表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
冬の灯火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/265

124:消えた明良

 その日の朝も、空はいつもと変わらない時間に目を覚まし、朝ご飯をたっぷり食べた。

 それからフクちゃんと幸生と一緒に庭に出た。今朝は新たな雪は降り積もらなかったので雪かきは必要ないのだが、幸生はこまめに冬の庭や畑の様子も見ているのだ。

 空はそれにくっついて裏庭に行き、未だに崩れる気配のないカマクラの点検をしたりしてうろうろと歩き回る。

 歩いていると雪に足を取られて転んだりもするが、積もった雪の上に倒れるだけだし、それもまた楽しい。

 空が転ぶとフードの中にいたフクちゃんも放り出されて一緒に転がってしまうのだが、フクちゃんも意外とそれを楽しんでいるらしかった。

「あはは、まっしろ!」

「ピルルルッ!」

腹ばいに転んだ空が、雪が付いて真っ白になった自分のお腹を見てけらけらと笑う。

 空のフードから転がり落ちて雪に埋もれたフクちゃんは、ぶるぶると身を振って頭や体に付いた雪を払い落とした。

 楽しんでいないのは、手を出すべきかどうか悩んで傍でオロオロとしている幸生だけだ。もちろん顔にはほとんど出ていないが。

「……空、雪まみれだ。少し払うぞ」

 空はコートのあちこちに雪をたっぷり纏って、えへへと笑う。

 幸生は細心の注意を払って、若干プルプルしながらそれらをそっと払い落とした。

「じぃじ、ありがとー!」

「うむ。寒くないか」

「だいじょぶ!」

 元気良くそう返事しながら、空は真っ白な庭をぐるりと見回した。

 もうここには雪と庭木以外、何もないように見える。畑に残っていた大根も白菜も、今は皆引っこ抜かれて集められ、家の近くに置いて雪に埋められていた。

(雪は楽しいけど……そろそろ、雪以外も恋しいなぁ)

 そんな事を思いながら空は幸生を見上げた。

「ね、じぃじ、ゆきっていつまであるの?」

「む……大体、二月の頭くらいまではこのままだな。三月には多分消えている」

「そっかぁ。まだちょっとさきだね」

 残念そうに言うと、幸生が空の前にしゃがみ込んだ。

「雪は飽きたか?」

「だいじょぶ! でも、たのしいけど、ちょっとほかのこともしたいなって。ゆきがあると、みんなとあんまりあそべないし……またみけいしさがしたり、さんさいとったりしたいな!」

