16:ツクシの悲劇
「おー、いっぱい生えてる!」
先を歩いていた武志がそう言って嬉しそうな声を上げた。
野沢家を出た子供達は村道を外れて田んぼの脇を通る砂利道へと入り、その少し先にあった空き地へと来ていた。空き地の向こうは緩やかな土手の斜面になっている。田舎には謎の空き地が沢山あるなぁと空は不思議に感じた。
その空き地には確かによく伸びたツクシが沢山並んで生えている。ツクシは空が前世で記憶している通りの姿で、背丈は三十センチから四十センチくらいだ。思ったより大きい気はしたが茎は細いし、かろうじて想像の範囲を超えていない。これなら空の手でも摘めそうでホッとする。明良と結衣も嬉しそうに空き地の端からツクシを眺め、それから武志の方を向いた。
「タケちゃん、どっからとる?」
武志は少し考え、それから空の方を振り向いた。
「空、ツクシ採るの初めてだよな?」
「うん」
空が頷くと武志も頷き、空き地の左の端を指で示した。
「じゃあ、空は初めてだから、あっちからツクシを追い立てる役な! 雪乃おばさんと、結衣と一緒に!」
空の頭の中にハテナマークが飛び交う。
(今、追い立てるっていった? ツクシを?)
空は意味がわからなくて思わず側にいた雪乃の方を見上げた。
「ばぁば、ツクシ……うごくの?」
「ええ、そうよ。ツクシはね、地面の下の根っこで繋がってるから、採ろうとするとヒュッて引っ込んで根のある他の場所に逃げちゃうのよ」
(何それ怖い)
理解の出来ない話に空が戦いていると、結衣が空に笑いかけた。
「そらちゃん、はじめてだもんね! ほら、みてて!」
そう言って結衣はすぐ近くに生えているツクシにとことこと近づいて適当な一本に手を伸ばした。
すると本当にツクシはその手が触れる前にヒュッと地面に引っ込み、五十センチほど向こうでまたにょきりと顔を出した。
「ぴぇっ!」
その不気味さに空の口から変な声が漏れる。
それをくすくすと明良が笑い、驚く空の頭をやさしく撫でた。
「ツクシはにげるだけで、かみついたりしてこないからだいじょうぶだよ! おいたてるとどんどんにげてくから、おもしろいんだ!」
「そうそう、あっちから皆で追い立てて、端まで来たら俺と明良がどんどん刈るからな!」
そう言って武志と明良は背負ったリュックから鎌を取り出すと、空き地の右の端へと走ってゆく。
「ほら、そらちゃん、いこ!」
結衣に手を差し出され、空はびびりつつもその手を取って歩き出した。
武志に言われたとおり結衣と空は空き地の左の端へと向かう。空達が歩くと前方のツクシがずざざ、と二人を避けていく。正直気持ち悪いと空は思った。
「そらちゃんはまんなかね。ここから、ちょっとこう、ふらふらしながら、むこうへはしるんだよ」
そう言って真ん中らへんに空を残し、少し離れた奥の方へ結衣は向かった。雪乃は空の手前側の端に立っている。
「あのね、こうしてちょっとななめにいって、それからまたはんたいにいくの、そうしたらみんなさきににげるから!」
「うん……が、がんばるね!」
結衣が少し歩いてツクシを追い立てて見せてくれた。空もまだ内心では少し怯えていたが、それでも相手が逃げるだけならやってみようと気合いを入れる。結衣のように斜め前に向かってとことこと早歩きをすると、ざざっとツクシが遠ざかった。それを追って今度は斜め反対側へ向かう。ざざ、ざざ、とツクシ達は音を立てながら引っ込み、また出て、少しずつ前方へと追い立てられていく。結衣と雪乃もゆっくりと空に歩調を合わせながら進んでいる。
(なんかちょっと、楽しくなってきた)
上手にジグザグに進まないと、ツクシがばらけたり変なところに固まったりする。空は出来る限り調整しながら懸命に走った。
「そらちゃん、じょうずー!」
「ホント、上手よ、空。すごいすごい!」
結衣と雪乃に褒められて空は嬉しくなる。えへへ、と照れ笑いしながら進み、やがて最初の場所から半分くらい進んだところまで来た。
「良いぞー、空、じゃあ俺らが刈るから、せーのでそっから、もう五歩分駆け足な!」
「そら、がんばれー!」
武志と明良も声を掛けてくれる。空は一度立ち止まり、結衣の方を見た。
「せーので、まっすぐごほ走ってね! そしたらとまって、おおいそぎでうしろにはしるんだよ!」
「うん? わかった!」
その指示の意図はよくわからなかったが、そうしろというならそうなのだろうと納得し、空は頷く。何せ山菜採りは初めてなのだから、従うしかない。
「じゃあいくよー、せーの!」
結衣のかけ声で空は走り出した。範囲が狭まって余り逃げ場がなくなったツクシたちが、音を立ててさらに向こうに集まっていく。
(いち、に、さん、し、ご!)
