現実世界にステータスという概念が存在している件
はじめまして、月水天と申します。
よろしくお願いいたします!
2078年、世界は滅んだ。
いや、正確に言うのなら、滅んではいない。
ただ、今まで2000年近く続いてきた人類の軌跡が急カーブをするかのように、変わっただけなのだ。
端的に言うのなら、取り巻く環境が大きく変わった。
今まで僕達が見知っていた既知の世界は、未知の世界へと変革し、全ては過去のものとなった。
僕は夜空を見上げる。
三月の夜はまだ少し肌寒い。
外套のポケットに手を入れ、かじかむ手を気休め程度に暖める。
「……ほんと、すごいよなあれ」
思わず、と言った様子で僕は呟いた。
真っ暗な真夜に異彩を放ち浮かんでいる、白い門。
通称━━━『ゲート』。
数年前、夜に突然開いたあのゲートから『異世界人』と名乗るものが現れた。
そこからだ。
そこから━━、全てがおかしくなっていった。
日常は、非日常へと姿を変え、まるで物語のなかのような出来事が、当たり前のように起こるようになった。
それに、喜んでいるクラスメートもいたけど。
僕は嫌だった。
日常が、普通の日常が良かった。
いきなり魔物が現れたり、ステータスとかいう概念ができたり、そんなのちっとも嬉しくなかった。
「帰ればいいのに……」
異世界人と名乗る侵略者に、僕は嫌気が差していた。
けれど、『向こう側』の文明の方がはるかに進んでいるのは事実。逆らえば、僕らは罰を食らう。圧倒的な『魔法』の力で。
「秋」
名前を呼ばれた。
僕はゆっくりと振り返った。
そこには、1人の女の子がいた。
肩まで伸ばしたショートカットに、病的なまでに白い肌。
目は深紅に輝き、月明かりに照らされたその様はどこか神々しい。
「ねぇ、秋。聞こえてるの?」
「………」
彼女を見ると、僕の中の『化物』が唸りを上げる。
真っ黒で純粋な殺意が僕を満たす。
無意識に、僕は彼女を睨み付ける。
筋肉が、コイツヲ殺せと収縮を繰り返す。
………駄目だよ。僕じゃまだ勝てない。
僕は僕に語りかける。
抑えろ、と。
だって今はまだ時じゃない。
「聞こえてるんでしょ? 城崎 秋 聞こえてるのなら返事をしなさい。━━殺すわよ」
いつの間にか、僕の目の前に彼女は立っていた。
そして、まるで地に落ちた木枝を拾うかのような自然な動作で。
僕の胸元を抉った。
「━━ッ!!」
粘度の高い血が、滴り落ちる。
脊髄を焼ききるような激痛が身体中を走る。
視界は点滅し、全身が危険信号を発している。
身体は痙攣し、視界が黒く染まる。
しかしそれでも、僕は声を上げない。
悲鳴を彼女に聞かせない。
それはもはや、殆ど意地だった。
「……いいわねぇ、いいわよ秋」
心底楽しそうに、彼女は這いつくばる僕を見下ろす。
ゾクゾクと背筋を走る興奮に、彼女は頬を赤く染める。
「その強情な根性、捻り潰してあげたくなるわ。もう五年。そんなに長い間、私に逆らった男は今まで居なかったわ。ほんと、ゾクゾクするわ。あなたの大切なものをすべて壊して、心の底から屈服させたとき、貴方はどんな顔をするのかしら?」
興奮した様子で早口に喋る。
「うっせぇよドS女。僕の家族も親友も━━全部全部殺した癖に、何をいってんだ。こちとらお前に全部奪われてんだよ」
口に残った血を吐き、僕はそう言葉を返した。
胸の傷は既にもう治っている。
肌は何事もなかったかのように、傷痕一つない。
しかし、それも当たり前といえば当たり前だ。
だって、僕は既に━━人間じゃない。
「だからこそよぉ。だからこそ、私はあなたを気に入っている。誇っていいわよ。あなたは私の一番のお気に入り。全部奪って、一生手の届かないところに置いて、なのにそれでもあなたの心は折れない。私を今でも━━殺そうとしている」
心底楽しそうに、口許を歪める。
