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101:食べても耐性は上がらなかった。

 それは例えるなら、黒板を爪でひっかいたような、すごく下手くそなバイオリンの音のような、そんなキーともギーとも区別の付かない音だった。非常に不快で神経を逆撫でするような音だ。

 音はそう長くは続かなかったが、空はその不快さにブルブルと頭を横に振った。

「やなおとー! じぃじ、なにこれ!?」

 ぎゅっと口を引き結んでいた幸生は、孫の問いに手にした大根をずいと差し出した。

「これは、抜かれて驚いた大根の叫び声だ」

「さけびごえ!?」

 そういえば確かに以前、大根は引っこ抜くと驚いて叫ぶとヤナに教えてもらっていた事を空は思い出した。うるさいだけで害はないといわれた事も。

 その時は物語に出てくる不思議な植物のようだなと思い、声を聞いても死んだりしないならいいやという感想を抱いたのだが。


 空は幸生が持つ大根をまじまじと見つめる。多少泥は付いているが白い肌。真っ直ぐに健康に育ったといわんばかりの長く太い根。

 その白い肌のどこにも顔や口のようなものはなく、これが叫んだとしたら一体どこからと疑問に思わざる得ない。そもそもどうやって畑から逃げ出したのかも気になるが。

「どこからこえでたの!?」

「知らん」

 首を横に振る幸生を見て、空は後ろにいる雪乃の方を振り向いた。しかし雪乃も首を横に振る。

「ばぁばも知らないのよ。本当に、どうやってあんな音出してるのかしらねぇ。でもただうるさいだけで別に害はないから大丈夫よ」

「あるよー! ぞわぞわするもん! いーってなる!」

 空がたしたしと足踏みすると、雪乃が困ったように笑う。

「でも、採らないと沢庵が作れないわ。おでんも煮物も無理ねぇ……」

「たくわん……!」

 空はハッと息を呑んだ。確かに、たった二本抜いただけでは沢庵は作れない。畝いっぱいに植えられて毎日成長を楽しみに眺めていた大根たちが、この庭のあちこちにまだ隠れているのだ。

「空は見つけるのを手伝ったらどうかしら? 抜くのは私かじぃじがやるから」

「が、がんばる! ぼく、がんばってさがす!」

 あの音は我慢できないくらい不快だが、だからと言って沢庵もおでんも諦めることは出来ない。空はぐっと拳を握って力強く頷いた。

「とりあえず、残りのを抜くぞ」

 ここで見つけた大根は五本。まだ三本が隅っこで逃げたそうに揺れている。空は耳を手でしっかり塞いで幸生がそれを抜くのを見守ったのだが。

 ズボッと大根が引っこ抜かれた途端、キィィィー! とまた叫び声が響く。

「んにゃあぁぁぁ!」

 耳を塞いだのに不快感はその手を通り抜けて空の背筋を震わせた。

「なんで!?」

「何でかしらね……耳を塞いでもうるさいのよ。でも、そのうち慣れるから大丈夫よ」

 雪乃も幸生もちょっと顔をしかめたがそれ以上嫌がる様なそぶりは見せていない。雪乃は傍にあった別の低木の陰に大根を見つけると、ためらう様子もなくずぼっと引っこ抜いた。

「ふきゃあぁぁ!」

 空はじたばたと足を踏みならし、叫び声に耐えた。その間にも幸生は残った大根を抜き去っている。気持ち悪がってうーうーと唸る空に、幸生が畑の入り口の方を指さした。

「……空、籠を持ってこれるか」

「あ、うん!」

 幸生に言われて空は慌てて耳から手を離すと幸生が指さした方に走った。そこに幸生が朝の早いうちに用意しておいた籠が重ねてあるのだ。

 結構大きい竹籠なのだが、今の空はそれなりに力がついたので一つずつならちゃんと運んでこれる。

 籠の隙間に指を入れてよいしょと持ち上げる。空の体の三分の二くらいはありそうな大きさなので前方に抱えると結構歩きづらい。よたよたと一生懸命運ぶその姿は籠に足が生えて歩いているようだ。それを幸生も雪乃も微笑ましく見守った。

