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「ーえ?」
雨が降っていた。
滝のような豪雨が頭上がら降り注ぎ、生暖かい雨の気配に呆然と立ち尽くす。
自分の手をなにか小さいものが握り返し、つられてみれば石崎さんちの和之くんが呆然とした表情のまま、霧のような靄の中を指差していた。
ごうごう、と音を立てて降り注ぐゲリラ豪雨の中、橋桁の霧舞う河川の上に誰かが立っていた。
「なん」
驚いて声を上げる前に、霧がさっと晴れて中から一人の少女が現れた。
黒色の髪の毛をツインテールにした真っ白なセーラー服姿の少女だ。キラリと胸元に光るものがあり、よく見ればハート型の宝石のようなものに青いリボンがついたブローチをつけていた。
鬱陶しそうに手についた水滴を片手を払って散らし、こちらに歩いてくる。
年のころは同じくらいで、やや気が強そうな相貌に粉雪のような肌。さくら色の頬と唇。
美少女、と称するに相応しい可憐な人だった。
彼女は片手にお玉を持ち、ーそう。味噌汁をよく掬うあれだ、片手におでんを大量に作るための金色の大鍋を抱えている。
目をコシコシ、と擦ってみると何やらうねうねとうねる、白と赤の物体がある。
「もう大丈夫よ」
霧の中から現れた少女はそういってこちらに笑いかけ、呆けたままの和之の前にしゃがみこむとその体を優しく抱き締め。
「セイッ!」
軽やかに首に手刀を叩き込んだ。
「えぇ!?」
あまりのことに驚いていると、少女はゆっくりと和之の体を雨でビシャビシャに濡れている芝生の上に寝かせ、次はまっすぐ俺の方を見た。
その瞳はまっすぐで濁りがない。
麗しい少女の顔立ちに、俺は思わず頬が紅潮するのを感じる。
「よく頑張ったわね、佑斗」
少女は俺に優しく笑いかけた。
その声にどこか聞き覚えがあるのに、俺は彼女のことを知っているようで知らない。どこかで見たような顔立ちなのに、なぜか思い出せないのだ。
「もう大丈夫よ、佑斗。あとはー、が」
セイッ。
掛け声と共に衝撃が腹部に走ったと同時に、俺は意識が薄れていくのを感じた。
途切れ途切れになる意識と、閉ざされていく視界の中でまばゆい光が明滅し、少し肉厚で少し酸っぱいような汗の香りの、自分が家で使っているのと同じシャンプーの香りが鼻をくすぐったのを最後に、俺は本当に暗闇に飲まれてしまった。