2-2:謎の風習
暖かな格好をして皆で外に出ると、ヒヤリと冷たい風が空の頬を撫でた。
空は一瞬首をすくめたが、身に着けている服や草鞋の効果ですぐにそれほど気にならなくなる。全く寒くないわけではないが、震えるような事は無かった。
冬も終わりにさしかかり、気温は低いが視界を白く埋め尽くしていた雪は大分量を減らしている。
雪乃の魔法によって米田家の庭にはまだカマクラが健在だが、それ以外の場所は日陰に積もった雪が残るくらいで、少しずつ春が近づいているのがわかる景色だ。
空がその景色の中に歩き出そうとすると幸生がその目の前に立ち塞がり、くるりと背を向けてしゃがみ込んだ。どうやらおんぶしてくれるつもりらしい。
空はテルちゃんをヤナに預け、少々広すぎる幸生の背中にぺたりとしがみ付く。後ろから雪乃が持ち上げて、座りが良いように調整してくれた。
そうして準備が出来ると、米田家の一行は全員でぞろぞろと門を出た。
「どこいくの?」
「村の真ん中よ。百貫様のお堂はアオギリ様の神社の近くにあるの」
村の真ん中は空の足ではまだ遠い。道の状態も良くないし、のんびりしていると空が眠くなるかもしれないので、幸生が負ぶって行くことになったようだ。
それに納得し、空は幸生の肩越しに周りの景色を眺めた。
相変わらず、村人達は普通に歩いているように見えるのに足がとても速い。空にはまだ到底出せないような速度で歩いているので、村の中心にある神社の林がぐんぐんと近づいてくる。
目的地が近くなると、空はそこにどんなものがあるのかがやはり気になった。
「ね、ヤナちゃん。ひゃっかんさまて、どんなかみさま?」
空が隣を歩くヤナに質問すると、彼女は少し考え込んだ。
「どんな……と聞かれると困るのだぞ。見た目は普通の地蔵でな……オコモリ殿と、外見や子供好きなところは似ているか? あとは……修行好き?」
「しゅぎょーずき……?」
修行好きのお地蔵様、という存在が想像できず、空の頭の中に疑問符が浮かぶ。
「そうねぇ。百貫様は子供を直接守るような事はなさらないけれど、その成長を見守るのが大好きなお地蔵様なのよ。だから、強く大きくなりたい年頃の子供たちがよくお参りするわね」
「紗雪も良く通っておったはずだぞ」
「ままが?」
空は自分の知っている紗雪の姿を思い浮かべて首を傾げた。
紗雪の強さを具体的に見ていない空にとっては、その姿と強さが頭の中で上手く結びつかないのだ。
(田舎落ちしたって泣いてたから……強くなりたかったのかなぁ)
それが叶わず田舎落ちしたのなら何だか切ない、と空は思う。
「まま……もうすぐあえるかなぁ」
「もうすぐよ。来月の頭には、審査が通るって役場の人が言ってたからね」
トンボやナリソコネの騒動があったせいで、村の危険度を下げるという話は予定より少し遅れている。
それでもどうにか通りそうだ、と村の集会で雪乃は聞いていた。
「審査が終わったら、子供たちの春休みに合わせて会いに来るって言ってたわ」
「ほんと? たのしみ!」
空は所々に雪を残す田んぼや遠い山並みを見渡し、笑みを浮かべた。
雪が消えるのを少しだけ寂しいと思っていたが、一転して急に春が待ち遠しくなる。
「はる、はやくこないかな!」
「ふふ、春はもうすぐそこなのだぞ!」
そう言って皆に微笑まれると、頬に感じる風も心なしか暖かく感じられる気がした。
そんな風にお喋りをしている間に、一行は村の中心部に辿り着いた。
神社の前の広場に入ったところで、先頭を歩いていた雪乃がくるりと向きを変える。
足を向けた先は神社の脇に沿うように北へと続く道の方だった。
林を左に見ながらしばらく歩くと、神社の敷地と道の境目に小さなお堂が立っているのが見えた。
空は幸生の肩から乗り出すようにしてぐっと首を伸ばし、ペタペタとその厚い肩を叩いた。
「じぃじ、あれ?」
「うむ」
幸生は一つ頷き、やがてお堂の前で足を止めた。そしてしゃがみ込み、空を背中からそっと下ろす。
「ありがと、じぃじ!」
「うむ」
空がお礼を言うと幸生はゆっくり立ち上がり、それからお堂に向き合い頭を軽く下げた。雪乃やヤナもその隣に並び、同じようにお堂に向かって頭を下げる。
空もお堂に向き直って真似をして頭を下げ、それからその中を覗き込んだ。
お堂は、一見するとオコモリ様のお堂よりも一回り小さいようだった。
お地蔵様自体も、オコモリ様よりかなり小さい。高い台に飾られているが、目測では三十センチ前後の大きさに見えた。
(お地蔵様が小さいから、お堂も小さいのかな?)
