2-14:米田家での出迎え
約一名が呆然としている間にもバスは順調に村の中を走り、やがて米田家の門の前で動きを止めた。
「はい、到着だよ。お疲れ様」
「ありがとうございます、田亀さん」
「ありがとーございましたー!」
紗雪が礼を言うと、その後に続いて元気に声を揃えて子供たちが駆け下りる。田亀は賑やかな様子に目を細め、駆けて行く背に手を振った。
「皆元気が良いなぁ。どこかに皆で出かける時は、気軽に声を掛けてくれよな」
「ええ、その時は連絡するわね。どうもありがとう」
「うむ、助かった」
「……あ、ええと、どうもありがとうございました!」
雪乃と幸生がバスを降り、呆然としていた隆之もハッと我に返って礼を言い、後に続いた。
その都会の人らしい反応を逆に珍しく思いながら、田亀はキヨと一緒に帰っていった。
「ぱぱ! ここがじぃじのおうち!」
バスを降りてすぐ、田舎の立派な家を物珍しく見上げる隆之のもとに空が走ってきて、その手を取って歩き出す。
隆之は家を見て、前庭やその先に続く土地に視線を向けて、空がこの広い家で伸び伸びと暮らしている事を感じて目を細めた。
「空は、ここで暮らしてるのか。広くて良いなぁ」
「うん! おにわも、はたけもひろいよ!」
皆で家の中に入ると、玄関ではヤナが待ち構えていた。
「おお、よく来たな!」
「あ! もしかして、ヤナちゃん!?」
「ヤナちゃんだ! えー、すごいかわいい!」
「ヤナちゃん! しってる!」
座敷童のような姿を見た子供たちが声を上げる。雪乃や空が書いて送っている手紙の中で、ヤナの存在を知っていた子供たちは大喜びだ。
「何と、ヤナの事を知っていてくれたのか! 嬉しいのだぞ! しかし、いっぱいおるなぁ」
一気に増えた子供たちに、ヤナは嬉しそうに目を細めた。
「さあさあ、遠慮せず上がるのだぞ。皆で昼ご飯にしような」
「おじゃましまーす!」
「すいません、お邪魔します。お世話になります」
子供たちは元気に挨拶をし、靴を脱いで家の中に駆け込んだ。その後に紗雪と、ペコペコと頭を下げながらの隆之が続く。
「わ、何これ!」
「こういうの、れとろっていうんでしょ! おしゃれー!」
「あったかぁい!」
初めて見た囲炉裏に歓声を上げ、隣の床の間や神棚を物珍しげに眺め、長い廊下や縁側をくるくると走り回る。紗雪が止めようとしたが、興奮した子供たちは空も交えて駆け回った。
「ごめんね、父さん、母さん。うるさくて……」
「すみません……」
紗雪と隆之は頭を下げたが、雪乃たちは気にしなかった。
「良いのよ紗雪。私たち、こんな光景が見られるのをずっと楽しみにしてたんだもの」
「そうだぞ、紗雪。ヤナだってずっと待ってたのだぞ」
「うむ……紗雪、おかえり」
幸生が頷き、そう呟くと紗雪はハッと顔を上げた。
「……ただいま、父さん、母さん、ヤナちゃん」
「おかえり、紗雪」
「おかえりなのだぞ!」
紗雪はきゅっと唇を引き結び、胸に湧いた想いを堪えた。
長い間帰っていなかった実家は、以前と変わらないところも変わったところも入り交じっている。
けれど火が灯された暖かな囲炉裏と両親の優しい声、ヤナの笑顔は変わらない。紗雪は思わずヤナの顔をじっと見つめた。
紗雪が生まれた時からヤナは傍にいて、やがてその背を追い越し、今は随分小さく感じる。けれど紗雪を見上げる金色の瞳はちっとも変わらず煌めいている。
その瞳を見て、ようやく帰って来れたのだと紗雪は小さく息を吐いた。
「さぁさ、ご飯にしましょうね」
走り回って息切れした子供たちが囲炉裏の傍に戻ってきた頃合いを見て、雪乃がそう言って手を叩いた。
囲炉裏の間と続きの部屋の襖を開け放し、そこにあった木目が見事な座卓を幸生がちょうど良い場所に移した。更にどこからか少し小さい座卓も持ってきて、隣に並べる。
そこに雪乃や紗雪、ヤナが料理を次々運んだ。
(うわ、何かすごく、田舎の宴会スタイル!)