そして。
彼女は。
「愛してるわよ。秋」
僕に愛を囁く。
彼女の名は『ミリル・クロッシィ』。
数年前、ゲートからこちらの世界に渡ってきた異世界人の1人だ。
彼女の種族は、
夜を統べる王━━『吸血鬼族』。
彼女はその王に君臨している。
そして、皮肉なことに今年の12月24日、聖夜であるクリスマスに僕は、彼女に見初められて━━殺された。
正確に言うのなら、人間の僕は殺された。
だから今ここに残っているのは、人間じゃない僕。
吸血鬼、城西 秋だ。
※※※※
キーンコーンカーンコーン。
学校の終わりを告げるチャイムの音が鳴る。
それと同時に、僕は机に突っ伏していた身体を起こす。
辺りを見渡す。
そうだ。今日はあの日だ。
皆、今から起こる『ステータス測定』の儀式について、口々にだべりあっている。
その時、隣の席の三原 愛理と目が合った。
三原 愛理は、僕が中学生の頃からの中であり、この知らない人だらけの第一山吹高校のなかでは彼女の存在はありがたかった。
彼女はにへらと小動物のように笑い、
「秋くん、やっと起きたんだね、おはよう」
朗らかに喋りかけてくる。
「……うん。今日はちょっと寝すぎたよ」
「本当だよ。朝から今まで、ずっと寝てたんじゃない?まぁ今日は入学式だったから良かったけど……」
「ははっ……運が良かったや」
僕は曖昧に誤魔化す。
多分、今日こんなにも眠たいのは、昨日ミリルに抉られた胸の修復をしたからだ。
吸血鬼になって、ほとんど不死に近い身体になっても、傷の修復にはかなりの体力を使う。
だから今日はこんなに眠たいんだろう。
でも、まぁ。
今はもう眠くない。
「そうだ、秋くんはステータスって本当にあると思う?」
そういえば……と言った様子で三原は話題を僕に振る。
今三原が話しているのは、これから起こるステータス測定についての話だろう。
ステータス測定。
それは異世界人が、俺たちに与えた技術の一つ。
端的に纏めると、それは能力値を数値化する技術だ。
例をあげると、今までは、筋肉のある人を、なんとなく力が強いと言ったようなふわっとしたような言葉で言い表していたが、ステータスが導入された今では、筋力70などの、具体的な数値で表せるようになった。
「なんか夢みたいだよね。そんなゲームみたいなことが現実になるなんて」
「……そうだね」
三原は簡単に言うが、これはそう単純なものではない。
ステータスには、総合値という項目がある。
そこには上からS~Dまで位で分けられていて、その数字に従って、クラスが編成される。
優秀な生徒は優秀なクラスへ。
落ちこぼれは落ちこぼれのあつまるクラスへ、と言ったようなものだ。
いわばこれは━━この『ステータス』というシステムの役割は、優秀なものとそうでないものを分けるための『ふるい』たるシステムなのだ。
「ちなみに、秋くんはステータスには、スキルっていう項目があるの知ってる?」
「知ってるよ。今まで人生でつちかってきた技術が、スキルとして表記されるんだよな」
「そうだよ。野球をやってる子なら投球スキルとか、そんな感じで表記されるの。私はお裁縫が得意だから、多分スキルの欄にお裁縫があると思うの」
ふふっと微笑みながら三原はそう口にした。
「なんか、嬉しそうだね」
「だって、自分が努力した結果がちゃんと文字としてはっきり分かるんだよ? なんかそれって今までの努力が報われた気がしない?」
「そうだな。僕は━━」
と、その時。
ガラリと扉があく。
先生らしき人物が教室に入ってきて、教壇の前に立つ。
「ごめん、秋くん。もう先生来ちゃったから話すのはまたあとでね」
そう、小声で言って三原は先生に視線を向ける。
時間が経つごとに、少しずつ教室の賑わいは落ち着いていく。
そして、すっかりと静まり返ったところで。
