2-44:スタイリッシュタケノコ狩り
「よーし、採るわよ~!」
元気良くそう言って、最初に足を踏み出したのは佳乃子だった。手には大きな背負い籠と、真っ直ぐな棒の先にこれまた真っ直ぐな鍬の刃を付けたような道具を持っている。見た目で言うならボートのオールに形が少し似ているが、それよりも短く、先端は鋭そうだ。
「佳乃子さんは鋤で採るのね」
雪乃がその道具を見てそう言うと、佳乃子は楽しそうに頷いた。
「そう、根切り用の鋤ね。私はこれが使いやすくって。あ、せっかくだから空くんにちょっとかっこいいところ見せちゃおうかな?」
「あら、いいわね。佳乃子さんは上手だから、ぜひお願いするわ」
「あはは、任せて!」
佳乃子は楽しそうに笑うと、竹林の入り口から少し入った所で立ち止まって籠をその場に置いた。地下足袋を履いた足を揃えて立ち、その足で落ち葉に覆われた地面を探るように少しずつ移動して行く。
(あ……こういうの、前世のテレビに出てた、タケノコ名人とかがやってたやつ……見たことある!)
と空は何となく嬉しくなる。
しかし見たことがある、と思ったのはそこまでだった。
しばらくその体勢で少しずつ移動していた佳乃子は、ある場所に来るとピタリと動きを止めた。
周りの大人たちはこれから何が起こるか知っているらしく、誰もが静かに息を潜めている。
佳乃子は立ち止まって地面を睨むように下を見ていたが、不意にすっと膝を曲げて体を沈み込ませ――次の瞬間、その体がふわりと宙を舞った。
(えっ!? あ、え、ええっ!?)
空はその突然の動きに思わず口を開いたが、悲鳴を上げるのをどうにか堪えた。空の視線の先で佳乃子は音も立てず真っ直ぐに跳び上がり、そして彼女の足元を狙って地面からシャキンッと勢い良く飛び出してきたタケノコ目がけて、手にした鋤を投げつける。
幅が細く鋭い鋤の刃はタケノコの根元に向かって斜めに深く突き刺さった。
佳乃子はそのままくるりと宙返りを一回して、鋤を投げて崩れた姿勢を整え、体重を感じさせない動きでトン、と鋤の柄の上に真っ直ぐ降り立つ。
すると地面に深く刺さった鋤が佳乃子の重みで大きくしなり、テコの原理でタケノコを根元からバコンと掘り起こして跳ね上げた。
(えええぇ……)
佳乃子はポーンと高く上がったタケノコを片手で受け止め、地面に下りて足でコンと鋤を蹴り、浮かせて回収した。
「はい、一本目。まあまあの大きさねー」
佳乃子は何でもないことのようにそう言うと、採った竹の子をぽいと籠の中に放り込んだ。
「いつもながら身のこなしが見事ねぇ」
「あはは、ありがとう! でも私なんて気配を読むのがそこそこ得意とか、ちょっと身軽くらいの取り柄しかないからねぇ。タケノコ狩りくらい活躍しないとね!」
(ちょっと……今の動きをちょっとで済ますんだ……)
空の目から見ればそれこそ物語の中の忍者のような動きだったのに。
やはり魔砕村には、普通の主婦は存在しないようだ。
「あ、空くんどうだった? おばさんかっこよかった?」
佳乃子が空の方を振り向き、手をひらひらと振る。空は何度も頷いて手を振り返し、声を張り上げた。
「すっごくかっこよかったー!」
「ほんと? よかったぁ!」
佳乃子はその返事に子供のように喜び、しかし次の瞬間、また唐突に高く跳び上がった。
その足元からシャキン、シャキン、とタケノコが二本突き出て、空を切る。
「よい、しょっと!」
再び投げられた鋤が、片方のタケノコの根元をドスッと音を立てて穿つ。くるりと回った佳乃子は体を丸め、今度は鋤の柄ではなく地面にふわりと着地した。そして下りると同時に構えた右手を鋭く振り下ろす。振るわれた手刀は深々と地面に突き刺さり、残るもう一本の竹の子を根元から刈り取った。