「身化石か……そうだな。どれ」

 幸生は足下に手を下ろすと、何かを探るように目を閉じた。そして再び目を開くと、少し離れた場所に行ってまたしゃがむ。

「じぃじ?」

 何をするのかと空が見ていると、幸生は手をドスッと雪の中に差し込んだ。しばらくごそごそと雪の中を探るとその手を抜きだし、握った拳を空の前で開く。

 開いた手の中には緑色の身化石が乗っていた。

「わぁ……じぃじ、ゆきのうえからでも、みつけられるの!?」

「うむ。これもまぁ、石だからな。土魔法が得意だと、石は見つけやすい」

「えー、すごい! おもしろい!」

 空が喜ぶと幸生は場所を変え、いくつかの身化石を見つけてくれた。

「ほら」

 「ありがとう! あ、これ、あきにみたやつだ!」

 幸生が集めてくれた石を空は両手に乗せて眺めた。その中に秋頃に空が見つけて明良が好きそうだなと思った石が混じっていたのだ。

 変化した部分が鮮やかで綺麗な青色の石だ。空が見つけた時は、青くて透明な部分はまだ三分の一ほどだったが今はもう少しだけ増えたような気がする。

「……やっぱりこれ、アキちゃんにあげようかな」

「身化石はこの村なら庭から移動させても、ゆっくりだが魔素を吸収して変化する。持っていって長く楽しむのも良いだろう」

 幸生の言葉に空はパッと顔を輝かせて頷いた。

「じゃあもってかえって、こんどアキちゃんにわたす! じぃじ、ありがとう!」

 空は青い石を大事そうにポケットに入れると、他の石も吟味する。

 緑の石と、黒水晶のような石、赤っぽい石もある。どれも綺麗だ。

 空は緑の石と黒水晶のような石を自分の宝箱に入れようとポケットにしまい、赤い石はもう少し庭に置いておこうと木の下に転がした。

「そろそろ家に入るか」

「うん! きょうのおひるなにかなぁ」

「さて……昼はわからんが、夜は空の好きなはんばあぐにしようかと言っていたぞ」

「はんばーぐ! やったー! なにあじかな!?」

「……味が色々あるのか?」

「そうだよ! でみぐらすとか、わふうとか、てりやきとか!」

「でみ……? うむ……俺は照り焼きが良いような気がする」

 よくわからないのでとりあえず馴染みのある名を幸生は選んだ。

「じぃじはてりやきがすき? じゃあ、てりやきで、めだまやきのせて、まよもかけてもらおう!」

 空の具体的過ぎる提案に、その全てを解読できず幸生は首を傾げた。しかし空が嬉しそうなのだから多分美味しいことには間違いないのだろう。

「てりたままよはんばーぐ、たのしみ!」

「ああ、楽しみだな」

 昼食前から既に夕飯を楽しみにしている、そんな食いしん坊の孫が幸生は可愛くて仕方が無かった。


 少し早めの昼食に大盛りの焼きそばを三皿平らげ、少しだけ昼寝をした午後の事。

 空は幸生が見つけてくれた身化石を収めるべく、寝室で一人宝物箱を開けていた。

「こっちはぼくので、これはアキちゃんにあげるやつ……いくつまでならいいんだっけ?」

 空の宝物箱には去年庭で拾った身化石が三つと、夏に降ってきた雨石と、陸から貰った東京の自然公園の丸い石、それにパチンコとドングリ入れが大切にしまってある。

 そこに今日身化石が二つ足されて、全部で五つになった。明良にあげる予定の石もとりあえず一緒に入れておく。

 あまり集めすぎても良くないと言っていたので、ひとまずこの辺にしておこうかなと空は身化石を丁寧に並べた。

 それから空は陸から貰ったただの丸い石を手に取った。

「りく、げんきかな……あれ?」

 石を手に取ってくるりと回すと、その一部分が微かに変色しているような気がして、空はそれをじっと見つめた。

「ちょっとだけ、みどりになってる? これもみけいしになっちゃうのかな……え、そしたらいつか、どっかいっちゃう!?」

 それは困る、と空は慌てて箱を閉め、それだけ持って立ち上がった。

「フクちゃん、いこ!」

「ホピッ!」

 陸がせっかくくれた宝物の石がいつか身化石になって、何か別のものに変身してどこかへ行ったりしたら空は悲しくなってしまう。

 その可能性があるのかどうかすぐヤナに確かめねば、と空は囲炉裏の傍を目指す。

 しかし、居間に入った途端玄関の方から切羽詰まった声が聞こえて空は足を止めた。


「じゃあ、来てないの? 本当に!?」

 聞こえた声は、美枝のもののようだった。

 居間には誰もおらず、空はそっと玄関の方へと近づく。障子越しに聞こえる大人たちの声は、誰の声も焦ったような色を帯びている。

「いつからいないの? 気付いたのは?」

「ついさっきなの。今日は茜ちゃんが検診で隣村に行ってて、それで私が家にいたんだけど……朝食の後、明良は居間で遊んでたから、私はちょっと猫宮さんと一緒に倉庫の点検やウメちゃんの世話に行って……」

「戻ってきたときは?」

「居間にはいなかったけど、玩具が沢山ある子供部屋に移動したんだとばかり思ってたのよ。それで、お昼ご飯に呼んでも来ないから部屋に行ったらもうどこにもいなくて……」

 それっきり明良の姿が見えないのだと美枝は説明した。

 明良がいないことに気付いた美枝は急いで家の敷地中を探し回ったが、どこにも明良の姿を見つける事は出来なかった。ひょっとして近所に一人で遊びに行ったのではと野沢家を訪ね、そこでも見つからず米田家に来たのだ。

 空がそっと覗くと、美枝はいつもきちんとしている髪を乱し、ひどく焦っている様子だった。

「他に心当たりは? ご近所は全部回った?」

「まだ、野沢さんとこと、ここだけなの」

 美枝の言葉に雪乃は幸生と顔を見合わせて頷いた。

「手伝うわ。まず怪異当番に連絡して、それからご近所を回りましょう」

「怪異……まさか、そんな」

 雪乃は、そう呟いて首を横に振る美枝の肩に宥めるように手を置いた。

「何事もなければそれで良いのよ。美枝ちゃん、まずは少し落ち着いて、ね?」

「そうだぞ。ほれ、まず水を飲んで一息つけ。怪異当番にはヤナがすぐ連絡してやる。それから、明良が行きそうな場所を考えるのだぞ」

「ヤナちゃん……ありがとう」

 美枝はヤナが差し出した白湯の入った湯呑みを受け取り、その温かさに少しだけ表情を緩めた。それを一息に飲み干し、深い息を吐く。

「俺は先に出てくる」

「ええ、私たちもすぐに行くわ」

 幸生が玄関から出ていく音を聞きながら、空は青い顔をしながらふらふらと囲炉裏の傍に座り込んだ。嫌な予感が胸に湧いてきて、思わず着ていた服をぎゅっと掴む。

「アキちゃん……いなくなっちゃったの?」

 小さく呟き、しかしもしかしたら水たまりに落ちたのかもと考えた。

 水たまりならば空も既に経験者だ。あの時は大層ビックリしたが、すぐに村から助けが来た。

 きっと明良もすぐ助けられるに違いないと思うと、少し心が軽くなる。

「だいじょぶだよね……?」

「ホピッ!」

 けれどあの時、空の傍にはフクちゃんがいてくれた。明良にはフクちゃんがいない。

 どこかで明良が一人で泣いていませんようにと、空は一人願った。

書籍の四巻が七月二十日に発売になります。

予約開始されておりますので、どうぞよろしくお願いします!

活動報告に詳しく載せております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] あぁ… 本当にあきらくんが一人で泣いてないと良いな(´・ω・`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