魔物使いの上司
「タイショクします」
この魔物使い、何言ってんだ?
いやまてよ。タイショク……タイショク……あ、退職! 言うに事欠いて退職か!
突拍子もなさ過ぎて理解するまでに時間掛かっちゃったよ、おい!
あー、頭痛い。思わず額に手を当てちゃったよ。
取り敢えずお茶を煎れて落ち着こう。さてどうしたものか。
ここは取って置きのお茶と角砂糖を用意しようか。
「ほら、お茶でも飲んで、落ち着いて話そう」
「こりゃどうも」
おー、お茶が苦い。だが、今の気分にはちょうど良い苦さだ。
「苦っ!」
「ほら、苦かったら角砂糖があるぞ」
「あー、こりゃどうも」
四つか。相変わらず遠慮が無いな。まあ、今日を最後と思えば腹も立たない。
引き留められるとは思ってないからな。引き留めようとも思っていないが。
それでも、一応上司として話はしなきゃいけない。それがちょっと面倒だ。
「退職ねぇ。それって城勤めを辞めるって意味でいいか?」
「当然です」
「国に何か不満でも?」
「いやあ、俺の評価が低すぎると思うんですよね」
「どうしてそう思う?」
「魔物を使えるのは俺だけなんですよ?」
「まあ、そうだな」
「それなのに給料安過ぎでしょ。とてもじゃないけど暮らせませんよ」
「四人家族を養ってて暮らして行けている俺の倍の給料で独身のお前が暮らして行けない? 何の冗談だ?」
「俺にだって家族は居ますよ! ハーピーのハッピーにユニコーンのユニコ、ヘルハウンドのヘル、他にも!」
「そんなのどこから拾って来た?」
「『そんな』とは何だ! 謝罪と賠償を請求する!」
「はいはい悪かったね。で、どこから拾って来た?」
「そりゃ山ですよ」
「だったら山で暮らさせたままにしておいて、拾って来なければいいだけだったんじゃないのか?」
「何て酷いことを言うんだ! みんなの円らな瞳を見て拾わないなんて、そんな人でなしになれと言うんですか!?」
「それはお前だけの見解だな」
「いやいや、みんな言ってますよ!」
「ほお。因みに誰が言っているんだ?」
「ハッピーやユニコやヘルですよ!」
「全部お前が拾って来た魔物じゃないか。人でそう言っている奴を挙げてみろ」
「そりゃ、俺でしょ。それに俺。俺もだ」
「全部お前だな」
「そうとも言いますね」
「そうとしか言わない」
俺の答えが気に入らないのか何やら不満そうにしているが、大体こいつ、飼いきれないのにわざわざ出掛けて行って魔物を拾って来るのはどんな了見だ? 前にも飼いきれなくなった魔物を国で引き取っているんだが。
半端に人に慣れた魔物なんて危なくて仕方がない。だから野放しにできない。だが、殺処分しようにもこの魔物使いが反対する。下手に刺激して魔物を引き連れて叛乱でも起こされたら都市の壊滅だってあり得る無下にできない。
だから国で引き取った。引き取ったから魔物の餌代は国の負担。餌調達の人員も国が雇い入れている。こんな費用は大きな魔物や特殊な魔物なら一頭に就きこいつの給料の数倍だ。そしてその頭数が二桁にも及ぶとあっては、こいつの隠れ給料は表向きの給料の百倍を超える。給料が安いなどとよく言えたものだ。
それでも魔物が役に立つならいいんだが、これが全く役に立たない。
役に立たない筆頭はこの魔物使いだがな。
役立たずの魔物使いを国に引き入れたのは王の仕業だ。魔物は危険だが、それを利用できれば魔物討伐が楽になるって算段だ。
だが、魔物の討伐を命じれば、この魔物使いと来たら「この子達が怪我をするかも知れない」「魔物を殺すなんてできない」なんて言って拒否するから完全な役立たずだ。こんなタダ飯喰らい見たこと無い。
通信にも使えない。魔物には手紙を運ぶだけの知恵が無いからな。仮に有っても相手が驚いて悲劇を生む予感しかしない。誰かが反射的に魔物に攻撃して反撃を喰らって死亡とかな。
しっかし、王はどうしてこんな奴を引き入れた? 何て愚かしいことかと小一時間問い詰めたい。まあ、そんなことをしたら俺の首が物理的に危険だからできないがな。
「それで? これからはどうするつもりなんだ?」
「冒険者になるつもりです」
「ほう。それで食っていけるつもりか?」
「勿論です」
いやはや甘っちょろい。魔物討伐無しでどうするつもりだか。魔物を飼ってたら護衛だってできやしない。魔物を引き連れては行けないし、旅している間自宅の魔物は飢えるに任せるなんてこともできないだろう。何せ世話ができるのはこいつだけだ。
でもこいつならふらふらと護衛依頼を請けかねんな……。
「話は判った。意思は固いんだな?」
「はい」
「そうか。今日までご苦労だったな」
「そうですね!」
いやいや全然苦労してないだろ、お前……。苦労したのは俺だぞ? 社交辞令ぐらいわかんないかな?
