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第四十一話 そんな悪事は、許さないもの。

 忍さんはハケンのお仕事、というものに就いていた。

 正規採用の人と同じ仕事に当たっているのに、色々と差別されていたそうだ。


 その上、派遣会社から説明されていたこととは全く違う仕事もやらされた。こぴーや掃除、給仕といった契約にない雑務のほうがむしろ多かった。

 それに疑問を感じて派遣会社に相談すれば、契約先の指示通りにしろとしか言われず「嫌なら辞めれば?代わりはいくらでもいる」と取り合ってもらえなかった。


 正規の人と同じ時間働いても給料は低く、若い女性なのに会社で寝泊まりすることまであったという。

 そしてそんなある夜、セクハラ?……そんな言葉で済ませられないでしょう?

 派遣先の男の上役に、忍さんは強引に体を求められた。

 忍さんは恐怖から、のしかかってきた男の顔を殴って、そのまま逃げた。


 翌日、着の身着のままで派遣会社に訴えようとすると、一方的に君はクビだとだけ告げられた。当然、それまでのお給料も、退職金などもない。

 一瞬自殺も脳裏によぎったそうだけど、その前に……忍さんは過労のために突然死してしまった。

 

 ロッカールームで冷たくなった体が発見された時、派遣会社の上役は渋い顔をして「面倒なことしてくれて」と吐き捨てるように呟いたという。

 そんな様子を幽霊となって全て見つめていた忍さんは、気づいたら静香さんが産まれた分娩室に立っていたらしい。

 

『……あなたの言うとおりよ、薫さん。

 私、自分と同じ目に静香が遭ってるとしか、思えなくて。』


『それで片桐って人も、憎んでるんですね?』


『ええ。でも、憎むというより、本当は妬んでいるのかもしれない。』


『どうしてですか?』


『あの人、司書と言っても正規の司書じゃないの。

 だから私と同じ、言ってみれば非正規雇用。』


 「非」の部分に、私の心はひっかかかってしまった。


『それって、「非常勤講師」という先生も同じですか?』


『そうね。授業だけする先生でしょう? クラブや生徒指導はしない先生。』


『でも、私の知っている非常勤講師の先生は、

 倶楽部の指導も、悩んでる生徒の声も親身に聴いてくれましたよ?

 夜中だろうと、一人動き回って。』


『でもそれは本来の仕事じゃないわ?』


『本来の仕事って……。

 でも、学校で働くのなら生徒と関わることが第一なんじゃ?』


『私も学生の頃はそう思ってた。でも、働くってそういうことじゃないわ?

 仕事への誇り? 理想?

 それだけで食べていくなんて、できないじゃない?』


 なんだか……私が生きていた頃と、違う?

 いえ。私が知らなかっただけなのかしら……。


 忍さんはまた静香さんを見つめながら続ける。


『静香についていって、他の何校かの図書委員と交流する機会があったの。

 他の学校でも非正規の司書ばかりだった。

 でも皆、引率の義務もないのに、その時間は生徒に良かれと無報酬で働いてる。

 生徒と一緒になって、図書館を使いやすくしていこう、だなんて。

 あなたの知っているその非常勤講師の人も、それと同じだったのよ。』


 でも、それも本来の働き方じゃない、ということ?


『世の中なんてね。

 そんな本来の働き方さえ出来ないようにされている人たちが大勢いることに、

 皆、目を瞑っているだけなの。

 それで回ってるのが正しいんだって、思いこまされてるだけよ。

 そんなこと、死んでからわかったなんて、私!』


 忍さんは自分の髪をつかみ、唇を噛む。

 仕事にやり甲斐とか、生きがいとか、持てなくなってる時代ということ……?  


『ただ、あの片桐は、そうじゃなかった。交流の場に来ることもなかった。

 でも、本来はそれでいいんだもの。

 本来の形で仕事ができてさえいれば……私だって、死なずに済んだもの。』


 自嘲するように忍さんは唇を歪めた。

 私は身を乗り出した。

 

『あんな女と比べて自分を卑下しないで下さい。

 その片桐という人こそ、本来の仕事なんてしていないわ?

 形はどうあれ司書なのに、図書館のことなんか全然考えてないし、

 教師でもないのに過去を自慢して進路指導しようだなんて、おかしいですよ!』


『そう言えば片桐、いつだったか自分が教師にならなかったのは、

 いろんな高校が自分の価値を見る目がなかったからだ、

 なんてうそぶいていたけど。』


『それって、

 「本当は先生になりたかったのになれなかった」ということなのでは?』


『ああ!