「それでは、今からスキル測定を行う。皆、出席番号順に廊下に並んでくれ」
ガタガタと椅子から立ち上がりながら、皆廊下に向かう。
出席番号順にならび、僕達は整列する。
綺麗に二列に分かれた僕達を見て、先生が満足げに頷く。
「よし、それでは今から多目的室にいくぞ」
ステータス測定は多目的室で行われる。
僕達1ー5は、ぞろぞろと集団になって廊下を進む。
途中、他のクラスの人達が廊下で自分たちの番を今か今かと待ち望んでいる様子が見えた。
しばらく経つと、多目的室へとたどり着く。
「よし、みんな着いたぞ」
先生が皆にそう言った。
ガラガラと扉を開け、先生は先頭を引き連れて中に入っていく。
僕もそれに続く。
長机が、等間隔に置かれている多目的室。
その中央にある長机の前に、男の人が立っていた。
丸めがねをかけ、柔和な笑みを浮かべる優男だ。
僕の研ぎ澄まされた嗅覚が、直ぐに彼の正体に気づく。
濃厚な血の匂い。
「……異世界人か」
彼ら異世界人には、一つ共通点がある。
それは、隠しきれない程の血の匂い。
何人も殺めてきた殺人者の、匂いだ。
しかしこれは、吸血鬼になった僕だから分かる、その程度のものだ。
そして、だからこそ僕が異世界人を忌避する理由でもある。
「紹介する。彼はエドルグ・マーチ先生だ。今年、1ーAの担任を予定している、異世界人だ」
先生が異世界人━━エドルグを皆に紹介する。
そして、数瞬の沈黙の後━━
「「「うおおおおお!!」」」
大歓声が上がった。
「すごい!異世界の人が、私たちの先生だなんて!」
「これはすごい講習を受けれそうだぞ!」
「エドルグ先生!『向こう側』の世界ってどんなのなんですか!」
様々な質問が、エドルグ先生に飛んでいく。
エドルグ先生は、苦笑しながらも丁寧にその一つ一つに答えていく。
皆がこんなにも異世界人に反応するには、理由がある。
数年前、異世界人が世界を渡ってこちらに来たとき、メディアはその光景を全世のお茶の間に流したのだ。
突然上空に現れた巨大な白門。
そこから現れる数万人もの人達。
彼らは魔法を使い、こちら側の世界に技術を与えるかわりにこちらの世界で住まわせてほしいと提案した。
僕達側のお偉いさんたちは、その提案を快く呑んだ。
異世界人たちは技術を僕達に伝える。
代わりに僕達は、彼らをこの世界に住まわせる。
そういう条件の下、『こちら側』と『向こう側』は手を組んだ。
というのをメディアは放送したのだ。
そして、その次の日から世界は目まぐるしく変化し、今のこの日本が出来上がった。
今は、昔と比べてとても快適だ。
農作物は異世界人の伝えた魔法道具のおかげで、困ることはないし、畜産も同じだ。
エネルギーも、異世界人が設計した地球のエネルギーを用いたフリーエネルギー装置のおかげで、人々は電熱費などにお金を割かなくても良くなった。
地球は、楽園のようになったのだ。
何もせずとも生きていける。
お金は勝手に稼げる。
誰も彼もが、幸せなのだ。
そう━━、全ては異世界人のおかげで。
と、こう言った具合にメディアは偏向放送をしている。
その裏側に、何人もの人達が異世界人に殺されたか、それは放送せずに。
しかし、事情をなにも知らない人間たちは、その情報を鵜呑みにして踊らされる。
現にここに、何人ものそういう人がいる。
「皆さん、もう質問は止めてください。ステータス測定に入りますよ」
苦笑まじりにそう、エドルグは声を上げる。
皆は「はい」とおとなしく引き下がり、出席番号一番の子が、エドルグの前に立つ。
「それじゃあお願いします」
一番の子━━阿倍野 三咲はエドルグに頭を下げる。
エドルグは阿倍野の手を握り、呪文をぶつぶつと唱える。
そして━━
「術式、ステータス!」
阿倍野さんの周りに、淡い燐粉が飛び交う。
