2「領内には敵無し」
学園入学まで1年、14歳の私は剣術に明け暮れていた。パトルック家の古株であり無敵剣士の異名を持つ叔父に剣術の稽古をつけてもらっていた。
父は猛反対したが、護身用と銘打って何とか許可を得た。逆に、教える側の叔父は乗り気で国一の女剣士にしてやると冗談混じりに乗り気だった。
初め、稽古後はカトラリーも握れないほど手が痺れ、腕が痙攣していたし、手も血豆だらけだった。
普通の令嬢なら音を上げているだろう。
しかし、野望を持った私の前では痛みなど大した問題ではない。
野望、それは王子とあの男爵令嬢への復讐である。
以前は、関わらないでおこうと思ったがそれでは、戦う前から負けを認めた様なものだ。しかし、王子と結婚する気はもう無いため新たな復讐を思いついた。
成績や魔術、剣術で王子を圧倒することだ。
それなら、何の問題もない。
学業を頑張っているだけだから。
思い出せば、王子は何をさせても完璧だった。成績は常にトップ。婚約者としては自慢げだった。
しかし、それが奴を付け上がらせたのだろう。容姿も中身も完璧だと。
ムカつく、その鼻っ柱をへし折ってやるわ。
剣を持つ手にも力が入る。
「ルチアの体力は底無しだなぁ」
叔父が楽しげに笑い、軽口を叩く。
ムカッ
次の瞬間、少女の目が鋭く光り、その剣先が無敵剣士の髪を掠めた。
数本の毛が、地面に落ちた。
「ひぃっ!!」
叔父は悲鳴を上げ、顔を強張らせる。ぬるりとかいた汗が頬をつたう。
「真面目にやって下さい、殺しますよ」
無表情のまま、少女の剣先は叔父に向けられる。積年の恨みでも纏っているかのようなその剣は、無敗を誇る叔父を震え上がらせた。
「私は……化け物を起こしてしまったかもしれぬ」
叔父は小さく呟くと、本気で剣を構えた。
これは遊びや護身術の程度ではない……マジのやつだとその日叔父は悟ったのであった。
ルチアの剣術は日を追うごとに上達し、森の魔獣すらも穫れるほどになっていた。
剣術と平行し、魔法を使いながらの戦闘訓練にも磨きが掛かっていた。
魔法に関しては、前世で嫌というほど闇の魔力を特訓していたため上達も早かった。
この様子だと入学に向け準備万端のようだが、1つ問題があった、それは使い魔だ。
前世挑んだ決闘で、男爵令嬢メリッサ・クラウンの使い魔に、私の愛獣が敗れたのだ。
私の使い魔は黒狼、メリッサは聖獣の白狼だった。最初は優勢だったが、最後は浄化魔法で消された、会場は歓声に包まれていたが私は頭が真っ白になった。負けた悔しさよりも、黒狼を失った悲しみが勝った。あんな思いは二度と御免だ。
私は森で出逢った黒狼を使い魔にはしなかった。
「お前は本当に変わった人間だ。この森最強の我を使い魔にしないとは…」
黒狼が私の側に寄りながら、不満そうに呟く。
「最強じゃないわ、私に負けたじゃない。それに貴方が人間に使われて命を落とす所なんて見たくないの!」
「故に我は負けぬと言っておろうが、聖獣如き人捻りじゃ。我を使い魔にするのだ!」
黒狼は使い魔に成りたがっている、森の生活が余程暇なのだろう。
最初は黒狼に闘いを挑む者がいたが、今では森の生物がほとんど復讐している為敵が居らず困っているのだとか。
使い魔の契約は一匹しか出来ない訳ではない。
しかし、黒狼と契約して他の使い魔が得られなかった場合悲劇が再来する。
「どうしようか……」
ごねる黒狼を森に残し、取り敢えず屋敷に帰る事にした。よく見ると玄関には馬車が停まっており、叔父が荷物を積み込んでいた。
叔父が私に気付き、声を掛けてきた。
「ルチア、ごめんよ。国王から任務を与えられたから王都に戻らなくてはならないんだ。いつ終わるかも分からなくて、稽古はつけてあげられない」
「急すぎるわ!!」
「本当に、ごめんよ」
叔父は申し訳なさそうに、馬車に乗り込んだ。出発する馬車を見送りながら、剣術の稽古をどうするか悩んでいた。
叔父の特別特訓によって、父の護衛程度では相手にならない…。
これは困った。
私は深い落胆から溜息を吐いた、いい練習相手は居ないものか。
使い魔問題に追加で加えられた、剣術練習問題。
しかし、その解決策は翌朝すぐに見付かった。
「その話、詳しく聞かせて頂戴!」
高らかに声を張り上げ、ルチアは父の書斎に乱入した。中では、父の部下が最近出来た「竜の巣」の被害報告をしていた。
最近、パトルック公爵領の西の端に竜の巣が出来た。竜は群れで行動する為、大量の餌が必要になる。その為、住み着いた場所では農産物や家畜が食い荒らされる。
被害の拡大が早く、市場にも影響が出やすいので、直ぐに退治する必要がある。
しかし、今パトルック公爵領に無敗剣士の叔父は居ない。
さぁ、お父様、打てる手立ては決まっていますのでしょう。
「しかし、ルチアは結婚前の身。傷が付くような危ない目に合わせる訳には……」
父は大分渋っていた。
その為、パトルック領内最強の魔獣黒狼と使い魔の契約を結び黙らせることにした。
書斎を退出後、森に行き、黒狼に使い魔契約の話をすると、とても喜んだ。
「お前もようやく、我が必要になったのか!さぁ、すぐ使い魔にするが良い」
尻尾が千切れるのではと思うほど、めちゃくちゃ振り回して喜ぶ黒狼… 可愛い犬だな。
黒狼の可愛いさに浸りながら、契約を交わした。
使い魔契約は、両方の承諾と名前を与えることで成立する。
名前は決まっている、前世と同様。
「シュヴァルツ」
「良い名だ! 気に入ったぞ」
シュヴァルが満足げに遠吠えをあげた。
使い魔は好きな時には呼び出せる為、いちいち森に来なくていいし、便利だ。シュヴァルツは目立つので、私の影の中に隠れてもらい、屋敷に戻った。
屋敷に付く頃には、日が暮れていた。門番の横に腕組みした父の姿が見えた。
お説教コースだわ。
その説教は護身用と騙して始めた剣術訓練のことなど含めて、3時間にも及んだ。
魔物退治よりも疲れるわ…。
しかし、父の叱られるのはいつ以来だろうか。最後に叱られたのは投獄後だったか、もっと早く相談してくれればと泣かれた。
もう、あんな風に悲しませたく無いと胸が傷んだ。