2-17:いつものお客
身化石を探し、ダンゴムシと遊んでいたら時刻はいつの間にか昼近くになった。
空は自分のお腹が元気良く鳴きだしたことでそれに気がついた。
「……おやつたべてない!」
十時のおやつを忘れていた、と顔を上げると傍にいた樹があははと笑った。
「空、おやつは三時だろ? まだ早いよ」
「ぼく、じゅうじにもおやつたべるの!」
「え、そうなの? そしたら昼ご飯入らなくなんない?」
「だいじょうぶ!」
空の腹は限りなく底が深いし、燃費も悪くすぐお腹が空くのだ。
おやつを忘れたことに気付いてしまった途端にお腹はさらにぐうぐう鳴り続け、空腹感は耐えがたいほどになってきた。
「空、おやつは忘れてしまったから、少し早いがお昼にするのだぞ」
「うん!」
ヤナの提案に空は飛びつき、急いで家の方へと走った。
裏庭の入り口では隆之と紗雪がずっと子供たちを見守っていた。紗雪は走ってきた空に手を差し出し、その体をひょいと抱き上げた。
「まま、おなかすいた!」
「ふふ、お腹がすごーく元気な音出してるわ。じゃあお祖母ちゃんに頼んでご飯にしようね」
「うん!」
空が遊びを止めると陸も後を追ってきて、樹と小雪も走ってくる。
ヤナに促され、全員で連れ立って家へと戻った。
雪乃が手早く用意してくれたお昼ご飯は、豚丼ならぬ猪丼だった。タマネギなどと一緒に甘辛く炒め煮にした猪肉を卵でとじたものを、それぞれが好きなだけご飯に載せて食べる。
空以外の杉山家の家族は、またヤナに魔素を抜いてもらった物を食べていた。
「そら、いっぱいたべるね」
空が三杯目の丼ご飯を食べていると、もう自分の分を食べ終えた陸がぽつりと呟いた。陸は茶碗に大盛りの豚丼を一杯だけ貰って、それでもうお腹がいっぱいになったらしい。
陸の隣でパクパクと食べ続けていた空は手を止め、頬を膨らませて頷き、それから一生懸命もぐもぐして口の中の物を呑み込んだ。
「ばぁばのごはん、おいしいから!」
「うん……ぼくも、もっとたべたいなぁ」
「じゃありくもおかわりする?」
空がそう言うと、陸はちょっと口を尖らせて首を横に振る。そしてそのまま黙り込んでしまった。
「りく?」
「ん……なんでもない」
空は心配になって顔を覗き込んだが、陸は首を横に振るばかりだ。どうしたのかと空が問おうとしたとき、雪乃が二人に声を掛けた。
「二人共、食後に牛乳寒があるけど食べる?」
「たべる!」
「……うん、たべる」
魅力的な提案に空がパッと振り向いて手を挙げた。陸も少し考えて頷く。
「空は、まずその丼を食べちゃってね」
「あい!」
空は元気に返事をし、えへへと笑ってまた丼にスプーンを入れた。陸は魔素を抜いた寒天を受け取りながら、美味しそうに食事を続ける空を何となく眺めていた。
そして、午後のこと。
「そらー、あーそーぼ!」
元気な声が玄関から聞こえて空が走って向かうと、明良と武志、結衣が立っていた。三人の後ろには美枝の姿もある。
「あ、みんな! いらっしゃい!」
「空くんこんにちは。紗雪ちゃんいるかしら?」
美枝はどうやら紗雪の顔を見に来たらしい。
空は頷いて台所に走り、紗雪に声を掛けた。
「まま、みえおばちゃんが、よんでるよ!」
「えっ、美枝おばさん?」
紗雪は慌てて玄関に駆けつけ、美枝と顔を合わせた。
「わぁ、美枝おばさん、久しぶり……!」
「紗雪ちゃん、久しぶりねえ! 元気だった? ごめんね急に。どうしても紗雪ちゃんの顔が見たくて」
「ううん。私こそ、まだ挨拶にも行っていなくてごめんなさい」
美枝と雪乃の仲が良いため、紗雪も小さい頃から美枝に可愛がってもらっていた。美枝の子供は男の子だけだったので、娘のように面倒を見てくれたのだ。
紗雪はしきりに不義理を詫びたが、美枝は久しぶりに顔が見れて嬉しい、と笑顔で再会を喜んでくれた。
その様子を横目で見つつ、空は明良や武志たちに上がってもらって、自分の兄弟を紹介しようと部屋に連れて行った。
「空、お客さん?」
「そら、だれ?」
「あんね、ぼくのともだち! アキちゃんと、タケちゃんと、ユイちゃんだよ! そんで、ぼくのおにいちゃんとおねえちゃんと、おとうとのりく!」
子供たちはお互いに紹介されて、口々によろしく、と声を上げた。
「おれ、アキラだよ。うわぁ、ほんとにそらとおなじかおだ! そらがふたりいるみたいだ!」