「あーあ、土がついちゃうわね。ま、いっか。うん、これは大物ね」
手に着いた土を振り払いながら、佳乃子は二本のタケノコを拾って籠に入れる。
手を痛めた様子もなく、佳乃子は楽しそうに道具を回収して先に進んで行く。空はその後ろ姿を悟ったような微笑みで見送った。
魔砕村の主婦は襲い来るタケノコを素手でも狩れるらしい。どうやら鋤は、手を汚さずにタケノコを掘る為のものだったようだ。
空はそこでふとまだ近くにいた善三を見上げた。
「ぜんぞうさんは、どうやってたけのことるの?」
「あん? 俺は普通に、これで掘るぞ」
そう言って善三が持ち上げて見せたのは、タケノコ掘り用の鍬だった。持ちやすそうな柄に、細長い刃が大体九十度の角度で付いている物だ。
「みてみたい!」
空がそう言うと善三はフンと鼻を鳴らした。
「別に面白いもんでもねぇぞ?」
そう言いながらもどことなく嬉しそうに善三は竹林に向かって歩いて行く。佳乃子とは少し方向を変えて、善三は至って無造作にスタスタと歩いて行った。
「空、よく見ていろ」
不意に幸生がそう呟く。空は頷いて、善三の動きをじっと見つめる。
善三が竹と竹の間をスッと通り抜けようとした次の瞬間、その足元の地面がすごい勢いで盛り上がった。ドシュッと音を立てて土をかき分け、白っぽいタケノコが善三を襲う。
「あっ」
そのタケノコの先端が善三の足に刺さるかと思われた次の瞬間、しかし善三は既にそこにはいなかった。
フッと姿がその姿がかき消え、そしてタケノコの後ろに現れる。
「よっと」
そんな軽い掛け声と共に、善三は手にした鍬をストンと地面に振り下ろした。軽い動きだが鍬の刃は根元に正確に打ち込まれ、タケノコは一瞬震えた後それっきり動かなくなった。
善三はひょいとタケノコを拾い上げ、こちらを振り向いてそれをぽいと幸生に向かって投げる。
幸生はそれを受け取り、それから空に渡してくれた。
タケノコは中くらいの大きさだがずしりと重い。善三に襲いかかるまでは地面に埋まっていたせいか、外側の皮は空が知るタケノコより白っぽく優しい色をしていた。
「な、別に面白いもんじゃねぇだろ?」
善三が新たなタケノコの襲撃をスッ、スッ、と謎の動きで躱しながら、そう言って笑いかける。空はそれをハラハラと見つめながら何度も首を横に振った。
「う、ううん……おもしろかったよ!」
「そうか?」
空の感想を聞いた善三は、何でもないように返事をしたが、やはり嬉しそうだった。
「ほら、正竹、芳竹、お前らもどんどん狩れ。日が高くなっちまう」
「はいよー。ったく、あんな技見せられるとやる気が失せるっての」
「ほんとほんと」
「ほら二人とも、ぼやかない!」
正竹と芳竹、そして正竹の妻の五月は善三に急かされ、三人一組で道具や籠を持って竹林の中に入っていった。
「はいはい。じゃあいつも通り、俺が囮で」
正竹がそう言ってスタスタと歩き出す。
「俺がその後を狩っていくな。五月さん、回収はよろしく」
「はーい」
芳竹は正竹の少し後ろを、一定の距離を空けて縦になって歩き始めた。そのさらに後ろに五月が続く。
正竹は善三と同じように無造作に、わざと枯れ葉の多い場所を選びガサガサと足音を立てるように進んで行った。
すると当然、すぐに近くからドシュッとタケノコが勢い良く突き出る。それを正竹がピョンと軽く跳びすさって避けると、そこにすかさず芳竹がタケノコ用の鍬を振り下ろした。鍬は軽々と地面に食い込み、柄を反対側に押すだけでタケノコがボコッと掘り起こされる。
