2-8:工作と小鳥
空は草鞋を脱いで板張りの廊下に上がり、幸江に手招きされて近くの扉に近づいた。雪乃はすぐ後ろについている。
幸江はガラリと木戸を開き中に入って行く。空も恐る恐るその後に続き教室の中に入った。
「わ、ひろい……」
扉の向こうは思ったより広い空間になっていた。壁や仕切りがほぼない広間で、あちこちに子供たちが小さな班を作って何かしている。
各班は体の大きさが同じような子供が集まっているところもあれば、バラバラに混じっているところもあって、やっている事も別々のようだ。まだ寒いはずだが外で運動をしている子供たちもいた。
物珍しそうに空がキョロキョロしていると、近くにいた子供たちの中から声が掛かった。
「あ、そらだ! そら、おはよー!」
「アキちゃん!」
声を掛けてくれたのは明良だった。明良は自分がいた班から抜け出して空の元に駆けてくる。
「そら、ほいくじょきたの?」
「うん、きょうだけ、みにきたの」
「えー、まいにちきたらいいのに! なぁ、いっしょにあそぼ!」
明良はそう言って空の手を取って引っ張った。空が傍らの幸江と雪乃の顔を見上げると、二人はにっこり笑って頷いた。
「知ってる子がいるなら、まず一緒に遊んでみていいんだよ」
「ええ、私は傍で見てるから、いってらっしゃい」
「うん!」
二人に促され、空は明良と一緒に駆け出した。
「あ、そらだ!」
明良がいた班には久しぶりに会う勇馬もいて、空の顔を見て手を振った。それを見て、先生らしき人が立ち上がって空を迎え入れてくれた。
「体験の子かな? よろしくね!」
「えっと、そらです!」
「空くんね。皆、空くんだよ。よろしくね!」
先生がそう言ってその場にいた子供たちに空を紹介してくれる。すると子供たちは顔を上げて、おはよーとかよろしく、と声を掛けてくれた。
空は緊張しつつもそんな皆ににっこり笑って手を振り、よろしくと挨拶をする。
「そら、こっちでいっしょにやろ!」
明良が手招きしてくれたので、空は頷いて皆が囲んでいる低いテーブルの一角に腰を下ろした。
「みんなで、なにしてたの?」
「んっと、かざぐるまつくってたよ! ほら、ああいうの!」
明良が指さしたのは、見本として瓶にさしてある色鮮やかな風車だった。折り紙と木の棒で作った普通の風車なのだが、その飛び出た四隅に何か模様が描いてある。
「じゃあ空くんも明良くんたちと一緒に、自分用の風車作ってみようか!」
「うん!」
空が元気良く頷くと、先生が大きめの折り紙を何枚か手に持って見せてくれた。
「空くんは何色が好きかな?」
「えっと、みずいろ!」
一番好きなその色を選ぶと、先生が水色の紙を一枚、空の目の前に置いた。
「まずこの紙のこの辺に、この模様を四つ描いてみようね」
用意された大きな紙に模様が描かれたものを先生が手に持って皆に見せる。
「指でいいからね。でも、墨を付けた指で、他の場所を触っちゃダメだよ。終わったらちゃんと手を拭いてね」
先生は黒い墨を入れた小皿を二、三人に一枚当たるように配り、濡れ布巾を傍に置く。
子供たちは見本の紙を見ながら指に墨を付け、同じ模様をそれぞれの紙に描いた。
「空くんもやってみて。紙の、ここのところにね」
「う、うん……」
風車を作るだけなのに何故同じ模様じゃないといけないのか、空は少し疑問に思った。
しかしとりあえず先生にここと示された場所を確かめ、それから指に墨を付けて、見本を見ながら真似して模様を書いた。
(あ、指だと、クレヨンより書きやすい……)
クレヨンと違って折る心配をしなくて良いせいか、いつもよりずっと描きやすい。力加減の心配がないので、曲線のある少し複雑な模様でも見本にそこそこ近く描けた気がする。
「描けたかな? じゃあ、ちょっと貸してね」
四カ所に模様を描き終わると先生がそれを受け取り、切り込みを入れて風車の形に曲げ、細い棒にピンで留めてくれた。
「じゃあ次はこの棒に魔力を込めるんだけど……空くんは、物に魔力を込めるってしたことある?」
「へ? まりょく……?」
完成した風車を受け取ろうと手を伸ばした空は、その唐突な言葉にピタリと固まった。
それから少し考え、若干ぎこちなく頷く。
「えっと……おもちゃに、まりょくいれたことなら」
以前東京から紗雪が送ってくれた紙相撲の亜種のような微妙な玩具に、魔力を込めた経験が空にはある。
そしてその玩具はその後善三によって魔改造され、今ではクマちゃんファイター(空命名)として村のあちこちで遊ばれているのだが。
「うんうん、じゃあ大丈夫かな。ちょっと試してみようか?」
「えと……はい」
空は先生から受け取った風車の棒を手で持ち、その手から魔力が流れるところをイメージした。指先から魔力を流すのは結構上手く出来るようになっている。
それと同じような感覚で魔力を少し流すと木の棒が薄らと光を帯び、ゆっくりと風車が時計回りに回り始めた。
「わ、まわった!」
「うん、ちゃんと出来たね。上手上手!」
先生はそう言ってくれたが、風車の動きはゆっくりだしぎこちない。面白いとは思いつつ、息を吹きかけた方が良く回りそうだと空が考えていると、もう少し魔力を増やしてはどうかと先生が教えてくれた。
