ケツに、変身ステッキで、魔法少女に、
500X年、世界は魔法少女に守られていた。
謎の侵略者が突如として街を襲い、人々は叫び、恐れ、逃げ惑う。
それでも人々は、彼女等がその国にある限り、希望の光をその目に宿し、今日も生き続けるのであった──
「……なんであそこで負けるかなぁ」
職を失い、家を失い、家族を失い、そして今、ツキに見放された男が、ボソボソとほつれたジーンズで風を切り、人生の終着点へと向かっていた。
「オッケーググール。1000円以下で最後の晩餐を」
スマホで近くの手頃な飲食店を探す。晩餐にはやや早い時刻だが、死ぬのに早いも遅いもないのだろう。男はググールがオススメした店に向かって歩き出した。
スクランブル交差点の真ん中で、一瞬だけ立ち止まる。そして振り返ること無く再び歩き始めた男は、街頭スクリーンに映し出された緊急放送を観て、僅かに微笑んだ。
──侵略者が現れました。政府が直ちにプリティラビットを現地に派遣しておりますが、近隣住民の方は自衛隊や警察の指示の元、速やかに避難をお願い致します──
遠くから地鳴りのような鈍い音が聞こえ、黒炎が上がり始めた。人々が慌てて避難を始める中、男は乗り捨てられた自転車に跨がり、黒炎の方角へと走り出した。
「死ぬなら今しか無い。今なら死んでも許される……!」
ひたすらに漕ぎ続け、自衛隊の制止を振り切り、男は瓦礫の山の中、巨大な生物と、ウサ耳の少女達が戦う最前線へと辿り着いた。
ウサ耳の少女は三人。それぞれ、赤、黄色、青のウサ耳を着けており、軽やかな身のこなしで侵略者と格闘戦を繰り広げているが、やや分が悪い。そして一瞬の隙を突いた侵略者は、少女達を薙ぎ払い、瓦礫の山に叩き付けられた少女達は意識を失い、変身が解けた。
「好都合だ。このまま侵略者に俺も殺してもらおう……」
全てを失いやけっぱちになった男は、自転車を降り、ゆっくりと侵略者の方へと歩き出した。
自らの処刑台へと向かうように、一歩ずつ、噛み締めて、ゆっくりと、じっくりと、歩を進めた。
──カツッ……
男の足に何かが当たった。
男が視線を落とすと、白く小さな棒状の物体が目に入った。
それは彼女等──政府による対侵略者部隊『スタープリンセス☆プリティラビット』が持つ変身ステッキであり、ステッキの持ち手に刻まれたウサギマークは、限られた者のみが持つことを許される、優秀たる戦士の証であった。
死の淵に向かう男の脳裏に、過去の苦い思い出が過った。
それは、男がまだ幼い頃──少年がプリティラビットに憧れていた時の話である。
少年は近所に住む女子がプリティラビットの玩具を買って貰った事をとても羨ましく思い、母親に同じ物を強請ったが、プリティラビットは女しかなれない。と、強く反対されたのだ。
そして少年は、醜い嫉妬から、女子が持つ真新しい変身ステッキをその手から奪い取り、自らのケツへと挿した。
しかし、ケツから抜けなくなってしまった為、近所の医者の世話となってしまった。
その後、「もうこれは使えない」と、その変身ステッキは少年の手に収まることになったのだが、対価として少年は小遣い無しを二年間余儀なくされた。
そんな苦い思い出が過ったのだった。
「……懐かしいな」
男がそのステッキを手にする。
僅かながら意識を取り戻し、薄目を開けて振える少女が男へと手を伸ばしたが、男はそれに気付いてはいない。
「今更だが、俺でもなれるだろうか……」
ステッキをクルクルと回し、ボタンを押す。しかしステッキは何も反応しなかった。
「だめ……それは持ち主じゃないと…………」
その声だけは男の耳に入ったが、男が声の方を向かずに、ステッキを握り締めた。
「──変身!」
男がケツに変身ステッキを挿し込んだ──!!
「──え……?」
本来の持ち主である少女が落胆の顔で気絶した。
「…………これで、俺が持ち主だ。それで、良いんだろ?」
変身ステッキからオーロラのように美しい輝きが放たれ、光のヴェールが男を包み込む。
全自動の煌びやかな変身が執り行われ、男の頭にはあざといくらいに可愛らしい青のウサ耳が生えていた。
「プリティブルー……参上!」
実に可愛らしい死装束を纏った男は満足げに笑い、そして侵略者へと目を向けた。
「すまん、お前を殺す役目を担ってしまった──」
男が大地を蹴ると、音速に近い跳躍で跳ね上がり、侵略者の頭上を軽々と越した。
そのまま踵落としを侵略者に放ち、侵略者の体が地面へと盛大にめり込んだ。
「……これが、プリティラビットなのか…………」
超人的な動きで侵略者と戦うプリティラビットに変身した男は、その自らの動きに心を躍らせ、先程まで死ぬつもりでいた、どんよりと曇り空だった男の心は、あっと言う間に晴れ間が広がり、雲一つ無い快晴へと変わり果てた。
「グ、グモモォ…………!!」
侵略者がフラつきながらも立ち上がる。3人掛かりで倒せなかった強敵が、男一人の一撃で倒せるほど、やわでは無い。
「……足りないか」
男は近くに落ちていた変身ステッキを拾い上げ、またしてもケツに挿した。それを見た少女は、この世の終わりを見たかのようにガックリと項垂れ、意識を失った。
男のケツから赤いオーロラが溢れ出し、今着ている青い衣装と入り混じり、紫色へと変貌した。
ウサ耳も紫色へと変わり、男の体には更なるエネルギーが込み上げてきた。
「プリティパープル……参上!」
男が大地を蹴ると、まるで空を飛ぶかのような姿勢で突き進み、侵略者へと頭突きを喰らわした。侵略者は吹き飛ばされ、瓦礫の山を三つ突き破り、砂煙を巻き上げて倒れ込む。
「凄い、これが夢にまで見たプリティラビットなのか……!」
男が自分の変わり果てた姿を眺めていると、砂煙の中から侵略者が現れ腕を振り下ろしてきた。男はそれを受け止めるも、3人掛かりで倒せなかった強敵なだけあって、力比べでは徐々に押され始めた。
「クッ……マズい……! このままでは……!!」
その時、男の視線の先に、地面に落ちていた、白く光る変身ステッキが目に付いた。
三本目をケツに挿した男は、漆黒の衣装と闇を彷彿とさせるウサ耳を生やし、最早魔法少女の域を超えた存在と化していた。
「プリティブラック……爆誕!!」
片手で侵略者を押し退け、蹌踉めいた侵略者を圧倒的パワーで殴り付け、蹴り倒し、締め上げた!
「グモモォ……!!」
断末魔の声を上げた侵略者。その身から力が失われ、ついに男は侵略者から平和を勝ち取った。
「お、俺が……世界を救った、のか……!?」
やり遂げた男の目には、一筋の涙が零れていた。
もう男の頭には死ぬことは微塵も残されておらず、明日を、今日を生きる活力で満ち溢れていた。
「まだ、俺も捨てたもんじゃないな」
男は変身を解き、近くの瓦礫に身を隠した。
「早いとこずらかるか」
男はスマホを取り出し、一瞬の間を置いた。
「オッケーググール。近くの医者を──」
三本のステッキは男のケツから抜くことが出来ず、男は再び近くの医者の世話になってしまった。
読んで頂きましてありがとう御座いました!
(*´д`*)