「りくだよ!」
「双子ってすごいんだなぁ。あ、俺、武志!」
「俺は樹! 武志、何歳?」
「アキちゃんっていう子、けっこういいかんじじゃない? あ、私小雪だよ!」
「こゆきちゃん? わたしゆい! よろしくね!」
年が近いせいもあってか、皆それなりに仲良くなれそうな雰囲気だ。
空はちょっとホッとしつつも賑やかなやり取りを見守った。
せっかくだから一緒に何かして遊ぼうと、空はおもちゃを入れた箱を引っ張り出してきて開く。クマちゃんファイターなら皆で遊べるだろうかと一式取り出したところで、また玄関から新たな客の声がした。今日は千客万来だ。
「おう、こんちは……お、紗雪ちゃん!」
「紗雪、元気だったか」
「あ! 和おじさん! 善三さんも! うわぁ、久しぶり!」
母の声に釣られて空が玄関を覗くと、和義と善三がにこやかに紗雪に声を掛けていた。二人は紗雪が家族を連れて帰ってくると聞いていて、顔を見に来たのだ。
和義も善三も珍しく朗らかな表情で、紗雪と久しぶりに会えて嬉しい、とその顔に書いてあるようだった。
母はどうやら二人にも可愛がられて育ったらしいと、見ている空にもよくわかる。それを微笑ましく見つめつつ、空には気になる事が一つ。
(……善三さんが善三おじさんと呼ばれないのは、そう呼ぶと何となく長いからかな)
和義は和おじさんと略しても響きが良いのだが、善おじさんは何か違う気がしてしまうのだろう。
空も同じ理由で、ぜんぞーさんと呼んでいるのだが、幸い本人は特に気にしていないようだ。
「皆、そんな所で立ち話もなんだから、中にどうぞ。お茶でも入れるわ。せっかくだから紗雪の子供たちの顔を見ていって」
「いいの? じゃあお邪魔しようかしら」
「おう、悪ぃな」
「邪魔させてもらう」
美枝と和義、善三は揃って家に上がり、居間に招き入れられた。
囲炉裏の間と隣の部屋の襖は取り払われたままだ。その広い空間で、さっそく子供たちはクマちゃんファイターを囲んでわいわい大騒ぎしている。いつの間にかフクちゃんとテルちゃんも子供たちに交ざって、うろうろ歩き回っては小雪に掴まったり、陸につつかれたりしていた。ヤナは子供たちの面倒を見ていて、幸生と隆之は囲炉裏端でお茶を飲みながらその様子を眺めていた。
「おお、何か随分数が多いな」
「これだけいると壮観だな」
「どの子も可愛いわねぇ」
三人は幸生たちと一緒に囲炉裏を囲み、紗雪に子供たちの名前を教えてもらう。
「陸くん、ほんとに空くんとそっくり同じね。双子なのねぇ」
「一番上は旦那似か? いい男になりそうだなぁ」
「いや、そんな……」
「二番目も父方だろう。幸生に似なくて良かったな」
「……ふん」
雪乃は紗雪と共にお茶やお酒を用意しながら皆の話に耳を傾け、クスクスと笑いを零した。
「ばぁば、そのおまんじゅう、よかったら、ぼくにもひとつちょうだい」
「いいけど、一つだけね。三時に出そうかと思ってたから」
「うん、ありがと!」
空は大人たちに交じって囲炉裏の傍に座り、雪乃にお茶請けのお裾分けを強請った。
「空は良いのか、交じらなくて」
「ん、これたべたら!」
「遊びより食い気か」
善三はそう言って笑い、空の頭を優しく撫でる。空にとってはこの部屋の雰囲気自体が、憧れた田舎の親戚の集まり、という感じがして眺めている方が何だか楽しい。
皆の遊びに交ざるのは後からでも大丈夫、と空は大人たちの間に座って饅頭を頬張った。
紗雪と隆之は、祖父の友人にこうして可愛がられている空の様子を見て、何だかホッとしたような顔をしていた。
空はその後、やはり饅頭のお代わりを一つ貰った。そしてそれもそろそろ食べ終えようかと言う頃。
カララ、と玄関がまた開く音がして、ちわー、と控えめに声が掛かった。
「米田さーん。伊山です」
その声と名に空は顔をパッと上げ、いち早く立ち上がって居間を出た。
「よしおおにーちゃんだ!」
「お、空……こんちわ。お家の人いる?」
玄関にいたのは村の雑貨屋の息子、伊山良夫だった。
「いっぱいいるよ! えっと、ばぁばー!」
とりあえず空が大きな声で呼ぶと、雪乃はすぐに玄関に顔を出した。
「はいはい。あら良夫くん、どうしたの?」
「あ、どうもこんにちは。えっと、この前注文もらった雨合羽を届けに来たんですが」
