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剣劇 2 『短編』

 プロローグ


 国境から離れた王都の中心地、華やかに飾り立てられた屋敷の中では様々な人々が煌びやかな衣装で主賓を待っていた。

 

 口さがない者達は今日の主役である者の噂をまるで見てきたかのように語っている。

 

 いわく若年でありながら、渋る地方領主を説得し、膨大な物資を手に入れることに成功した。 


 いわく見事な用兵で田舎者達を使って敵軍の足止めをし、見事反乱を退けた。


 いわくその才により、総司令官が戦死した討伐軍の仮とはいえ総司令官となって大軍を率いた。


 それら全てが嘘ではないが、真実とも違う。


 しかし戦場となった場所から離れたこの王都ではそれらが全て紛れも無い真実となって、未だ現れぬ主賓が現れるまでの極上の食前酒となっている。


 もっともそれが全くの嘘であろうと何ら問題は無い。


 結局のところはこのパーティに参加する者達は、主賓達一族のご機嫌伺いのためにやってきたのだから。


 やがて主賓がやってくることを召使いの一人が高らかに宣言すると、誰もが口を止め、身じろぎもせずに彼を会場に迎える準備をする。


 そして彼はやってきた。


 華麗に撫で付けた黄金色の髪をし、しっかりとしたいでたちの青年が、彼ら、彼女らの前へと踊り出た。

 

 一斉に彼や彼の家にあやかろうと群がる者達を彼は爽やかに応対し、時には戦についての話を謙遜も含めて快活に話す。


 そんな姿を見て、参加者達はますます彼と彼の一族の栄光を確信し、またそれにあやかろうと集まっていく。


 多種多様なおべっか、それと同時に出される様々な願いを、言質をとらせず交わしていく様を見ているだけで、彼が一筋縄では行かない人間だということが見て取れる。


 やがて宴は終わり、自室に戻った彼を出迎えたのは二人の少年達だった。


「おかえりなさいませ」


「おかえりなさ~い」


 二人は兄弟のようで、よく似た顔で主を出迎える。


「ただいま」


 屈託の無い表情で返事を返した青年はニコリとしながら、少年の一人から手紙を受け取る。


「うん?誰からだい?」

 

 差出人の裏に書かれた名前を見て青年の表情が明るくなる。


「ふん、嬉しそうだな……小僧」


 青年の後ろから彼よりも一回り程大きい男が出てきた。


 見事な体躯で、顔にはマスクを付けているが、その奥からでも迫力のある眼力で彼を見下ろす。


「無礼だぞ」


「そうだ~!無礼だ!」

 

 少年二人が不愉快な表情でマスク男を睨みつけるが、


「いいさ……ムガールは本当に彼のことが嫌いなんだね」


 丁寧に手紙を開きながら涼しい顔で青年が受け流す。


「ふん……当然だな、退屈な王都暮らしでは身体が鈍っていかん……そこの小僧ら二人の相手でもしていたほうがマシというものだ」


「なんだと~!」


 少年の一人が怒るが、それを無視して男は部屋から出て行ってしまう。


「オルド様……やはりあのような男を貴下に入れたのは間違いだったのでは?」


 進言する少年に顔を横に振って、屈託の無い笑顔で青年が答える。


「ああいう武人を扱え切れないようじゃ僕の野望は叶えることが出来ないさ、夢を叶えるためには君達もムガールもそして彼らも必要なんだ」


 そこまで主に言われては元来真面目な性格である彼は何も返すことが出来ず控えることしか出来ない。


「オルド様~、手紙にはなんて書かれているんですか?」


 兄弟とは違い、もう一人の少年は子供らしい表情で、手紙の内容が気になっているようだ。


「うん……まあ大したことは書かれていないね、あくまで儀礼的な内容で、正直僕としては寂しいかぎりだよ……ふむ、やはりこれだけ離れていると中々親交を暖めることが出来ないんだな」


 思案顔の主から手紙を受け取った少年が内容を読む。


確かに文章は大変丁寧ではあるが、それが手紙の差出人と送り主の間にある隔たりを感じさせるものだった。


「いけないな~、せっかく僕と出会ったのだから少しくらいの願いを言ってくれてもいいと思うんだけど……遠慮しているのかな?」

 

 おそらくはあまりオルド様と関わりたくないのでは? という言葉が真面目な方の少年から飛び出しそうになった。


「そういえば、さっき話をしていた者から頼まれていたことの中に使えそうなものがあったな~……よし!良いことをひらめいたぞ」

 

 悪意など微塵も無い善意で、王都屈指の貴族であるオルドは手紙の差出人にとってはまたもや有難迷惑なことを考えついたのだった。



 


 国境に位置するサンシュウの街、その奥に位置する庁舎……さらにその最深部にある領主の執務室には何人もの使者達が主からの手紙を持って順番を待っていた。


 その使者一人一人に礼をつくし、対応しているのはこの街の領主であるトールであり、その傍らで内心困りながらも笑みを見せているのがその息子のムランである。


 数ヶ月前にあった反乱の際に目立った手柄(実は反乱軍の足止め等、功績を上げてはいたが上役に握りつぶされた)こそ無いが、地方領主の子息で唯一従軍したということで、周囲の領主、地方官にとっては内心はどうあれ、多少は気を使わなければいけない存在になってしまったムランには数日に一度はこういった使者がやってくるようになっていた。


