなことにはなっていない。
「大丈夫よ、皆強いから。芳竹くん、五月さん、こっちよ!」
雪乃は駆け戻ってきた芳竹と五月に声を掛け、二人を結界の中に招き入れた。
「ありがとうございます!」
「助かりました……あ、マサくん、こっち!」
五月は走ってくる正竹に呼びかけ、手を振った。
それに応えて奥から正竹と佳乃子、善三が走って戻ってくる。三人が離れると、暴れていた竹たちは少しずつ静まり、やがて何事もなかったかのように元に戻った。
「善三、無事か」
「見りゃわかんだろ……とりあえず、奥に行かなきゃ危険はねぇようだ。全員で一度戻るぞ」
善三の言葉に皆は頷き、すぐに竹林から出るべく入り口へ急いだ。
「ああ、道具と籠、あそこに置いてきちゃったわ……」
帰り道を急ぎながら、残念そうに佳乃子が呟く。
正竹や芳竹たちは自分の道具や収穫した籠を持ち帰ってきたが、佳乃子は鋤も籠もあの場に置いてきてしまった。下からの攻撃ばかり警戒して、上から襲われるとは思ってもみなかったのだから仕方ない。
「後で俺が取ってきてやるよ」
善三はそう言って佳乃子を慰めながら、内心では少々厄介なことになった、と焦りを憶えていた。
外の竈で温めた味噌汁の具合を見ていた楓は、突然竹林から飛び出すように出てきた善三たちを見て目を見開いた。
善三は全員が竹林から出るとしっかりと塀の戸を閉め、それから焦ったように楓たちの所へと走りよった。
「楓、すぐに怪異当番に連絡を……いや、美枝さんの方がいいか?」
「何があったんです?」
「奥で妄想竹に襲われた」
簡潔に告げられた夫の言葉に、楓はえっ!? と声を上げ目を見開いた。
「このタケノコの季節に!? 何で……あ、まさか……!」
「ああ。多分アレだ、間違いねぇ」
「父さん、アレって、まさか……姫か!?」
父母の会話から事態を察した正竹が声を上げると、善三は息子たちの方を見て苦々しい顔で頷いた。
「恐らくな……とりあえず、急ぎ怪異当番に連絡してくれ。『なよ竹の姫』が出た、と」
そんな、と芳竹が悲痛な声を発した。