「流す魔力を増やすと回るのが速くなって、逆に回したいと思うとそうなるわよ」
言われるままに少し量を増やすと、確かに回転が速くなる。今度はくるくると風車らしい軽快な動きになってくれた。
段々楽しくなってきて、空は魔力を強くしたり弱くしたりして色々な動きを試してみる。
「そら、ほら! にとーりゅー!」
不意に名を呼ばれて空が顔を上げると、明良は両手に風車を持ってぐるぐると回していた。
「わぁ!」
「へへん、オレはこーそくかいてんだぞ!」
その隣では勇馬がギュンギュンとすごい勢いで風車を回転させている。
子供たちは皆思い思いに風車を作っては回して大はしゃぎだ。
棒に二つ付けてほしいと先生に強請る子や、もっと大きいのを作りたいと提案する子もいた。
「かざぐるまって、おもしろいんだね!」
「ホピピッ!」
空が零した感想に、ずっとフードの中で大人しくしていたフクちゃんが合いの手を入れた。
フクちゃんはずっと静かに皆を眺めていたが、雰囲気にちょっと慣れたらしい。
「あー! それなに!?」
すると突然空の正面にいた子が大声で叫んだ。
「えっ!?」
「ホピッ!?」
空とフクちゃんが驚いてそちらを向くと、正面の子が空の方を指さしている。その子の声と動きに釣られて、周りの子供たちが全員空の方を見た。
「あっ、とりさんだ!」
「え、どこどこ?」
「すごいかわいーい!」
「みせてみせて!」
たちまち周囲は大騒ぎになってしまった。空に駆け寄って覗き込もうとする子もいれば、その肩のフクちゃんに無遠慮に手を伸ばそうとする子もいる。
空は慌ててフクちゃんを自分の手で包み、精一杯高く上げてくるりと振り向き逃げ出した。
「ホビビビッ、ホビッ!」
「だ、だめっ! ばぁば、ばぁば!」
「あらあら、ダメよ皆!」
「空、フクちゃんをこっちに」
空は急いでフクちゃんを雪乃の手に渡して避難させた。
周りでは他の班の子供たちも駆けてきて見たい見たいと纏わり付いてもみくちゃだ。
「はいはい、皆静かに! ほら鳥さんがビックリしてるよ!」
幸江や他の先生も一緒になって子供たちを宥めてくれて、どうにか騒ぎは収まった。しかし子供たちは興味津々なので、とりあえず皆の前でフクちゃんを子供たちに紹介することになった。
空は雪乃の手の平に乗ったフクちゃんを指さし、自分の守護鳥だと皆に説明した。
「えっと、なまえはフクちゃんです!」
そう言うと、あちこちから可愛いとか、いいなーという声が上がる。
雪乃はフクちゃんを見て困ったように笑い、隣に立つ幸江に頭を下げた。
「ごめんなさいね、子供が沢山いたらこうなって当然なのに、思い至らず連れてきてしまって……」
「あはは、大丈夫よ。帽子の中で大人しくしてたから、私もこんな可愛いオマケ付きだったなんて、気付かなかったわね」
空が大人びた幼児だし、空の周りの子供たちもフクちゃんが生まれた頃から知っているので、誰も騒ぎ立てたりしなかった。雪乃はこの年齢の子供たちの好奇心や賑やかさをすっかり忘れていた。
「見慣れれば皆気にしなくなるから。子供はすぐ興味が他所に移るし……しばらくまた身化石人気に火が付くかもだけどね」
少し落ち着いたところで雪乃が空の手の平にフクちゃんを戻し、幸江が無闇に手を出さないようにと子供たちに言い含めて、フクちゃんの姿をよく見せる。子供たちは小さな鳥に興味津々で、空を質問攻めにした。
「どうやってかえしたの?」
「このこのみけいし、どんないろのだった?」
「いいなー、わたしもあたらしいのさがす!」
「おれも!」
「オレ、とりじゃなくてトカゲがいい!」
空は色々な質問に戸惑いながらも、わかることわからないことを辿々しく答えた。
やがて子供たちの気が済むとやっと解放され、空とフクちゃんはホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「そら、たいへんだったなー」
「みんなみけいしすきだもんな! オレもあたらしいのさがそうかな!」
子供たちから空が解放されると、明良と勇馬が寄ってきて労ってくれた。二人の顔を見て空はやっと安心できた。
「フクちゃん、つれてきちゃだめだったかな……」
「えー、べつにいいんじゃないかな。ユウマもにわとりつれてきたことあったよな?」
「うん。もっとちいさいころだけどな!」
「そうなの? なんで?」
勇馬の家は鶏を飼っている農家だ。鶏を連れてきても不思議ではないが、でも何故だろうと空は首を傾げる。
「……アキラとすごいけんかしたとき、ほいくじょいきたくないっていったら、ボスにおこられてさぁ」
空くらいの年頃の時、勇馬は保育所に行きたくないと泣き喚いて駄々をこね、家族を困らせたことがあったらしい。すると鶏の群れを守るボスが、うるさいし、そのせいで自分たちの世話が行き届いていないと腹を立て、勇馬を無理矢理背中に乗せて引っ立てるようにして保育所に連れて行ったのだという。
「あんときのボス、すっげーおっかなかったんだぜ! オレがアキラやみんなにあやまるまで、すごいそばでみてるし、一日ずっとここでみはってたんだ……」
その時のことを思い出したのか、勇馬がぶるりと小さく震える。
空はボスはなんて賢い鶏なんだと感心すると同時に、それは本当に鶏なのか? と少し疑いを抱いた。