2-1:空の誕生日
「空、誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
「うむ、めでたいのだぞ!」
「ホピピピピッ!」
「ソラ、ソラ、オメデト!」
二月の、天気の良い日のこと。
空は四歳の誕生日を迎え、昼食の席で家族みんなからお祝いの言葉をもらった。
冬の騒動で家族が一人(?)増えたおかげで、米田家はますます賑やかだ。
「えへへ……ありがとう!」
空は幸生や雪乃、ヤナ、そして自分のすぐ脇にちょこんと並んで座るフクちゃんとテルちゃんを順番に見て、嬉しそうに、けれどちょっと照れくさそうに笑ってお礼を言った。
しかしその視線はすぐにスッと逸れ、目の前のテーブルに吸い付けられるように向かってしまう。
(黒毛魔牛のローストビーフおにぎり……あああ、美味しそう!)
テーブルの上には、誕生日のご馳走がずらりと並んでいる。
空の大好物の黒毛魔牛の肉で巻いたおにぎりをメインとして、そのすじ肉を大根と煮た料理や、鮭をたっぷりの野菜と一緒に蒸した料理、保存してあった巨大カボチャで作った黄色いスープ、冬眠ニンジンのサラダ、凍みリンゴを甘く煮たデザートなどなど。
冬なので保存してあった食材や日持ちのする根菜、漬物などを使った料理が多いのだが、好き嫌いの少ない空にとっては並んでいるもの全てがご馳走だ。
ご馳走を前にしてそわそわし出した空を見て雪乃が取り皿を手に取った。
「空、食べて良いわよ。どれからにする?」
取り分けてあげる、と言われた途端、空の瞳がキラリと輝いた。
「おにくのおにぎり!」
迷いのない言葉に微笑み、雪乃は大きな黒毛魔牛おにぎりを皿に取る。
「お代わりも沢山どうぞ」
「ありがとう! いただきます!」
言うが早いか、空はおにぎりを両手で掴んで齧りついた。口をいっぱいに開いてがぶりと一口噛みしめると、途端に表面に塗られた濃いめの醤油ダレの味と肉の旨味が押し寄せてくる。
「んまぁ……!」
うっとりと呟くその様は一年前と同じだが、空の見た目は大分違う。
弟の陸よりも低かった背は田舎に来てから随分と伸び、痩せていた頬も手足も健康な幼児らしくふっくらと柔らかそうになったし、顔色や髪の艶もずっと良くなった。
魔砕村に来てすっかり健康になった空の姿を、幸生も雪乃もヤナも、感慨深そうに見つめていた。
「空、こっちの煮染めやニンジンも美味いぞ。沢山食べると良いのだぞ!」
「うむ。今年の冬眠ニンジンはいつもより深く潜って掘るのが大変だったが、その分美味い」
「凍みリンゴも美味しいわよ。このリンゴは、実が凍り付くまで絶対木から離れないリンゴなんだけど、その分とっても甘いの」
次々に勧められて、おにぎりを頬張りながらも次はどれにしようかと空の視線がうろうろと迷う。
「んと……にものと、すーぷさきにする!」
まずはしょっぱい物から攻めよう、と空が決めると、雪乃とヤナが煮物やカボチャのスープを器に取り分けてくれた。
「ありがとー!」
空はどれも大喜びで受け取り、順番に次々口に運んだ。
すじ肉はとろりと柔らかく、大根にその旨味が染みている。鮭料理も、鮭の塩味と野菜から出た甘みが溶け合ってとても美味しい。
カボチャのスープは和風出汁と合わせてあったが、優しい甘さでいくらでも飲めそうだ。
ニンジンのサラダはシャキシャキして甘く、歯ごたえが楽しくてお代わりしたくなる。
合間に夏に雪乃が沢山漬けた古漬けを挟むと、味が変わってまた最初から全部食べたくなった。
相変わらず、空の胃袋は底なしに近い。
料理を楽しんでいると、ふとヤナが顔を上げ雪乃に声を掛けた。
「そういえば、今朝がた紗雪から荷物が届いていたようだったが、何だったのだ?」
「空への誕生日の贈り物ですって。ね、空」
「うん! あんね、ぱぱとままからくれよんもらったの!」
「くれよん……絵を描く道具だったかの?」
「そう! りくとおそろいだって!」
紗雪が送ってくれたのは二十四色も入っているクレヨンと画用紙のセットだった。
貰ったそれらを見て、そういえば今世では絵を描くという遊びをまだほとんどしたことがなかったと空は初めて思い至った。
東京にいた頃は陸や小雪はたまにお絵かきして遊んでいた気がするが、空は日々のほとんどを寝て過ごしていたので参加した記憶も薄いのだ。
「おえかきして、ぼくもおてがみだすの!」
「それは良いな。きっと向こうの皆も喜ぶぞ」
「うん!」
空はにこにこと頷き、皿に補充された三つ目のおにぎりを手に取った。
やがてずらりと並んでいた料理も、あらかた皆のお腹に収まった。
空は心ゆくまで黒毛魔牛のおにぎりを食べ、最後に残ったデザートのリンゴの甘煮を美味しく食べ尽くして、ふはぁと満足そうに息を吐いた。
それを見てヤナがくすくすと笑う。
「空、美味かったか?」
「うん! どれもぜーんぶおいしかった! ごちそうさま!」
空の返事に雪乃が嬉しそうに微笑み、そしてふと時計を見上げた。
時計は一時半を過ぎた頃を示している。
「ちょうど良い時間ね。片付けは後にして、そろそろ行きましょうか」
「うむ」
「お、ではヤナも見に行くのだぞ!」
雪乃の言葉に幸生とヤナが立ち上がる。三人は食卓の上の器を手早く集めると、水を張った流しに浸したり、残った料理に布巾を掛けたりと簡単に片付けを済ませた。
空はそれを見て不思議そうに首を傾げた。
「みんなで、どこかいくの?」
「ええ。さ、空も上着を着てちょうだい。お昼寝は帰ってからにしましょうね」
雪乃は頷いて空に上着を差し出した。
空は勧められるままに上着に袖を通し、靴下を穿いてマフラーを巻く。
上着のフードにフクちゃんがパタパタと飛び込み、足下に寄ってきたテルちゃんを胸に抱えて準備が出来る。
玄関に行くとヤナが草鞋を履かせてくれた。
「ヤナちゃん、どこいくの?」
「ああ、空が一つ年を取ったことを村の地蔵殿に報告に行くのだぞ」
「おじぞうさん? おこもりさま?」
空が聞くと、しかし皆は首を横に振った。
「オコモリ様じゃないお地蔵様もあるのよ。百貫様って呼ばれてるお地蔵様ね」
「ひゃっかんさま?」
知らない名前を空が呟くと、幸生が空の頭を優しく撫でて頷いた。
「うむ……今日は、その百貫様を背負いに行くのだ」
「……なんて?」
言われたことの意味がわからず、空は思わず半眼になって聞き返した。
「そうだぞ! 空はどのくらい背負えるだろうな? 楽しみなのだぞ!」
しかし残念ながら、聞き返してもやっぱり全く意味がわからなかったのだった。
いつも読んで下さってありがとうございます。
そろそろ更新を再開しようと思っているので、とりあえずプロローグだけ。
まだペースを決めていませんので、しばらくは週一か不定期だと思います。
よろしければまたお付き合いをよろしくお願いします。