 そうだったんだわ……きっと。

 あの女、自分がなれなかった教師に静香がなりたいと知ったから、

 まるで自分の鬱憤を晴らすように理不尽に静香に当たったんだわ!』


『そんな女に振り回されることなんてないです。静香さんを救いましょう!』


『でも、どうしたら? 薫さんのように私、動き回ることなんてできないわ?』


『いいえ、忍さんにしかその……「いめーじ」できないことがあります。

 あなたは静香さんに、どうして欲しいですか?』


『私がどうするんじゃなくて? 静香がすること?』


『ええ。出来るだけ具体的に、目を瞑ってそんな光景を想像してください!』


『わ……わかったわ。』


 雨守先生が将太君の体を戻した時のように、私にはきっとできる!!


 開いた右手を伸ばし、目を閉じた忍さんの胸に押し込む。

 忍さんの思い……捕まえた!!

 

 ぐっとその手を下げて、すぐ隣で眠る静香さんの体に……届け!!


「ん……んん。」


 眠っていた静香さんは小さく呻くと、目をしょぼしょぼさせながらすまーとふぉんを手にした。そしてその画面に浮かんだ文字列を、淡々と消していく。


「あ。片桐さんのアドレス……消しちゃった。」


 しばらく呆然と画面を見つめていた静香さんは、抑揚もなく呟いた。


「私のスマホから、あの人、消えたんだ。

 なんだか、すっきりしちゃった。

 そうよ。

 もう委員長でもないし、学校の図書館だって、行かなければいいんだわ。」


 そして顔を両手でぱちぱちと叩いて目を大きく開くと、ベッドから身を起こし、机に向かう。

 静香さんは原稿用紙を引っ張り出すと、何か文章を書き始めた。 


「私の受験だもの。

 小論だって、もう私の書きたいように書くんだ。

 今度は……山田先生にお願いして、添削してもらおう。うん、そうしよう!」


 憑き物が取れたように晴れ晴れと、真剣な表情で机に向かう静香さんを、忍さんは口をあけたまま見つめていた。

 そして、はっとしたように私に振り返る。


『いったい何をしたの? これ! 私が静香にして欲しかったことよ?

 あんな女に縛られないで、無視しちゃえって!!』


『忍さんの願いを、そのまま静香さんに渡しただけです。

 幽霊の声は聞こえないから、

 静香さんにとっては、無意識に自分で決めたことだと思っていますよ。』


『ありがとう、薫さん!』


 涙を流して笑う忍さんとは反対に、私はだんだん、怒りがこみあげてきていた。


『いえ……私、片桐という人、許す気はありませんから。』


 忍さんは私の顔を覗き込んだ。一瞬、彼女が息をのんだのが分かった。


『どうしたの? 薫さん……そんな怖い顔して……。』


『忍さんも、武藤という先生が年末に辞めたのはご存知ですよね?』


『ええ、知ってるわ。

 静香、国語を教わっていたもの。厳しくて、嫌みの多い先生だったわ。』


『武藤はある男と悪事に手を染めていたんです。

 それが露見しそうになった時、

 るみちゃんの友達、奥原さんを傷つけたんです。』


 六年前にも、同じように私の大切な友達を。


『あの先生が、そんなことを? ではそれを恥じて辞職を?』


『いいえ……あの人を辞職に追い詰めた人達も、もう学校にはいません。

 武藤は学校から消えましたが、男はさっき、神社にいたんです!』


『あ! 菊ちゃんがその男を見つけたのね? それで薫さんあの時……。』


『ええ。その男が会っていたのが、片桐という人だったんです。

 片桐は「三年生の名簿」を男に渡して、その見返りを受けていました。

 ただ私には、それがどういう意味をもつのかまでは、わからなくて……。』


 首を傾げた私に、忍さんは叫んだ。


『薫さん! それってとんでもないことよ?

 個人情報の流出なんて、企業だったら……いいえ、学校だって信用失墜よ?

 ましてやそれを売ったなんて、犯罪じゃない?

 生徒達だって、どんな被害に遭うかわからないわ?!

 静香も、また!!』


 やっぱりそんなことを! でも。


『その心配なら、無用です!』


 きっぱり言い切った私を、忍さんは目を見開いたまま、声もなく見つめる。


『私、男のポケットからそのゆーえすびーめもりー、抜き取りましたから。

 今、るみちゃんに預かってもらってます。』


『す……すごい、薫さんって、物を持つことまで?

 それも、菊ちゃんからもらった力なの?』


 忍さんに私は深く頷いた。 


『あんな人たちに、これ以上、皆の学校を荒らされてなるものですか。』

 

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