テレビの中で見たことがあるような光景に空はちょっと感動を覚えた。
田舎の実家に皆が集まって大人数で食事をする、というのは前世の空の憧れの一つだったので、感動もひとしおだ。
重箱に並んだ沢山のおにぎりに雪乃の作った漬物。芋などの根菜の煮物や卵焼きに鍋いっぱいの豚汁……ならぬ猪汁。
子供たちは目を輝かせて、しかし行儀良く並んで可愛くお腹を鳴らした。
「食べる前に、少し待つのだぞ。紗雪、空以外の子供らと、旦那の分をまず適当に取り分けるのだ」
「あ、そうね、ちょっと待ってね」
紗雪は急いで取り皿に、おにぎりやおかずを一通り取り分け、隆之と樹、小雪、陸の分をそれぞれの前に置く。
「今の魔力量を量るから、ちと背中に触れるぞ」
ヤナはそう言って、並んで座るそれぞれの背に軽く手を当てて周り、それから取り分けられた料理に手を伸ばした。
「皆思ったより魔力が多いようだが……やはりここの食べ物は少し魔素を抜かぬと、お前たちには強すぎるからな」
そう言って手を翳すと、料理から何かキラキラしたものがヤナの手に向かって立ち上って行く。空はそれを見て目を見開いた。
「まそって、ぬいたりできるの?」
「出来るぞ。抜くだけじゃなくて、足したりも出来る。ただ、どちらも魔素そのものを扱う技術がそれなりに必要だの」
「そうね。たとえば私なら、抜く方は出来るけど足すのはあまり得意じゃないわね」
「そういうのは善三が得意だ」
幸生の言葉に空はなるほど、と頷いた。
(付与とかそういう類いの技術が必要なのかな?)
ヤナはそれぞれの持つ魔力量に従って、料理から少しずつ魔素を抜く。抜いた料理は見た目には何も変わらなかった。
「さ、このくらいで良かろ。食べて良いぞ」
「いただきまっす!」
皆の分が揃うのを待っていた空は、許可が出た途端おにぎりを手に取って齧り付いた。
中身は焼き鮭を解したものだ。
空はあっという間に半分ほど食べたところで、ふと隣の陸の方を見た。
陸は空よりゆっくりと、けれど美味しそうにおにぎりを食べていた。周りを見れば、樹も小雪も美味しそうに卵焼きを食べたりおにぎりを食べたりしている。
「この卵焼き美味しいよ、おばあちゃん」
「おにぎりもとってもおいしい!」
「りく、おいもすき!」
「そう? 良かったわ。お代わりの時はまたヤナに声を掛けてね」
「はーい!」
お代わりの分もちゃんと魔素を抜く、ということらしい。
空は自分のおにぎりをもぐもぐと頬張りながら、魔素を抜いても味は変わらないのかが気になった。
「ねぇ、ヤナちゃん。あじってかわらないの?」
「うん? うーん……どうかの? ヤナのような魔素を食べる者は、抜いたものをあまり美味しいとは思わぬが……空にも少し、味が薄く感じるかもしれぬの」
「へ~!」
するとそれを聞いていた陸が顔を上げて、空が手に持つ二個目のおにぎりを見た。
「……りくも、そらとおなじのたべたい!」
陸は何でも空と同じが良いのだろう。しかしその言葉にヤナと雪乃、紗雪は顔を見合わせた。
「まだそのままは無理ね」
「うん……陸が空と同じのを食べるには、もうちょっとここに慣れてからじゃないとかなぁ」
「なんでだめなの?」
「魔素が多すぎて具合が悪くなっちゃう……そうね、食べるとお腹を壊したりするのよ」
「……おなかこわすの、やだなぁ」
紗雪の説明のうちお腹を壊すというのは陸にもわかったようで、しょんぼりしつつも諦めて頷いた。
「ここで過ごしていれば、多分少しずつ平気になるのだぞ。だから今は食べられるものを食べると良い」
「はぁい」
陸は素直に頷いておにぎりの残りを口に運んだ。
「空は、いつも通り沢山食べなさいね」
「……うん!」
見た目は何も変わらないのに、魔素というのは不思議だ、と空は思う。
魔素たっぷりの料理を美味しく頬張りながら、そのうち皆一緒の料理を食べられるようになるのだろうか、と。
そんな事を考えながら食事を続ける姿を陸がちらりと見ていたことに、空は気がつかなかった。