竹川家に生まれ育ちこの竹林の傍で育った二人は、タケノコの狩り方を当然よく知っていた。さらに、一人でも狩れるが二人でやれば早いと仲の良い兄弟は自然と協力するようになったのだ。今はそこに兄弟の妻が時折加わって手伝ってくれる。
二人は襲ってきたタケノコを何本か手際良く狩りとるとそのままにしてサッと次に移動し、掘り起こされ放置されたタケノコは後に続く五月が回収して籠に入れていった。その作業はなかなか息が合っていて、空はなるほどと感心した。
ああいうやり方なら、大きくなれば空にも何とか出来るんじゃないかと少し希望が持てる。
(アキちゃんとかに手伝ってもらったりして……出来ると良いなぁ)
とりあえず希望は捨てないでおこうと、空は華麗に宙を舞う佳乃子や、縮地を繰り返す善三からそっと目を背けた。
「ね、ばぁばだったら、たけのこどうやってとるの?」
ふと気になった空は隣で見学していた雪乃に聞いてみた。雪乃はその問いに少し考える。
「うーん、私もこういう場所での細かい作業は、あんまり得意じゃないのよねぇ」
雪乃は日常生活の細々したことや、狩りなどを主に魔法で済ませている。なのでタケノコ狩りも当然魔法でということになるのだが。
「結界を張っておいて、おびき寄せて攻撃させてから風の魔法を地面に深く打ち込む感じかしら? そうじゃなきゃ、ちょっと浮いた状態で周囲の地面を深く探知して、襲ってくる前に氷の槍を打ち込むとか……自分で狩るときはそんな事をしてた気がするわね」
「いまはあんまりしてないの?」
言い方が過去形だったことを不思議に思った空がそう問うと、雪乃は頷いた。
「結界を張るとタケノコがぶつかるからちょっと傷むことが多いし、地面の下で仕留めると後から掘り起こすのが面倒なのよね。だから最近は佳乃子さんみたいにタケノコ狩りが得意な人と、物々交換にしてもらうことが多いのよ」
雪乃がそう言ってため息を吐くと、大分離れた所にいた佳乃子がこちらを振り向いて手を振った。
「雪乃さんのハムとかと交換してほしくて多めに採ってるのよー」
「ほらね?」
「ばぁばのはむ、おいしいもんね!」
空が納得したところで段々と入り口から遠くへ行っていた善三も振り向き、こちらに声を掛けた。
「おーい、大体この辺は狩ったから奥へ行くぞ。空は幸生が抱えて連れてこい。雪乃さんは念のため結界を張っても良いかもな」
「うむ」
「そうね、念のためそうするわ」
幸生は一つ頷くと、空に手を伸ばす。空は幸生にいつも通り肩車をしてもらって入り口付近から先に進んだ。
高いところから見ると皆がタケノコを次々に掘って行く姿がよりよく見える。
佳乃子は少しずつ進んでは軽業のようにタケノコを狩り、善三は普通に歩いているように見えるのに時々シュッと姿を消す。
善三の息子たちはそれぞれ役割分担して、順調に周囲のタケノコを掘って行く。
「ぜんぞーさんたち、みんなかっこいいなぁ」
「ええ、そうね」
「ぼくもたけのこ、とれるようになるかな……」
「きっとね。空もいつか、自分に合った狩り方が出来るようになるわ。それを一緒に探していきましょうね」
「うん!」
「ホピッ、ホピピッ!」
空のフードの中にいたフクちゃんが急に飛び出てきて、それなら自分が手伝うと言わんばかりに主張をする。空はそんなフクちゃんを何度も撫でた。
「いつか、いっしょにとろうね!」
「ホピッ!」
その日まで、なるべく色んな人の狩り方をしっかり見ておこうと、空はまた善三たちに真剣な眼差しを向けた。