2-42:新しい友達(?)
空はさっき泰造がしていたように両目を瞑り、小さな手をカードの上に伸ばして手の平をかざした。
しかし手は宙をすかすかと掻くばかりで、特に何も感じない。
「……わかんないかも」
そう呟くと、泰造が空の手を上から軽く押して、ぺたりとカードの上に当てさせた。
「最初はぺったりくっつけたらいい。そんで、カードに触れた感じを意識するんだ。何か感じないか? ちょっと温かいとか、その逆に冷たいとか」
そう説明されて、空は手に触れたカードに意識を向けた。カードは固く、つるっとしている。
ペタペタと手で触れていると、ふとそのカードがなんだかほんのり温かいような気がしてきた。
「なんかちょっと、あったかい、かも?」
「お、じゃあそれをめくって。それから他のカードに触れて同じ感じのを探してみな」
そう言って泰造は空の手を取り、隣のカードに導く。隣のカードはしばらく触れていると、何だかひんやりしているような気がした。
「これじゃないみたい?」
首を傾げつつ手を浮かすと、また別のカードへと導かれる。次のカードは温かくも冷たくもなかったが、何だか少しチクチクしているように思えた。
違うと感じて手を浮かすと、また新しいカードに向けて手を引かれ……それを二度繰り返した時、空はついにさっきと同じほんのり温かいカードを見つけた。
「あ、これ! これ、さいしょのとにてる!」
「お、じゃあ目を開けてめくってみな」
空はパチリと目を開け、今触れているカードをそっとめくった。カードの裏面には可愛いトマトの絵が描かれている。最初に空がめくったカードの絵も、やはりトマトだった。
「あたったー!」
「やったな!」
泰造に頭を撫でられて、空は嬉しそうにトマトのカードを二枚手に取った。
「じゃあ今度は、目を開けたままで良いからやってみな。さっきの感じを思い出して、ちょっと違うのを探すんだぞ」
「うん!」
空は大喜びで、手の平をカードにかざす。すると目を瞑っていたときよりわかりにくいことにすぐに気がついた。
「さっきより、わかりにくい?」
「だろ? 目を閉じるとそれだけで感覚が一つ減るから、他がわかりやすくなるんだよ。でもどんどん試してれば、そのうちわかるようになるぞ。どうしてもわかんなかったら目を閉じたり開けたりしてみたらいいし」
「うん!」
空はわからないカードは諦め、何枚ものカードに次々触れてみる。それを繰り返していると、徐々にわかるカードとわからないカードがある事にも気付いた。
「こっちのはひんやりしてる……でもこれはわかんない?」
「やるなぁ。そういう強弱もあるんだよ。込めてある魔力が少ないやつは、目を開けてるとわかんないってことだな」
なるほど、と空は頷き、とりあえずわかるカードを一枚めくってみた。カードにはニンジンの絵が描いてある。
空は目を開けていてもわかるカードで、ひんやりしているものを探した。
「これ、かな?」
ちょっと自信なさそうにめくられたカードには、しかしちゃんとニンジンの絵が描かれていた。
「わぁい、あたった!」
「上手い上手い!」
その後も空はカードに手を当てては、その魔力を懸命に探った。チクチクするカード、何だかくすぐったいカード、ペタペタするような気がするカードなど、探っていくとそれぞれにある違う感覚が段々よくわかるようになってゆく。
結局空は三十枚ほどあったカードのうち、約半分ほどを当てることが出来た。
「うん、結構当てたなぁ。残ったのは魔力が弱いやつだから、そういうのは目を瞑って探すといいぞ」
「うん! ね、せんせい。これって、くんれんとかになるの?」
「ああ。初歩の魔力感知が多少できるようになるぞ」
「まりょくかんち……」
ファンタジーっぽい単語に空は少し嬉しくなった。
「空はまだ他の子に比べて体力が少ないからな。鬼ごっことかは無理に参加しないで、こういう遊びしてた方が合ってると思う」
「ぼく、そんなにたいりょくすくないの? だいぶげんきになったのに……」
「他の子と比べたらな。だが魔力は多い……けどその魔力もなんつーかちょっと歪なんだよな。ちっさい頃に魔力が足りない時期とかあったりした?」
泰造の見立てに空は感心しつつ頷いた。
「ぼくね、まそけつぼーしょーっていうので、からだがよわかったんだ……とうきょーでは、まそがたりなかったんだって」
「ああ、器がでかすぎるってやつか。なるほど……俺の見たとこだと、そのせいで体の成長の方がまだちっと遅れてんだな。最初からここで生まれてりゃ、今頃は体力も魔力も有り余って既に手がつけられねぇ感じに育ってたやつだな」
「そうなんだ……それって、そのうちなおる?」
「大きくなれば、そのうち追いつくと思うぞ。ただ、今はまだ他の子よりは足が遅いとか、色々出来ないことは多いだろうが……まぁ、だからこそ今はこういうので、魔力ってやつをもっとよく知る事から始めるといいんだよ」
泰造はそう言ってカードを手に取りひらひらと揺らした。空が前世の記憶持ちだと知っているせいか、泰造も空を子供扱いしないでちゃんと説明してくれるのが少し嬉しい。
「風車とか鶴とか、そういうのに魔力を込めるってのはやったんだろ?」
「うん、ちゃんとうごいたよ!」