暖かい黄光が、阿倍野さんの周りを飛ぶように舞い、胸の中に吸い込まれていく。
一つ、二つと。
「━━」
その間、阿倍野さんは固く目を瞑っていた。
しかし、その光景は端から見るととても幻想的で美しいものだった。
皆は「はぁー」と恍惚のため息を溢す。
「終わりましたよ。阿倍野さん。それでは早速ステータスを、開いてください」
「はい、分かりました。ステータス」
阿倍野さんがそう言うと、目の前に半透明状のウィンドウが表示される。
━━━━━━━━━━━━━
〈ステータス〉
名前:阿倍野 三咲
年齢:16歳
出身国:JAPAN
体力:80
魔力:0
筋力:55
俊敏:60
智力:60
器用さ:3
運:50
〈才能値C〉
〈スキル〉
剣術LV2
瞬発LV2
〈総合値B〉
━━━━━━━━━━━━━━
「「「おおおおお!!」」」
歓声が響く。
「噂には聞いてたけど、これがステータスなのか」
「凄いな。どういう原理なんだろう」
「凄いけど、ちょっと怖いな」
口々に声が上がる。
エドルグが、阿倍野のステータスを凝視する。
「すごいですね。才能値━━身体能力の延び幅はCと平坦なものの、それを余りうるスキル。この年齢で二つスキルを持っているとは━━凄まじい。きっと、かなりの努力をしたのですね」
エドルグが、阿倍野をべた褒めする。
阿倍野はニヤニヤと口許を緩める。
確か、身体能力値は高校一年生なら50が平均なので、阿倍野のステータスは比較的高めと言えるだろう。
器用さは絶望的だが。
調理実習の時あいつに、包丁を持たせてはいけないことだけはわかった。
「はい。私昔剣道をやってて、毎日毎日打ち込みの練習ばかりしてて、そのお陰だと思います。剣術スキルがステータスに反映されたのは」
「……よく頑張りましたね。とにかく、あなたはBクラスに入学です。上から3つ目ですよ。おめでとうございます」
「はい……!ありがとうございます」
阿倍野は大きく腰を曲げ、あいさつしてから小走りで女子の集団の中に行く。
キャーキャーと、声を上げながら楽しげにお喋りしている。
それからも、特にトラブルはなく一列目のステータス測定が終わった。
僕は二列目の一番前なので、次だ。
エドルグの前に立つ。
瞬間。
強烈な殺気。
教室内の温度が急激に下がったような錯覚に陥る。
生徒の何人かは腰を抜かし、失神している人もいる。
多目的室が、殺気という純然たる敵意に、静まり返る。
エドルグは糸のような細目をこちらに向ける。
「君、その力はなんだい? もしかして君は『こちら側』の人間なのかい?」
「違うよ。僕は生粋の日本人だ。異世界人じゃない」
「ふふっ、生粋の日本人が━━異世界人でもないただの人間が、僕の殺気に眉一つ動かさないなんて、あるはずないだろ」
「さぁ? そう言われても、本当に僕はただの日本人だ。なんなら、測定すればいい。ステータスを」
「……それじゃあ、確認させてもらうよ。術式:ステータス!」
瞬間。
僕はスキルを発動させる。
無詠唱で『呪術』を刻む。
身体中に呪いの力を循環させ、奇跡━━すなわち魔法と同等の現象を起こす。
━━『相殺呪術:リミテッドカウンター』
エドルグは自分の魔法が相殺されたことに気づいていない。
僕はしばらく時間が経つのをまつ。
エドルグは、ゆっくりと口を開く。
「終わったよ。城西、君が本当に普通の人間だと言うのなら、ステータスを見せてくれ」
僕は素直にステータスを開く。
半透明状のウィンドウが中空に浮かぶ。
これは別に見られてもいい。
だってこれは、僕のステータスじゃないのだから。
重要なのは、エドルグがこのステータスを僕のステータスだと思い込むことだ。
異世界人にとって、最も絶対で重視されるものは、神が人間に与えた『ステータス』だ。
