第8話 模擬戦
「ハァァァアァッ!」
開始の合図と同時に景之は純一に走り寄り、青く輝く両刃剣を振り下ろす。
力と『心力』が込められた一撃だったが、確かな修練の積み重ねから鋭いものだった。
それでも━━━━
「やっぱり、都市内で生活していたらこんなもんか」
「なっ?!」
それを純一は、抜刀もせずに避けていく。
もちろん、景之は『心力』で身体強化をし、専用に調整された『心機』を使用していた。
SランクとFランクでは、初めの一瞬で決着がついている筈の状況。
加えて、景之は実家である八岐の道場で幼少期から鍛錬を積んできた。
その自負がある。
だからこその狼狽だった。
「逃げるな、Fランクっ!」
「……それ、心喰獣にも言うつもりじゃないよね? 奴らは、僕たちを喰うためならどんなこともしてくるよ?」
「知ったような口を!」
実感の籠った純一の言葉をそう斬り捨てると、さっきよりも力を込めて剣が振るわれる。
抜刀も出来ていない純一に対して、攻撃をしている景之の方が有利に見えるのか、観客は景之にむけて歓声をあげていた。
「はぁ……逃げてるんじゃなくて、君が当てられてないだけなんだけど……」
呟いた純一は、見せつけるように抜刀する。
飾り気のない黒い刀身が、演習場の照明でギラリと輝いた。
「ほら、今度は受けてあげるから、来なよ」
「Fランクのくせにっ!」
感情の爆発に呼応するように、景之と『心機』を包む『心力』の青色が輝きを増す。
それを見て観客が更に歓声をあげる一方で、純一は呆れた表情を隠さずに刀を持っていない左手で頭を抱えていた。
「これでっ、終わりだなっ!!」
純一の脳天めがけて振り下ろされる凶器。
それでも、審判役である氷室はジッと二人を見据えたまま動こうとはしなかった。
一瞬の後、刀と剣の衝突による甲高い音と同時に火花が散った。
「な、にっ……?!」
攻撃が当たる直前、前動作なくユラリと掲げられた刀が、満身の力を込めて振り下ろされた剣を迎え撃っていた。
それも片手で、軽々と。
「なぜだ!なぜ、『心力』も纏っていない『心機』で受けられる?!」
「はぁ……君の目は節穴か?」
景之の言葉に、少し前まで抱いていた苛立ちや呆れが霧散していく。
残ったのは、哀れみの感情だけだった。
「俺を馬鹿にするな、Fランク!」
「君はさっきからそればっかり、FランクFランクと馬鹿の一つ覚えみたいに言って。じゃあ聞くけど、そんなFランクに苦戦している君はなんだよ、Gランクか?」
もちろん、そんなランクは存在しない。
「こ、のっ!!」
そのまま憤死するんじゃないかというほど顔を赤くしながら、突っ込んでくる景之。
自分のみが正しいと思っている性根、想定外の事にいちいち狼狽する未熟さ、どれも“外”の世界では致命的な隙だ。
本来であればその隙を突く純一だったが、そうはしなかった。
今までの言動から、そんな事をしてもこの男が負けを認めないことが分かっていたからだ。
この模擬戦が終わってからも、難癖をつけて付きまとわれるのは面倒でしかない。
単純に、真正面からの力比べに負けないと理解できない、しようとしない。
「くそっ!!Fランクのくせにっ、ゴミのくせにっ!」
だから、徹底的にやる。
二度と関わってこないように、実力の差を本能レベルで分からせる。
そのために初めは抜刀せず、身体捌きだけで避けて見せた。
その後に抜刀して、真正面から攻撃を受けることで事実を分からせる。
本人よりも見ている方が分かりやすいのか、剣戟を重ねるごとに演習場に響いていた歓声が消えていった。
「す、すごい!純一ってば、『心力』も纏ってないのに互角に戦ってる!?」
「もしかして、あの『心機』が凄いものだった……?」
「……違う」
「「え?」」
二人の言葉を静かに否定した深愛の視線は、純一の姿を凝視していた。
一方で、思いもしなかった状況に景之は焦っていた。
当たらない攻撃、押し通せない鍔迫り合い、予想しなかった苦戦。
焦りが焦りを呼び、ある疑念を生みだした。
「氷室教官!Fランクが持つあの『心機』、何か細工がされている筈です!」
『心力』を纏っていない『心機』に打ち勝てない。
そんな普通ならば有り得ない状況に熱くなった景之は、模擬戦中だというのに相手である純一から目を離していた。
「何を言い出すかと思えば……。よく見て見ろ、須佐はしっかりと『心機』と自分を『心力』で覆っているぞ」
「そんなっ!俺が見逃しているというんですか?!」
「その通りだ。八岐、お前だって実力がない訳じゃないんだ。一度冷静になって須佐を見て見ろ」
模擬戦とはいえ、倒すべき敵を前にしてあまりに隙だらけで無防備な姿だったが、純一は攻撃しない。
むしろよく見ろと言わんばかりに、構えていた太刀を目の前に突き出した。
「Fランク風情が俺に勝てるわけがないんだ。何かズルをしているはず……」
「全く……、何がお前をそこまで駆り立てるのか知らないが、宝の持ち腐れだぞ」
自分の助言に一切耳を貸そうとしない景之の姿に、流石の氷室も呆れた表情だ。
「いいか、よく聞け。そしてよく見ろ。須佐の『心機』と身体の表面を」
氷室の言葉に、観客席にいた全員が目を凝らす。
「……うっすらとだけど、純一の周りに『|心力』の輝きが見える」
「……ほんとだ、咲の言う通り。もしかして、深愛はさっきから気付いてた?」
「もちろん!だって、じゅんくんのことだもん」
答える間も純一から目を離さなかった深愛の瞳は、純一が精緻に制御する『心力』を捉えていた。
深愛以外にも、一部の実力ある上級生や教官が純一の纏う『心力』に気付いていた。
『心力』を『心機』や自身の身体に纏わせるのは、心装兵としての超基本技能だ。
しかし、ただ単に纏わせただけでは無駄な部分が多くなる。
一見すると景之の様に青く輝く『心力』の光は派手で、力強くみえるだろう。
実際には、その殆どが身体強化などで使われていない綺麗なだけのものだったとしても。
一方の純一が行っていることは、自身が発した『心力』を制御することで、無駄に消費されないようにしているのだ。
そうすることで、長く戦えるようになるばかりか、纏う密度つまりは強化の強さも変わってくる。
そんな純一の制御技術を間近で見ていた氷室は、予想以上の実力に驚くと共にある懸念を抱いていた。
(最強の心装兵集団と名高いヤタガラス教導傭兵団から推薦されるだけはある。制御技術はSランク相当……『心機』の扱いもBランク以上はあるだろう。『心力』ランクがFなのも怪しいところだ。しかし……)
その視線の先には、再び純一が構えた『心機』があった。
(あれだけの密度を纏わせて、ただの『心機』が無事であるわけがない。このままでは、須佐の力に耐え切れないぞ)
須佐の持つ太刀の『心機』に異常が起きたのは、それからすぐの事だった。




