第21話 侵入
大和都市上空。
半円状に張られているバリアの更に上に、ソレはいた。
都市へ侵攻しようとする心喰獣5体に、それを阻むバリアは悲鳴のように明滅している。
都市内部では、侵入された際の落下予想地域の住民から避難が開始されていた。
「早く行けよ! 心喰獣が来る!」
「誰か! ウチの子供を見ませんでしたか?!」
「皆さん! 落ち着いて! 落ち着いて避難して下さい!」
阿鼻叫喚の渦に飲み込まれた人々の中で、都市に残された防衛軍の心装兵が必死に避難誘導をしている。
都市には、万が一に心喰獣が侵入した場合に備えて地下シェルターが市内各所に設置されている。
人口の殆どを収容することが出来る広さがあるものの、普段は避難訓練などで使用されることがあるだけで、実際に避難するとなるとスムーズには進まなかった。
そんな中、明滅を続けていたバリアが一際明るく輝くと、ガラスが砕けるような音が響き渡る。
あまりに大きな音に、避難を進めていた群衆が空を見上げる。
その視線の先に映っていたのは、大きく開いたバリアの穴とそこから都市内部に侵入してきた心喰獣の姿だった。
一瞬の静寂。
次いで、群衆の悲鳴が響き渡った。
「きゃあああぁっ!?」
「バリアが破られた! もうお終いだぁ!」
秩序を失った群衆へ襲い掛かる心喰獣。
都市に侵入した心喰獣は、事前に発見されていた集団には居なかった種類、鋭い鈎爪と醜悪な面持ちの数少ない飛行可能な伝承級、姑獲鳥型であった。
次々と上がる悲鳴の中で、避難誘導をしていた心装兵が『心機』を構える。
心喰獣にとって『心力』が多いことは、絶望といった負の心に次いで美味の基準であると考えられている。
つまり心装兵たちは、自分たちを囮にしながら住民が避難する時間を稼ごうとしていた。
しかし、そんな心装兵の悲壮な覚悟を嘲笑うように、心喰獣は彼らを蹴散らしていく。
より美味な“餌”にありつくために一息で殺すようなことはせず、実力差を見せつけるようにじわじわと甚振っていた。
圧倒的な力量差に心装兵たちの間で絶望が広がりはじめ━━
ドゴオォッ!!
轟音を立てて、乱入者が現れた。
「な、なんだ?!」
巻きあがった砂埃の中から現れたのは、深愛を引き連れた景之だった。
「深愛! お前はここで俺の実力を見ていろ! そうすれば、あの卑怯者よりも俺の方がお前に相応しい事が判るだろう」
一方的にそれだけを言うと、長剣を構えて心喰獣に吶喊する。
突然の出来事と、あまりにも普段と違う雰囲気の景之に驚いていた深愛だったが、周りに傷ついた心装兵が居ることに気付くと、すぐにその傍に寄った。
「大丈夫ですか?!」
「き、君は……都立士官学園の学生か。どうしてここにいる? 学生は防壁の警護に派遣されてきたもの以外は待機しているはず……」
「私は彼に無理やり連れてこられたので……。それよりも! 怪我しているじゃないですか! すぐに治療しますね」
「君は……?」
「私、これでも回復特性持ちなんです。でも、ちゃんとした訓練をしているわけではないので……」
言いながら深愛は倒れている心装兵の手を握ると、目を閉じ集中し始めた。
心喰獣と戦闘を繰り広げている景之の荒々しい『心力』光よりも優しい光が広がり、心装兵の傷ついた身体に流れていく。
「これで学生……?」
「ごめんなさい。あまり動かないで下さい」
「あ、ああ……」
驚きを露わにした心装兵に、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしながら治療を続ける。
Sランクに至るほど大きな慈愛の心と希少な回復特性が合わさって、心装兵の傷はみるみる塞がっていった。
「……とりあえず、これで大丈夫だと思います」
純一に行った時よりも時間を掛けながら、それでも完全に傷を塞ぎきる。
「これは……凄いな。傷がしっかりと塞がっている。ありがとう」
「いいえ、これくらいしか出来ないので……。あ、他に怪我をしている人は……?」
「それがあっちにも……」
ドオンッ!!
「今度は何だ?!」
再びの轟音に音のした方向を見ると、家屋の瓦礫に埋もれる景之の姿があった。
消耗しているのか、額に大粒の汗を滲ませながら必死に抜け出そうとするが、上手く身体強化に籠める『心力』を制御出来ないのか、苦戦している。
そんな景之に向かって、心喰獣がゆっくりと近づいていた。
その数は3体と減っているが、圧倒的な力量差に変わりはない。
むしろ、怪しげな薬を使っているとはいえ、入学したての学生が伝承級2体を撃破しているこの状況は驚嘆すべき事実だった。
「ぐっ、くそ! 『心力』が、上手く制御できない!」
ふと、心喰獣が足を止め、深愛たちを見た。
「深愛!」
その姿を見た景之が深愛の名前を叫んだ時、心喰獣は何かを思いついたとばかりに醜悪な顔に歪な笑みを浮かべた。
今まで追い詰めに掛かっていた景之の事は忘れたかのように、深愛たちの方向へ向きを変える。
「おい……どこへいく! お前たちの相手は俺だ!」
景之の叫びに、心喰獣たちは更に笑みを深めた。
彼らはその叫びで確信したのだ。
自分たちに歯向かった男の弱点が、目の前の少女にあるという事に。
「あ、え……」
真っすぐに見つめられた深愛は、突然の恐怖に身がすくみ動き出せずにいた。
その間にもゆっくり、ゆっくりと距離を詰めていく心喰獣。
背後から聞こえる景之の叫びは、彼らにとって心地の良い音楽だった。
遠く無かった心喰獣との距離はすぐに無くなり、深愛の視界一杯に心喰獣の巨体が広がる。
傍らに横たわる心装兵が、深愛を護ろうと身じろぎするも起き上がれずにいる。
傷が塞がれたとは言え、ついさっきまで重症だったのだ。
無理もないことだった。
景之の叫びが更に大きく、悲痛なものになる。
その声、一音一音を噛み締めるようにしながら、心喰獣はその大きな鈎爪を振り上げた。
(助けて……じゅんくん!)
恐怖に声が出せず、目を瞑りながら胸の内で叫ぶ深愛へ鈎爪が突き刺さる直前、深愛の頬を微風が撫でた。
「え……?」
いつまでも襲ってこない衝撃と、場違いなほど優しい風に恐る恐る目を開ける。
すると、目の前に居たのは恐怖の対象であった心喰獣の姿ではなく、ずっと昔から好きだった少年の後ろ姿だった。