ステータスこそが絶対であり、その人の能力値を正しく表していると、盲目的に信じ込んでいる。
ゆえに、彼らはステータスがすり替えられているなんて考えは絶対に浮かばない。
━━━━━━━━━━━━━━━
〈ステータス〉
名前:城西 秋
年齢:16歳
出身国:JAPAN
体力:50
魔力:50
筋力:65
俊敏:70
智力:40
器用さ:50
運:20
〈才能値D〉
〈スキル〉
なし
〈総合値D〉
━━━━━━━━━━━━━━
「ふぅん……」
疑わしそうに、エドルグは僕のステータスを見つめる。
そして、
「僕の勘違いだったか」
静かにそう溢す。
僕は内心でほくそ笑む。
成功だ。
これで、僕はこの高校の最下層━━『Dクラス』に配属される。
僕の目的を果たすための第一段階は完了した。
次の瞬間、彼は満面の笑みを浮かべた。
「おめでとう。君はギリギリ滑り込みだ」
「どうも、ありがとう」
僕はお礼を言ってから、エドルグに背を向ける。
と、その時。
「待って、西城くん」
エドルグが声をかける。
「これも僕の勘違いかもしれないが、一つ聞いてもいいかい?」
「……どうぞ」
たらりと冷や汗が垂れる。
この計画は第一段階目が崩れれば、全部終わりなんだ。
ここで、失敗するわけにはいかなかった。
だから、最善を尽くしたはずだ。
すこしイレギュラーはあったが、問題はなかった。
修復の力を使い、吸血鬼の気配を最大限まで弱めた。
深紅の瞳は黒のカラーコンタクトを入れることで誤魔化した。
外見的な特徴は全部隠したはずだ。
失敗はない。
そのはずだ。
「君は、今までに何人殺したことがある?」
━━━。
「そんな物騒なこと、したことないですよ」
※※※※※
ステータス測定は特にトラブルなく進み、ついに出席番号最後の三原がステータスを測定する。
光の燐粉が三原の周囲を舞い、ステータス測定が終了する。
「それでは三原さん、ステータスを」
「はい……」
緊張した面持ちで、三原は小さく呟く。
「ステータス」
半透明のウィンドウが中空に浮かぶ。
三原のステータスを見た途端、エドルグの表情から笑みが消えた。
その様子で、僕の脳裏に嫌な想像が走った。
目を凝らし、吸血鬼としてのステータスを生かして三原のステータスに目を通す。
〈ステータス〉
名前:三原 愛理
年齢:16歳
出身国:JAPAN
体力:30
魔力:0
筋力:20
俊敏:30
智力:40
器用さ:70
運:0
〈才能値E〉
〈スキル〉
裁縫LV4
〈総合値F〉
━━━━━━━━━━━━━━
「あぁ……」
エドルグの喉から、嘆くような声が漏れる。
エドルグは手を額に当て、首を残念そうに横に振る。
「残念。実に残念だ。三原 愛理」
「嘘……嘘でしょ……」
三原の表情が、絶望に染まる。
顔面は蒼白になり、目からポロポロと涙が溢れる。
立っていられないのか、そのまま地面に崩れ落ちる。
「君は、ギリギリアウトだ━━奴隷」
奴隷。
それは総合値がDを切るものに与えられる身分だ。
つい10年前までは、奴隷なんて身分はなかったと聞く。
しかし、異世界人がこちら側に侵略してきた影響で身分制度と言うものができたのだ。理由は単純明快。
向こう側に奴隷という存在がいたからだ。
それは、異世界人にとってとても都合のいい存在らしい。
だから彼ら異世界人は政府にそれを望んだ。
政府は今はもう異世界人の言いなりだ。
圧倒的な戦力の差が、異世界人と地球人の間には広がっている。
だから、言うことを聞くしかないのだ。
そして、身分制度が全世界に導入された。
判断基準はステータスの総合値Dを切るもの。
言い換えれば、使い道のない能力値の低い人間を奴隷へと落とすということだ。
暮らしは裕福になった。
何もせずとも生きていけるようになった。
けれども、人は平等であることを望まない。