……ま、いいや。退職願の予備は引き出しだったか。
「じゃあ、これにサインしてくれ。一応退職願だ」
「判りました」
おいおい文面を確かめもせずにサインするのかよ。もうちょっと慎重になれよ。
……って言っても、本当に「一身上の都合により退職いたします」としか書かれてないけどな。こいつが退職を願い出た証明をするだけのものでしかない。
「ふむ、まあこれでいいだろう。じゃあ、処理をするから少し待っていてくれ」
「はい」
ついにこの壁の隠し扉が日の目を見てしまうのか。壁に掛かった絵を外し、一部を強く押し込めば取っ手が現れる。これを引いた中に在るのはレバー。短いようで長かったが、ついにこのレバーを押す日が来た。
ぐいっとな。
「そのレバーって何です?」
不思議そうに尋ねる魔物使いは暢気なものだ。
「これか? これは厩舎の魔物を殺す仕掛けを発動させるレバーだ」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこのことだ。しかしそれもどうやら怒りに変わったらしい。
「貴様! 何て……ぐぼあっ!」
良いタイミングで毒が効いた。これを見計らって話をしていたが、バッチリ上手く行った。やれやれだ。やっとこの役立たずの上司の職から解放される。大量の吐血で汚れた床を後で掃除しなきゃならないのは気が重いが、まあ許容範囲だろう。
「どう……して……」
おっとこれは驚いた。
「まだ息があるのか。まあいい。話してやろう。角砂糖に毒を仕込んでたんだよ。魔物を殺す仕掛けを作るのも大変だったぞ? 何せお前や魔物に気付かれないように仕掛けなきゃならなかったんだからな」
「は……始めから……」
「ああ、そうさ。個人の能力に依存した組織なんて国には不要だし、それが他人にはコントロールできない危険物を扱っているとなれば悪夢以外の何ものでもない。端から殺すための算段くらいするさ」
魔物使いを殺さずに済ますにしても魔物を殺すのは必然だ。全部をこいつに払い下げるのは論外。餌代で困窮するのが目に見えている。そうなってしまった時に放し飼いでもされれば畑が荒らされ、家畜が掠われ、人が杭殺されることだってあり得る。そんな見えている未来は未然に防がなければならない。
そしてもし、こいつがそんな光景を目の当たりにすればほぼ確実に反抗する。生き残りを暴れさせるのは勿論、下手をすると新たに魔物を拾って来て復讐しようとするかも知れない。これは当然防がれるべき未来だ。
「く……そ……」
「はいはい、そろそろ止めを刺しましょうねー」
ぐさぐさぐさと刺しましょう。呻き声も無くなるまでね。
このくらい念入りに止めを刺さなければこの魔物使いのこと、いきなり全快して反撃して来ないとも限らないからな。
残るはこいつの自宅の魔物だ。ハーピーだのヘルハウンドだのが居るとなったら残念ながら周囲に被害が出るのが避けられない。
しかしそれは国として甘んじなければならないだろう。王が判断を見誤った結果だし。
ほんと、端から殺しておくべきだった。