17:フキノトウの嘆き
ツクシは沢山取れた。子供達も雪乃もそれぞれ目の粗い大きな布袋を持ってきていて、全員分のそれがパンパンになるくらいに。空が集めた分は雪乃の袋に一緒に入っている。良い狩りが出来た子供達は皆満足そうな笑顔だった。
「よし、次行こー!」
元気よく武志が宣言する。もう袋が一杯なのにまだ何か採るのかと空は首を傾げた。どの袋も両手持ちしなければいけないほど大きくて膨れているのだ。明らかに採りすぎな気がする。
しかし子供達は気にせず、それぞれがリュックを背から下ろすとツクシの袋をその口にぎゅっと押しつけた。すると膨らんだ布袋は、何故かリュックの中にひゅっと吸い込まれてしまった。
「!?」
目を見開いた空が慌てて振り向くと、雪乃も同じように袋をナップサックにしまっている。雪乃のナップサックは小ぶりのもので、物理的にそんなにするりと入る大きさじゃないのに。訳がわからない空は大きな声で雪乃を呼んだ。
「ば、ばぁば! それ! それ、なんではいるの!?」
「え? どれ?」
「つくしのふくろ! えっと、しゅってなった!」
何と言えば良いのかわからず、両手をパタパタと振り回して懸命に訴える。雪乃はああ、と頷いてナップサックの口を開いて見せてくれた。覗き込むとそこにはなんと、中が見えない不思議な七色のもやがぐるぐると渦を巻いている。カラフルだけど、それはまるで小さなブラックホールみたいに見えた。
「なにこれ!?」
「まほうのりゅっくだよ。おれのもおんなじ! よんさいのたんじょうびにもらったんだ!」
「わたしも! あのね、いろいろたくさんはいって、てをいれるとなにがはいってるかわかるの!」
「俺のも同じだよ。何か入れたいって思って押し付けたら入るし、出したいって思って手を入れれば出てくるんだ。空、見るの初めて?」
「う、うん……とーきょーには、なかった?」
魔法のリュックなどというものの存在は見聞きしたことがない。体が弱くて寝てばかりだった空が知らないだけかも知れないが、とりあえず兄弟は誰も持ってなかった気がする。
リュックの口を見つめたまま首を傾げる空に、雪乃は優しく頭を撫でて笑う。
「東京には無いかも知れないわね。田舎では必需品なんだけど……材料がこの辺で取ったり狩ったりする物ばかりだから、多分都会に持っていくとすっごく高いと思うわ」
「そうなの? うちのかーちゃん、欲しいっていったらすぐ買ってくれたのに……東京って不便だなー」
「本当にね。空にも今度買ってあげるわね、水筒やおやつを入れるのに便利だから。何色がいいかしら」
「ぴんくは? わたしとおそろい!」
雪乃の言葉に結衣が元気よくくるりと回って、背負ったピンク色のリュックを見せる。
「おとこだから、あおとかだろ! おれとおそろいにしよーよ!」
そう言う明良のリュックは確かに青い。服も靴も青いから、明良は青が好きなのだろう。空は少し考えて、視線を上に向けた。
「ぼ、ぼく、みずいろがすき……そらのいろだし!」
自分の名前と一緒だ、と空が主張すると結衣も明良も納得して頷いた。
「それならしょーがないね」
「うん、しょーがないな」
空の疑問も解決したところで子供達はまた歩き出した。次の目的地はすぐそこで、空き地の端の土手を上がった向こう側らしい。
「俺、かーちゃんにいっつもゴミ入れるなって怒られるんだ。ゴミじゃなくて宝物だって言ってるのにさ」
「おれもー」
「おにいちゃんのりゅっく、きたないからよ」
子供達の会話は微笑ましい。それを聞きながら歩く空の心は大荒れだったが、表面はニコニコしていた。
(ちょっと出歩くだけで田舎の洗礼を浴びる……疲れる)
魔法の鞄なんて、前世では架空の物語にしか出てこなかった気がするものが、普通に子供の背にあるなんて本当に田舎は想像を超えてくる。でも自分でも持てたら嬉しいのは確かで、ちょっとソワソワする。
複雑な気持ちを抱えながら、雪乃に手を引かれてよたよたと土手を上がると、その向こうは緩やかに下った土手と川原になっていた。その先に細い小川が流れている。
武志はその土手の斜面をじっと眺めて、枯れ草の間から頭を出す緑色を指さした。