 しかし本人からしてみれば、平穏に穏便に過ごしたいという小領主らしいメンタリティであるので、このようなことは神経をすり減らす以外の何者でもなく、迷惑なものであった。


 しかし世知辛い領主家業故に、それを表に出してしまっては無用な反感(実際、唯一息子を従軍させたトールに対して余計なことをしやがってと思っている領主も少なくない)を買うことになるので、絶えず笑顔を絶やしながら父と同じように使者達に恭しく接することを強制されている。


 そんなムランの我慢もやっと報われるときが来た。


 今日最後の使者がムラン達の前にやってきたのだ。


 『やっとこれで終わりか……』

  

 ホッとしたところで表情が緩んだのに気づかれたのか、父であるトールがジロリと彼を睨みつけてきたのであわてて顔面の筋肉を元に戻す。


「ほう……宴の誘い……ですかな」


 最後にやってきた使者は自身を、ルドブール家からの使いと名乗り、反乱鎮圧の祝宴を催したいと思い、ついては実際に従軍したトール殿のご子息ムラン殿とその従者達を招きたいと口上を述べた。


 トールとムランの顔が苦いものとなる。


 特に実際に招かれているムランに至っては冷や汗が顔に浮き出ている。 


「それは有難いお誘いではございますが……私も倅も無骨な者ですから、そのような華やかな場での振る舞いが分からず、先方に失礼をするかと」


 トールが慎重に言葉を紡ぎながら断ろうとする。 

 

 ムランもギリギリのところで表情を維持しながらも、心の中では首を縦に振っている。

 

 いかに田舎の領主であろうと多少の礼儀作法は知っているものだ。 


しかし一介の兵士から成り上がったトールは軍学以外の教育を軽視する傾向があり、なので息子であるムランにはそういった礼儀作法の教育はあまり施されていなかった。


 だからこそ従僕とはとても思えないような規格外の従者に出会うことが出来たのだが……。

 

「そのようなことは申されますな……条件というわけではございませんが、我が主はサンシュウの街に特別な配慮を施す準備も出来ていますゆえ」


「う……う~む……」

 

 それを聞いてトールは黙り込んでしまった。


 ムランもこちらの弱点を突かれてしまい、何も言えなくなってしまう。


 実はその反乱鎮圧の折にトールは自身が管理しているサンシュウの街の限界に近いほどの物資を供出し、そしてそれらはほとんど戻ってくることは無かった。 


 それは経済的にも防衛的にもかなりの負担として為政者である彼らの肩にのしかかっており、先程使者の言った『特別な配慮』は喉から手が出るほど欲しいものであった。

 

 なので答えは解りきっていたのだ……。



「それで?そのお偉いさんの宴とやらに俺達が行くことになったのか?」


 屋敷の中庭で少女と向き合いながら少年が口を開く。


 少女は自身の身体よりも大きい剣を、少年は槍を持ち、それらを交差させながら会話を続ける。


「俺も親父もどうしても断れなかったんだよ」


「全く、貧乏って悲しいのね」


 おどけながら少年が槍を高速で突き出す。


 少女はそれを難なく捌き、当たれば上半身ごと真っ二つになるような勢いで大剣を横になぎ払った。


「あらよっ……!」


 必殺の攻撃をかわし、大剣の上に槍の少年が見事に着地する。


「スアピもイヨンも真面目な話なんだからちゃんと聞いてくれ」


「……はい」


「ちっ、わかったよ」


 日課の鍛錬をそこで終えて少年と少女が主の前に並ぶ。


「とりあえず宴の日まであと二週間しかない」


 真面目な顔をしたムランの顔はすでに重圧で押しつぶされそうになっている。


「そして今回は俺だけじゃなく、お前ら二人も呼ばれている」


 ムランの顔が苦渋に満ちていく。  


 大剣を軽々と扱っていたイヨンと呼ばれた少女の方が主に比例するようにオロオロとした表情になっていく。

 

 彼女の大好きな主が心配なのだろう。 

 

「そして宴の主催者はルドブール様だ」


 名前を言われてもピンと来ないようで、槍の少年が困ったように頭をかく。


「ル……ルド……なんだって?」


「ルドブール=ダラン様だ、三つの街を支配する権力者で、普段なら俺達が関わるようなことは無い人なんだけど……元は王都に居て、少し前にこの地方にやってきたそうだ」


「なんだ……都落ち貴族かよ」


 都落ち貴族とは、文字通り何らかの理由で王都から地方へと赴任(大抵は不名誉な理由か権力闘争に負けて)することになった貴族である。 

 