誰しもが心の奥底に自分より劣った人間を求めている。
攻撃したいという加虐性を持っている。
そんな人間の暗い部分を埋めるのには奴隷という身分が最適だった。。
そして皮肉なことに、身分制度が導入された年から、世界の犯罪発生率は大幅に減少した。
「そんな……嘘。嫌。嫌だ」
三原は、いやいやと首を振る。
息は過呼吸になり、ひゅーひゅーと笛のような音が三原の喉から溢れる。
「すいません、田原先生、この奴隷を出荷用の車まで」
冷たくエドルグがいい放つ。
その言葉を聞いて、三原がエドルグの足にしがみつく。
「ま、待ってください! 確かに私の総合値は低いです。でも、スキルが、LV4のスキルがあるんです。今までの人で、LV4のスキルを持つ人はいなかったじゃないですか。だから、だから……」
エドルグは表情を変えない。
まるで路傍の石を見るような、無関心の瞳を三原に向けていた。
「そんなものは、何の役にも立たない。裁縫スキルだと?それが何の役に立つと言うんだい? この時代、服を縫うにも人がやるより機械がするほうが優れている。確かにレベル4のスキルは凄いよ。でも、駄目だ。それは使えない。何の役にも立たないんだ」
三原の瞳が大きく見開く。
大粒の涙が、ポロポロと溢れる。
そして、しゃっくりと共に胃の中の吐瀉物を地面にぶちまける。
━━僕は知っている。
彼女が裁縫が得意なのは、妹のために服を縫ってあげてるからだと。
「━━連れていってください」
エドルグが田原先生に言う。
田原先生が、他の職員を呼び三原を車まで運ぼうとする。
三原は必死に抵抗する。
「嫌っ! 止めて! 止めてよっ! 私には家族が、妹がいるのっ! 私がいなくなったらあの子が、ひなが!」
腕を振り回し、必死の形相で先生たちに抵抗する。
━━僕は知っている。
三原が中学生の時、裁縫で賞を取ったことを。
その時の本当に嬉しそうな顔を僕は覚えている。
「あああああっ!!」
三原が田原先生の指に食らいつく。
ぐしゃりと嫌な音を立てて、田原先生の指が折れる。
「くそっ! 奴隷が━━」
ついに三原が五人程の先生たちに取り押さえられる。
「ああああああああっ!! 駄目! 止めて!」
獣のような唸り声が三原の喉から上がる。
声帯が切れたのか、声が掠れきっている。
「おとなしくしろ!」
三原が先生に殴られる。
歯が飛ぶ。
それと一緒に鮮血が飛ぶ。
瞬間。
━━━三原と、目が合った。
三原の口が閉口する。
なんと言ってるのか、聞こえなかった。
吸血鬼の聴力でも、聞き取れなかったほどのか細い声。
けれど、その祈りは、僕に届いた。
聞こえなかったけど、何を願っていたのかわかった。
━━━たすけて、だ。
そのまま三原は連れていかれた。
僕は動けなかった。
ここで動いたら、僕の目的が果たせなくなる、それに彼女が奴隷になるのは、都合がいい。
だから、動かなくていい。
これが、正解だったんだ。
そんな風に自己弁護してから、僕は目を伏せる。
しかし、ドロドロとした、ねばつきが僕の胸を満たしていた。
その事実は、まぎれもない現実だった
※※※※
1ヶ月後、僕はとある場所に来ていた。
ここは、廃棄場だ。
もっと綿密にいうのなら、奴隷の廃棄場。
使い物にならなくなった奴隷を、すてる場所だ。
僕の目の前には、何百人もの死体の山が広がっていた。
僕がここに来た理由は、一つ。
三原 愛理の死体を探すためだ。
「……えぐいな」
廃棄場には、ぶぅんぶぅんと何千匹もの蝿が羽音を鳴らしていた。匂いもすごい。
気が狂いそうになる。
下の方に埋まっている死体なんて、身体中から蛆が湧き出している。
僕は、足を進める。
死体の山を乗り越え、三原を探す。
そして、見つける。
一番新しく廃棄されたであろう新鮮な死体の山。
その頂上で、三原はいた。
いや、違う。
