2ー1
母親ってなんであんなにめんどくさいんだろうな。
放課後、友人3人と連れだってダラダラと下校するのが日課だ。今日は母親の忠告をあっさりと破り、寄り道をしてゲームセンターに行って1000円ほどを溶かし、イラつき混じりにモックに寄って小腹を満たした後である。
時刻はおおむね16時ほど。冬至が過ぎたとは言え、薄暗い夕暮れだ。どんよりと空を覆う曇り空を見れば、母親が朝言っていたように「雨が降りそうなぐずつく空」と言えなくもない。
「はー。テストとかまじだりぃわー」
テストを来週に控え、それが終われば春休みである。
来年はいよいよ高校3年生として受験やらなんやらが控えていて、担任からは進路を早く決めろとせっつかれている。
「めんどくさいなー」
夕陽が真正面から注ぐ一級河川の土手を歩きながら、同意を得るように言葉をこぼせば、スマホゲームをしながら話を聞いていた友人、木谷がうっすらと笑った。
「よっしゃ、レアアイテムゲット!」
「・・・・お前は悩みがなさそうでいいよな」
学校でも授業中にスマホでゲームをし、休憩時間も食事以外は形態をいじっているスマホ廃人の木谷に向けて嫌みを言うが、本人は全く気にした素振りもない。
木谷は三白眼の目を一瞬だけチラリと向けたが、再びニタニタしながらスマホの画面をタップした。
「吉村。お前は進路どうすんの?」
静かに木谷の隣を歩いていたやや気が弱そうな少年は、一重の細い瞳をこっちに向けて困ったように後頭部を掻いた。
「僕は大学進学の予定~」
「そうだよなー。お前は、そうだよなー」
気弱で容姿もぱっとしないが学校一の秀才との誉れ高い友人吉村。父親は外科医。母親は小児科医。兄と姉が上に二人いて、兄は現在インターン。姉は医科大学に進学している。
吉村一家はこの辺りでも有名な家族で、母親が院長を勤める病院には自分も含め、この地域の子供ならほとんど誰しもが一度はかかったことのあるほどである。
「はあぁああああ。いいよなぁ。おまえは、いいよなぁぁああ」
大仰にため息を履きながら応じれば、吉村は少しだけ肩をすくめて笑った。
「受験するのは誰でも一緒だし、僕も勉強しないと」
「嫌みか!」
「黙れ!」
木谷と声が被る形で俺は非難を吉村に浴びせた。木谷はスマホをいじっていてもちゃんと話を聞いているところがある。
かくいう木谷は、高校卒業後はIT関係の進路にすると決めているようだ。
つまり現時点で決まっていないのは自分だけなのである。何とはなしに、取り残された気持ちになりふと思い悩んでいると背中を軽く小突かれた。
「な」
なんだよ、と言いかけて木谷の方を見れば彼は意地悪い笑みを浮かべて顎を軽くしゃくるように動かす。
訝しんで視線を道の先に向けると、土手に上がる住宅街からの登り階段に1人の少女の姿があった。
土手下に向けて片手をふっているショートボブの少女である。
「溝口」
溝口かなで、同じクラスでちょっといいな、と以前から思っている女子である。
「おーい、みぞぐちー」
「おい!」
木谷は片手を天に突き上げて力なく左右にふらふらと振った。呼び声に弾かれるように彼女が振り返る。
背中に夕陽のオレンジ色の光を受けて驚いたようにこちらを向き、破顔した彼女はビックリするほど愛らしかった。
「わー。木谷くん、吉村くん、立花くん。やっほー」
紺色の靴下に白いスニーカー。プリーツの入った学校の制服のスカートが膝上でゆらゆら揺れている。
紺色のチェックの入ったブレザーに白いブラウスの襟元に赤いリボン。
ほどなくして合流した彼女と固まったまま動けない自分に向けて吉村が「ほら」と腰を押す。友達ながら、こういう気配りができるあたり、こいつは本当にいい奴だと思う。
「帰りー?」
ニッコリと微笑んでかなでは近づいてきた。少し日に焼けた肌は彼女が運動部である証だ。陸上部の短距離を得意とする選手の一人でもあり、かなりの成績を残しているため時々大学からスカウトがくるという。
ポンコツなのは自分だけか。
羨むというより、情けなくなり俺はうなだれた。
「来週からテストなのに、余裕だねー」
呆れ声のかなでに吉村は曖昧な笑みで返し、会話の糸口を繋ごうと言葉を絞り出してくれた。
「溝口さんは部活今日まで?」
「そーそー。今日まで。ほんとはさー、春休みにも地区の大会があるしもうちょっと練習しときたかったんだけど。高野先生が最近物騒だからって日が出てるうちに帰らせてくれたんだー」
高野というのはかなでが所属する女子陸上部の顧問である。元は国体に出たことのあるバレーボールの選手だったらしく、長身でしなやかで美しい顔と体つきのマドンナ的女教師である。なお、担当科目は国語。
「物騒って?」
そういえば母親が朝同じようなこと言ってたなぁ、ととぼけた声を出せば、かなでと吉村は元より、木谷はぎょっとしたようにこちらを見た。
「え??」
「知らないのかお前」
「冗談だよね??」
3人が連なる歩を止めて順番に驚いたように言うものだから、俺は返って意味がわからずどう言うことかと尋ねた。
すれば。