「あれ面白いよな。魔力ってのはああいう単純な、ただ出しただけのもの以外にも色んな形に変えられるんだよ。このカードの魔力も一人の人間が籠めたやつだ。このカードは、そういう性質の違いを感知できるようにして、教えるためのもんだな」
空はこれを一人の人が作ったと聞いて驚いた。カードから感じる魔力は色々で、その違いは気付いてみると結構大きく思えたからだ。
「いろんなまりょくがわかると、どうなるの?」
「魔法を使うのが上手くなったり、色んなことが出来るようになったり……するかもな。そこは、個人差があるからよ」
泰造はそう前置きしつつも、空に丁寧に説明してくれた。
「例えば、温かい感じにした魔力を使って、氷の魔法を使うってどう思う?」
「うーん……こおりがとけそう?」
「そうそう。氷の魔法を使うなら、それに使う魔力の性質は冷えてた方がいい気がするだろ?」
「うん、そっちのほうがこおりながもちしそう!」
「だろ。まぁ魔力自体を上手く冷やせるかは本人の素質や技術の問題だから、全員がそれを出来るようになるとは言わねぇけど、魔力や魔法にはそういう理屈が影響を与えるって、知る事は大事なんだよ」
「そっかぁ」
「この村の連中は、何となく本能で魔法や魔力を使ってるやつが多いからな……空は体の成長を知識で補っていくといいさ」
空はその言葉に大きく頷いた。それなら確かに、今の空でも出来そうなことだからだ。何か出来ることがあるのはやはり嬉しい。
「そうしたら、将来的には忍者っぽいかっこいい魔法とか使えるようになるからな!」
「それはべつにいいかな!」
「何でだよ! 忍者最高だろ!?」
空は別に忍者という存在に特別な思い入れがあるわけではないので、それは要らないかなと思う。
「せんせいは、ほんのうでまほうつかうの、にがてなの?」
忍者からどうにか話題を逸らそうとそんな質問をすると、泰造はうっと小さく呻いて頷いた。
「俺はあれだ、人が魔法使うの見てると何をどうしてるのかまで大体勝手に見えちまうんだよ。見えて理解出来ちまったら、もう本能で同じようにっていうのが難しくて……けどそもそも俺は魔力があんまり多くねぇから、理解出来ても同じ事は出来ないんだよなぁ」
空はその状態を想像して、何となくわかるような気がすると頷いた。
(絶対音感がある人が、音が全部わかっちゃうっていうのと似てるのかも?)
それは確かにある意味不便そうだ。
「その点空は魔力も多いし……前世持ちだし……ああぁあ、やっぱ主人公なんじゃん! 完全に主人公! っかー! 羨ましい!!」
しまった、どうやらまた何かに触れてしまったようだ。
床に両手と両膝をついて俯いているだけなので、まだかろうじて理性が残っていそうだと空は見て取り、ポンポンとその肩を宥めるように叩いた。
「ぼくのぜんせって、まほうとかないせかいだったよ。だからやくにたってないし……」
「え、そうなの? 魔法がないってわかんねぇな……そういえばサラリーマンって何?」
「ええと……かいしゃから、きまったおきゅうりょうもらって、はたらくひと、かな?」
「へ~」
空が説明すると泰造は興味を引かれたらしく、気が逸れたようだ。
また起き上がって、それから形の良い顎に手を当ててしばらく黙り込む。空がそれを黙って見ていると、やがて顔を上げてパッと笑顔を見せた。
「よし! 空、俺と友達になろうぜ!」
「えっ? でも、えっと、せんせいなのに、ともだち?」
「そう! 空はどう考えても主人公枠だ! そんな空の近くにいれば、俺もいつか輝く日がやってくるに違いねぇ!」
そんなメタな。
空はそう思ったが、泰造の瞳は真剣だ。
「ぼく、よんさいだよ?」
「いいじゃねぇか! これが同い年とかだったら、俺は嫉妬で死んじまうからな!」
そんなことを胸を張って言わないでほしいと空は切実に思う。あと普通は自分より将来有望そうな年下にこそ嫉妬するのではないだろうか。
「空が何か事件に巻き込まれたら呼んでくれよな! 俺が何でも鑑定してやるから!」
何かに巻き込まれる前提で話を進めないでほしいとも心から思う。
「そんで、空の前世の話とかもっと聞かせてくれよ、興味あるからさ!」
「それはいいけど……あ、じゃあせんせい、ぼくがつよくなるほうほう、いっしょにかんがえてくれる?」
「おう、任せとけ! 俺のことは泰造って呼んでもいいぞ。気に入ってる名前じゃねぇが、友達だしな!」
ビックリするほど整った顔で、泰造は子供のように無邪気な笑顔を見せた。そんな顔をされると断りづらいし、自分にもメリットがあるならまぁいいかと空は頷いた。
「じゃあえっと、たいぞうにいちゃん、よろしく?」
「ああ、よろしくな!」
(……僕、保育所で同い年の友達を作ろうって思ってたんだけどなぁ)
空の新しい友達の一番目は、残念ながら随分年上のおかしな男ということになりそうだ。
「昼まではまだ時間あるし、良かったら神経衰弱しながらでいいからサラリーマンのこと聞かせてくれよ」
「んー、いいよ。じゃあ……あんね、さらりーまんはまいあさ、まんいんでんしゃっていうのにのるんだよ……」
この後、空が語ったサラリーマンを襲う恐ろしい朝の一幕に、泰造はまた泣き崩れることになった。