空はそんな事を考えながらぐるりと見回す。
お堂は小さいが綺麗に整備されており、周囲の除雪もされている。お堂の中にはお供えの台や花瓶がきちんと並べられていた。
冬なので花は生けていなかったが、台にはみかんや餅菓子が皿に載せて供えてある。
このお地蔵様もオコモリ様と同じく、村人に大事にされているのは間違いないようだ。
「おじぞうさま、ちいさいね?」
「そうね。そういうお地蔵様だから」
雪乃はそう言ってしゃがむと、お供えの台に載っていたお皿を少し端に寄せ、場所を空けた。
そして家から持ってきた風呂敷包みを膝の上で開き、中から竹の皮に包まれたお饅頭を取りだした。
「百貫様。うちの孫が無事に四歳になりました。どうぞ、成長を言祝いでくださいな」
そう言って空いた場所に饅頭の包みが供えられた。
「自慢の孫だ」
「賢くて良い子なのだぞ!」
次いで、幸生とヤナがそう語りかける。
「さ、空もご挨拶してちょうだい」
雪乃に促され、空は二人の言葉にちょっと照れながらもう一度お地蔵様にぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、そらです!」
空が挨拶をしても、お地蔵様は特に動いたりはしなかった。
その当たり前のことにちょっとホッとしながら、空は頭を上げ、雪乃を見上げる。
「ばぁば、これでいいの?」
「ちゃんとご挨拶出来て偉いわね。じゃあちょっと待ってね」
雪乃は空に微笑みかけると立ち上がり、お堂のすぐ前を幸生に譲った。
幸生は雪乃の視線を受けて頷くと、お堂の正面にしゃがみ込んでおもむろに手を伸ばす。
「え」
空は幸生がお堂の中に手を伸ばして、お地蔵様をむんずと掴むのを見て目を丸くした。本当に無造作に、片手で掴んだのだ。
しかし幸生は空の驚きには気付かず、何でもないことのようにお地蔵様をお堂から取り出し、そしてそれを空の方へとすっと差し出した。
「え、え?」
目の前に出されたそれを、空は戸惑いながらも思わずじっと観察してしまった。石で出来たお地蔵様は頭も体も柔らかな丸みを帯び、こじんまりとしている。
にこやかな顔をしているが、よく見ればオコモリ様よりも鼻筋が通っていて眉がキリッと上がり、少しだけ男性的な雰囲気が感じられる気がした。
そんな造形の違いがわかるくらい間近にお地蔵様を差し出され、空が困惑していると雪乃が笑ってその頭を撫でた。
「さ、空。このお地蔵様を、空が背負うのよ」
「せおう……やっぱりせおうの? ぼく? そういうのいいの!?」
鎮座しているお地蔵様を取り出した事にも驚いたのに、それを自分が背負うのだと言われて空はおろおろと周りを見回した。しかし雪乃もヤナもニコニコしながら空を見守っている。
どうやら本当にこのまま背負うことになるらしい。
(ええと……赤ちゃんに餅を背負わせるとか聞いたことあるけど、そういう風習と同じような感じとか?)
空はそう考えて自分を納得させ、一つ頷くと地蔵を差し出す幸生にくるりと背を向けた。
お盆前後の忙しさで遅れました、すみません。