頭の中で一生懸命数えて五歩、走りきった空は大急ぎで振り向いて逆方向を目指す。
パタパタと結衣も雪乃も同じように振り向いて走り、雪乃は途中で足の遅い空をさっと拾ってそのままツクシの群れを離れた。
「行くぞー! 食らえ、俺の必殺の一撃!」
「えい!」
雪乃に抱えられた空は、距離を取って並んだ武志と明良が鎌を大きく振り回すのを高い位置から見た。
武志のかけ声と共に、鎌から衝撃波のようなものが放たれ、それが前方に大きく飛んでツクシの群れをなぎ倒す。逆側に走るのはアレに当たらないようにするためらしい。
明良の方はもう少し大人しかったが、しかし鎌から光が伸びて刃が五倍くらいの長さになり、それを一振りすると範囲内のツクシがバタバタと倒れた。
空は思わず白目を剥きそうだった。
(五歳と七歳……五歳? 田舎の子供しゅごい……)
ついでに語彙力も消失しそうだ。結衣はきゃっきゃと手を叩いて喜び、雪乃も楽しそうに眺めている。ここでは空の方がどう考えても異分子なのだ。あと二年で自分もあんな風になれるんだろうかと空は考えたが、全く想像が付かない。
「あー、ちょっと残っちゃったな」
「おれ、ハカマのとこにちょっとあてちゃった。あそこかたいよね」
集められたツクシの群れは三分の二ほど倒れたが後は残っている。刃が届かなかったものや、ハカマのところに刃が当たって折れたり逃げたりしたものもいる。明良は足下に落ちた折れたツクシを一本つまんで、ちょっと悔しそうな顔をしている。残ったツクシはバラバラに散って移動し、二人から逃げようと必死だ。残念がる二人に、雪乃が声を掛けた。
「そのくらいにしておきなさい。あんまり採ると集めるのも、ハカマをとるのも大変よ」
雪乃の言葉に武志と明良は顔を見合わせて頷き、鎌をしまう。後は皆で倒れたツクシを集めるだけだ。空も下ろしてもらって集めるのを手伝うが、その動きは少々ぎこちないままだった。
「いーなー、こんどわたしもかるほうやりたい」
「結衣は草刈りにちょうど良い技覚えてないだろ。お前がやると全部焼いちゃうじゃん」
「だって、ひのまほうがとくいなんだもん」
「まりょくだけつかえるなら、おれみたいなぶきつかえば?」
「結衣はそれも苦手なんだよ。もっと練習しないと、刈る方は無理だよ」
空は子供達の会話を一生懸命聞き流しながらツクシを集めた。いつか自分も、なんてまだまだ空には思えない。とりあえず、目の前の出来る事をしよう。
空はそう思いながらツクシを束ねていく。小さな手の中のツクシは、もうピクリとも動かなかった。