三原らしき死体があった。
僕は拳を握りしめる。
「あまりにも、酷い……」
三原は、僕の知ってる三原じゃなかった。
小動物のようなくりくりとした瞳は抉り取られ、腰まで伸びた黒髪は手荒く引きちぎられ、頭皮が抉れていた。
肌は剥がれ、ピンク色の『中身』が見えた。
耳は片方なくて、全身には━━いや、その中身には、熱せられた金属の棒を押し付けられたのか、その跡があった。
四肢は抵抗できないように、切断されている。
あまりにも、凄惨な光景だった。
吐き気は、込み上げてこなかった。
泣きたいけど、泣けなかった。
こういうとき、自分はつくづく、もう人間をやめたんだと痛感する。
想像する。
もし、自分がある日突然奴隷に落とされ、毎日毎日拷問を受けたとする。それは想像を絶する苦痛で、死んでしまいたいと願うほどの激痛。
歯をへし折られ、肉を裂かれ、抵抗できないように四肢をもがれる。そして、何人もの笑い声のなか、徐々に死に近づいていく。
どれだけ、怖かっただろうか。
苦しかっただろうか。
死にたいと願っただろうか。
僕は三原の前に座り込む。
「なぁ三原、お前覚えてるか。最後に交わした言葉」
「………」
返答はない。
当たり前だ。
「お前、こう言ったよな『自分が努力した結果がちゃんと文字としてはっきり分かるんだよ? なんかそれって今までの努力が報われた気がしない?』ってさ」
「………」
「俺はあの時、こう答えようとしたんだ。『そんなもの、いらない』ってさ。……そういうのはさ、白黒はっきりさせないほうが幸せなんだよ」
「………」
「灰色でいいんだ。才能のあるなしなんて、はっきりさせるなんて、残酷だ。━━でも、そうした方がすっきりするのは事実だ」
「………」
「白黒はっきりさせたから、三原は━━━わかっただろ?お前の努力は、報われてたんだ。例え誰がなんと言おうと、三原は裁縫のスキルを得てたんだ」
「………」
僕は空を見上げる。
白昼堂々と浮かぶゲートに手を伸ばす。
「でも、それでも僕は思うんだ。灰色のままでいい、って。こんなステータスなんて概念いらないんだよ。全部全部━━前のままで良かった」
「………」
「僕の願いは、一つ。たった一つだ。普通の日常、それだけなんだ。だから、その目的を果たすために、君の力を貸してほしい」
「……」
三原を見つめる。
目の中には空虚な光が満ちていた。
「ステータス」
━━━━━━━━
〈ステータス〉
名前:城西 秋
年齢:16歳
出身国:JAPAN
体力:700
魔力:750
筋力:800
俊敏:850
智力:500
器用さ:600
運:0
〈才能値S〉
〈スキル〉
同族作血━
吸血LVー
翼飛行LVー
生命奪取LVー
食之王LVー
呪術LV8
血鬼剣術LV7
体術LV5
〈総合値SS〉
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これが、僕の本当のステータス。
僕は、手の甲をナイフできりつけ、スキル〈同族作血〉発動させる。僕の血が、三原の死体にかかる。
淡い光と共に、スキルが発動する。
三原の身体中に刻まれた傷は、時間を巻き戻したかのように完全に癒える。
三原の目が深紅に染まっていく。
そして、三原は目を覚ました。
世界を恨むことによって得ることのできるスキル〈呪術〉を得て、この世界に。
吸血鬼、三原 愛理として、再誕した。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
少しでも面白い、連載してほしいと思ったら下の方にある評価ボタンを押してくれたら幸いです。
もし評価してくれたら、作者がとても喜びます。
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