「空、この辺の枯れ草の下に見える奴が、フキノトウだから。んっとな、つぼみの奴を採るんだぞ。パカっと開いて花が咲いてる奴は噛みついてくるからな!」
「か、かむの?」
「だいじょうぶ、そんないたくないよね。ちょっとちくっとするかな?」
「でもけっこーしつこくてじゃまなんだ。つぼみのほうがかんたんだから、そらはそっちとったらいいよ!」
明良はそう言って土手を少し下りると、草をかき分けて緑色のつぼみを一つ探し出した。
「ほら、こういうのをとるんだよ。きゅっとひねるとすぐおれるから」
明良は手を伸ばしてつぼみを掴むとくいっと軽くひねって折り取り、ほら、と言って採ったものを見せてくれた。
(これならできそう)
簡単そうな様子にホッとして、空は頷いて土手をゆっくりと下りる。転げ落ちないように雪乃が空の背中を軽く掴んでいてくれるので安心だ。足場の良さそうなところまで下りると、空は草をそっとかき分けて緑色を探した。
「あった!」
草の下から緑色のつぼみが出てくる。まだ全然開いていないから、大丈夫そうだ。
「あったね。これなら大丈夫よ、空」
雪乃も頷いてくれたので、空は安心して手を伸ばした。小さな手を小さなつぼみに添え、ぐっと握ってひねる。
「プキュッ」
ポキッと言う軽い感触を感じると共に、変な音が聞こえた。
「……?」
不思議に思って手を開いたが、動かぬつぼみがあるだけだ。空は首を傾げながらそれを雪乃に渡し、新しいつぼみを探す。ちょっと草をかき分けるとすぐにまた見つかる。下から見ると、上から見た時よりもずっと沢山のつぼみが隠れている事がよくわかった。
空は嬉しくなってさっそく手を伸ばした。
「ピキャッ」
また音がした。今度は何かの鳴き声のように聞こえた。しかも何だか可愛い声だ。
手を伸ばす。
「キュプルッ」
手を伸ばす。
「ピルキュッ」
「……ばぁば。これ、ないてる?」
「うん? ああ、フキノトウ? そうね、フキノトウは鳴くわね」
「……なくの? いたいの?」
そう問いかける空の方がもう泣きそうだ。折り取る度になんとも可愛い声で次々鳴かれて、罪悪感が湧いてくる。しかし雪乃は鳴き声を気にした様子もなく、自分も足元の数個をパキポキと容易く折り取った。
「大丈夫よ、別に痛くはないはずだから。折られても生きてるしね」
「そうなの?」
「そうよ。帰ったらすぐ茹でたりしないと、放っておくと逃げ出すくらい元気よ。そういうものだから別に気にしなくてもいいのよ? 空は優しいのね……ほら、皆は気にしてないみたいよ」
優しく頭を撫でられながらそう言われ、空は顔を上げた。
見れば他の三人は土手のあちこちに散らばり、せっせとフキノトウを採っている。誰もフキノトウの鳴き声なんて気にしていないらしい。
結衣は鼻歌を歌いながらぽいぽいとフキノトウを少し離れたところに置いてある袋に向かって投げている。空が何となくその袋を見ていると、袋から時々緑色がころりころりと転がり出ていくのが見えた。
「結衣、フキノトウ逃げてるぞー」
「えっ、やだもー! にげちゃだめ!」
「ゆいちゃん、ちゃんとふくろもってないとにげるよ」
明良はしっかりと袋の口を手に持って、フキノトウを入れては几帳面に閉じている。
空はそんな子供達をしばらく眺め、それから自分の手の中にあるフキノトウをじっと見た。見ている間は逃げ出さないらしく、つぼみは動かない。指でツンツンと突いてみたが、やっぱり動かなかった。
「ばぁば、はい」
「ありがとう。もっと採る? やめとく?」
「……じぃじとばぁば、ふきのとうすき?」
「好きよ。蕗味噌にしたり、天ぷらにしたり……年取ると何故か美味しいのよね」
雪乃の言葉を聞いて、空はまたしゃがみ込んで草をかき分けた。
「パキュッ」
「キュルパッピュ」
「プップキュ」
「ピルルィキュワッ」
空は必死で心を無にしてフキノトウを採った。しかし折る度に響く可愛い声がチクチクと心を刺して来て辛い。いっそもっと景気良くギャー! とか叫んでくれたら良かったのにとすごく思う。
とにかく聞こえないフリをして空はひたすらに手を伸ばした。後ろで見守ってくれている雪乃や、空のために草鞋を用意してくれた幸生のことだけを思いながら。
雪乃が持っている小さめの布袋が一杯になる頃には、空は精神的に疲労困憊だった。