「はい、じぃじ!」

 空は得意そうな笑顔で籠を幸生の前に置いた。

「うむ、ありがとう」

「えへへ。ぼく、だいこんさがして、かごもってくるね!」

 抜くのは嫌だし叫び声の聞こえない場所まで遠ざかりたいくらいだが、手伝える事があって良かったと空は安堵した。

 まだあまり戦力になっていない自覚はあるのだが、家族と一緒にこうやって何か作業をするのが空は好きだ。頑張ってお手伝いした後、美味しいご飯が出てくるとなればやりがいもある。

 空は二人のところにせっせと空の籠を運び、手が空くと木の下や陰、草むらを覗き込んで隠れている大根を探した。

「あ、いたよ!」

「今行くわ」

 そうして見つけた大根を引っこ抜いてもらう。

 その度に叫び声に我慢出来ず、空はその日何度も可愛い悲鳴を上げた。


「だいこん、いっぱい!」

 庭中をぐるりと回って収穫された大根は、縄で結ばれて家の軒先に吊り下げられた。

 少し前までそこには干し柿がのれんのように下がっていたのだが、今度は大根ののれんだ。

 葉を切り取られ、何本も段にして縄で結ばれた大根の姿は空が初めて見るものだった。テレビや写真でしか見たことのないような風景は空にはとても珍しく、田舎らしくて逆に新鮮だ。

 その上これがやがて美味しい沢庵になるというのだから、いくら眺めても飽きない。

「空ったら、そんなに眺めてもすぐに水分は抜けないわよ?」

「うん……でも、なんかこれすき!」

 縁側に座ってニコニコと大根を眺める空の頭を撫で、雪乃は余った大根の葉を広げた笊を可愛い孫の隣に幾つも並べた。

「はっぱもほすの?」

「ええ、炒めたのは美味しいけど、一度に全部は使えないもの。カラカラにしたら長持ちするのよ」

「だいこんのはっぱのふりかけ、すき!」

 大根の葉っぱを炒めた物はご飯に合う。すなわち正義だ。

 細かく切った葉っぱをじゃこやショウガなどと一緒にごま油で炒め、ごまやかつお節など好みの物と合わせて醤油で味を付けるだけの料理なのだが、いつもとても美味しい。蕪の葉っぱで作っても美味しい。

「今日食べる分はとってあるから、葉っぱはふりかけにして大根は煮物にするわね」

「うん!」

 空はその素敵な提案に元気よく頷き、ぶら下がる大根をまた見上げる。

 庭の大根は沢庵漬けにする分を収穫したが、三分の一ほどは冬の間に食べる分として残してあった。

 庭中から回収してきた大根のうち、残すものを幸生がまた畝にズボリと戻し、まだ食わないからとよく言い聞かせて、さらに周りに簡単な柵を立てて逃げられないように囲っていた。

 もうすぐ雪が降るので、そうしたら雪に埋めて保存するとまた長持ちするらしい。

 雪乃はそれらの大根をどんな料理にしてくれるんだろうと、空は想像してみた。

 おでんやふろふき大根にして、とろっと柔らかく煮てもらっても良いし、鶏肉などと一緒に少し歯ごたえを残して煮た料理も美味しい。火を通してからバターと醤油で焼いた大根ステーキもきっと美味しいだろう。

(あと何があったかなぁ……シャキシャキのサラダに炒め物……大根もちっていうのもあったよね?)

 様々な美味しい大根料理が食べられるのなら、悲鳴を上げ地団駄を踏んであの不快な叫び声に耐えた甲斐があるというものだ。

(大根いっぱい食べたら……あの音が平気になったりしないかなぁ)

 そんな事を考えながら、空は夕飯の大根に思いを馳せたのだった。

この大根は田舎では大人しい方なので、完全に普通扱いです。

味も美味しい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 田舎の人で「嫌な音」は、都会の人からすれば「魂抜かれるほど嫌な音」なんだろうねぇ。 空くん、来たばかりの頃で大根の声聞いたら危なかったんじゃない?
[一言] 別作品の某領主(7歳)の使い魔のマンドラゴラは根っこと葉っぱの境目辺りに口がある設定だったなぁ
[良い点] 面白くて一気見しました! 身近な食材がファンタジーしてるせいか、読み進めていく度に予想外でめちゃわらいました。 異世界物の主人公を見て驚くキャラってこんな気持ちなのかーって思いました。 …
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