良夫はそう言うと腰の後ろに下げた小さめの魔法鞄から、風呂敷包みをにゅるりと取り出した。
それを玄関に置いて開くと、中からきちんと畳まれた雨合羽が二着出てきた。広げてみると大人用のサイズだった。
「あら、二着だけ?」
「すいません、ちょっと今子供用の在庫を切らしてて。この季節は新調する人も少ないから、仕入れてなかったんですよ。まだ蛙も出始めで狩りに行く人もいないようで……」
「そうなのね。天気が悪い日もありそうだから紗雪たちの分をと思ったんだけど……子供用が足りなかったのね」
「そうなんです。夏前には子供たちのサイズも出そろうんですが」
雪乃は何日も滞在する紗雪たちのために雨合羽を用意して、雨の日も空と一緒に散歩したりしやすいようにしてあげたかったらしい。しかしそれを思いついて注文したのが急だったため、大人用しか在庫がなかったようだ。
「皮があれば作れるかしら?」
「そうですね、それなら多分……特急料金で良ければ、俺が狩ってきて注文って事も出来ますけど」
「そうねぇ、お願いしようかしら……」
そんなサービスもあるのか、と空は傍で聞いていて目を見開いた。
「おにいちゃん、かえる、かれるの?」
空が思わず聞くと、良夫は何でもないことのように頷いた。
「そりゃあ、あのくらいなら普通に……あんまりデカいと面倒くさいし、ヌメヌメして刃が滑りやすいから本当は好きじゃないんだけど、ばあさんに良く狩りに行かされたからな」
「すごーい!」
良夫は見た目はダウナーな今時の若者風なのに、動くと忍者っぽくて強いし、空のような子供にも優しい好青年だ。
田植え祭りでも稲刈りでも活躍し、怪異当番の日は水たまりに落ちた空を迎えに来てくれた。ナリソコネの騒動の時も村の皆と一緒に駆けつけて助けてくれたと、空は後から教えてもらった。そういう理由で、空は良夫を結構尊敬しているのだ。
「どんなふうに……ん?」
どんな風に狩りをするのか、と空が聞こうとしたところで、不意にその袖がつんと引っ張られた。振り向くとそこには陸の姿があった。
「あ、りく」
「そら、なにしてるの? あそばないの?」
陸は空が子供たちの遊びの輪にいないことに気がついて探しに来たらしい。
「わ、同じ顔……」
良夫は陸を見て空とそっくり同じ顔だ、と驚いている。
空はそんな良夫を陸に紹介することにした。
「あんね、このおにいちゃん、よしおおにいちゃんっていうんだよ。すごくはやくてつよくて、かっこいいんだよ!」
「そうなの?」
「うん! おにいちゃん、ぼくのおとうとのりく!」
「あ、ああ、よろしく……」
陸は空が褒めたせいなのか、ちょっと不満そうな顔で良夫をじっと睨み付けた。
「……ぼくのぱぱのほうが、ぜったいかっこいいもん!」
「えー?」
「いや、パパと比べられても困る……」
良夫が頭を掻いてそう呟くと、そこに今度は居間から横やりが入った。
「あん? かっこいいのは俺に決まってるだろ?」
振り向けば、居間から和義が顔を出してドヤ顔を決めている。顔がほんのり赤いので、どうやら酒を出してもらって既にほろ酔いらしい。
「お前のどこがかっこいいってんだ。若ぇもんと張り合うなっての」
「うむ」
和義に対する善三と幸生の感想はにべもない。
「でも、よしおおにいちゃん、ぼくのこともいっぱいたすけてくれたんだよ! じぃじもぱぱも、かずおじちゃんたちもかっこいいけど……よしおおにいちゃんもかっこいいよ!」
「いや、俺の事は良いから。むしろその並びに入れられると困るから……」
空は思わず良夫の味方をしたが、それは陸には逆効果だったらしい。
「うそだぁ! ぜんぜんつよそーにみえないもん! かっこよくない!」
「うわ、それはそれで結構傷つく……」
「いや、俺は強そうだしかっこいいだろ!?」
子供の言うこと、と思いつつ良夫は思わず胸を抑えた。そして酔っ払った和義は常にもまして大人げが無い。
すると善三がゲラゲラと笑い出し、それならと言ってピッと指を立てた。
「よし、じゃあどっちがかっこいいか、良夫と和義で勝負だ。二人共表に出やがれってんだ」
善三も、もう既に結構酔っているらしい。
「……それはお前が勝負するときに言うセリフだろう」
この中で一番酒に強い幸生が、静かにツッコミを入れていた。




