初めての恋
少し色気のあるその吐息に、恥ずかしながらピクリと反応してしまった。
「これ以上騒ぐなら警察呼びますよ」
後ろの人のその声はとても冷厳で淡々としていた。
振り向いてすらいないようで、ミントの香りはそのまま私の項に吹きかかる。
ていうか、やっぱりこの人助けてくれてたんだ……。
後ろの痴漢野郎は言葉が詰まったようで苦しそうに「うぐっ」と言った。
そこでまた後ろの人が口を開く気配。
「そこまで尻が触りたいのなら、自分の汚いのでも触っていなさい」
………汚いのって。
少し笑いそうになってしまったが、自分もこの件に関わっているのだと無理やり笑いを引っ込めた。
やりとりが気になったようで、だんだん周りの人の視線が注がれるようになってきた。
お尻を触るなどという言葉がひっかかったのか、痴漢という言葉が時々飛び出る。
「ちっ……!」
丁度よく次の駅に止まり、痴漢野郎は小さく舌打ちをすると電車からそそくさと逃げ去った。こっちが舌打ちしたいわ。
痴漢もいなくなったところで、私はお礼を言う事に決めた。
痴漢野郎から守ってくれた英雄さんだもん。お礼ぐらい言わなくては礼儀にかける。
私は意を決してバッと上を見上げた。
「――っ!」
――次の瞬間、体中に電流が走った。
ドキン、と異常に重く深く心臓が脈打つ。
今私は、どんなアホ面をかいていることだろう。
それでもそんな事どうでもいいくらいに、私は目の前の男子の容貌に目を奪われていた。
少し猫毛のフワフワした真っ黒な髪に、男とは思えないほど大きな黒い瞳。それは少し気怠そうに細められていて、異常なまでの色気が溢れている。
シュッとした輪郭も、細く長い首も凄く綺麗だ。
無礼にもその整いすぎた顔立ちをガン見してしまっている私が我に返ったのは、その人の言葉だった。
「………何か?」
その妖艶な唇が弧を描き、漆黒の瞳が私を捉える。
それだけでクラクラしてしまいそうなほどにこの人はかっこいい。
私は慌てふためき、首をブンブンと振った。
「あの、さっき、ありがとうございます」
絞り出したようなか細い声でそう言うと、急にガン見してしまった事を恥ずかしく思い、顔が熱くなった。
ああ、恥ずかしい……!なんという事を!
そんな葛藤と戦い、俯く私は恥ずかしさに悶えていた。
そんな私とは正反対に、男の子はクスリと上品に笑った。
反射的に顔を上げると、その人は優しい笑みを浮かべ私の頭に手をおいた。
………え?
あまりのいきなりの事に思考回路がうまく回らず、硬直してしまった。
「気をつけてくださいね」
そういうなり、いつの間にか目的地についていたようでその人は電車から降りた。
私も急いで降りると、その人を遠くからじっと見つめた。
―――夏川舞桜、15歳。
春が来ました。