「だからこそ問題なんだよ」


 吐き捨てるように言ったスアピの瞳を覗き込めるくらいに近づいたムランがはっきりとした声で宣言する。


「な、なん……だよ」


 主のその迫力に圧されて、後ろに仰け反りながら聞く。


「先方は都落ちとはいえ、王都に居た方なんだ……だからこそ礼儀に明るいだろう……」


「そ、それ……が、どうかしたのか?」


 さらに仰け反るスアピに、この世の終わりのようにムランがさらに顔を近づけてくる。


「まだわからないのか?そんなある種、天上人に近かったような人の宴に呼ばれるなんて大恥をかきに行くようなものじゃないか!」


 スアピとイヨンはピンと来ていないようだが、ムランはトールの後継者という生まれからそのような社交の場に出ることも稀にある。

 

 その度に礼儀上の失敗をし、嫌味を言われていた。 


 それでもムランは最低限の教育は受けている。


 しかしスアピとムランはそのような教育どころか、礼儀というものすら知らない……そしてそのような二人がそんな場に出たらどうなるか? 


 それは火を見るよりも確かなことだった。


「ま、まあ……ようするに向こうのお偉いさんに失礼の無いようにすればいいんだろ?イヨンは確かに心配だろうが、このスアピ様ならその気になれば……」


「む~!」 


 頬を膨らまして抗議するイヨンを片手で抑えつけながら頼もしいことを言ってくれる……がしかし、ムランは疑いの目を止めてはくれない。


「そうか……それじゃパンを食べるときの作法を教えてくれるか?」


「そんなもん、片手で掴んでそのままかぶりつけばいじゃねえか!」


 自信満々に答えるスアピにムランが足元から崩れ落ちていく。 


 それは絶望の証だ。 人は希望が潰えたときには全身から力が抜けて足から崩れていくのだ。


「ああ……どうすればいいんだ~。今から講師を探したって見つかる頃には教えてもらう時間なんか無いじゃないか」


 ヨヨヨと手と膝を地面に付けて嘆き悲しむ主に、従者の少年と少女は気まずそうに見つめあうのだった。 

 

 こと二人とも腕っぷしはあるが、礼儀作法というものについては……なのだ。


「息子よ~、息子はおるかー!」


 ビリビリと城内が震えるような大きい声でトールがムランを呼んでいる。


「な、なにか……あったのかな」


 さらに青ざめる主に今度は視線を互いから逸らす。 


 かつて体験したことの無い気まずさがそこにはあった。


 しかし満面の笑顔でこちらに向かってくる領主を見て彼らは悪い知らせではないことを確信し、ホッとする。





 

「オ、オルド……様……が?」


「あ……ああ……オルド殿……だ」

 

 思わぬところからの恩義によって、状況が一気に好転した。


 あまりの状況の変化に二人は涙を滲まして抱き合っている。 


 そのオルド自身からの手紙を届けに、派遣されたメイドの前で……。

 



「アメリヤ=サヌーラと申します。オルド=グランスカル様からムラン家で働くよう召しつかいました」


 綺麗なメイド服を着ながらもキリっとした眼鏡をかけた貴族のメイドが自己紹介をする。

 

「ムラン=グランと申します。オルド様からの特別の計らいとアメリヤ殿を歓迎いたします」

 

「スアピ……です」


「イヨン……です」

 

 無愛想に挨拶するスアピといつもどおりのイヨンを彼女は無表情な顔で彼らを見据える。


「そ、それにしても……助かりました、アメリヤ殿にはビシビシと教育してもらいますぞ~」

 

「はい……わかりました、それでは遠慮なくビシビシと指摘させてもらいます……ところでムラン様、身分の軽重というものもあるのですから、私のことをアメリヤ殿と呼ぶのはお止めください、確かに私はムラン様達の教育も依頼されておりますが同時にムラン様に仕えるメイドでもあるのですから今後は気をつけてください」

 

「は、はい……わ、わかりました」


 眼鏡をピシリと上げながら早速指摘されて、ムランの顔が引きつる。


 そしてその後ろにいたスアピも嫌な予感を感じて頬が引きつる。 

 

 何を言っているのかわからないイヨンだけが不思議そうにに小首を傾げていた。





 アメリヤが来てから数日たった。 今日も朝から彼女の声が屋敷の中に響く。


「スアピさん……パンを持つときはこう、そしてちぎるときはこういう風に一口ずつです」


「イヨンさん……また背中が曲がっていますよ、ちゃんとレディーらしく背筋を伸ばして優雅に歩きなさい」


「ムラン様、もう少しゆったりとしてください、あまりせせこましく動いているとそれだけで他人から軽んじられるようになるのです」


 切れ長の眼から冷徹な注意が彼らに飛ぶ。 


アメリヤの教育は予想以上に厳しくまた細やかなもので、その辛さはスアピをして、まだ三人で数百の敵と戦った方がマシだと言わしめるほどだった。

 

 従者の二人とは違いある程度の教育を受けていたはずのムランでさえ、アメリヤから見れば、スアピさん達と同レベルですと評されて、内心のショックを隠しきれていない。


「おい……本番まであと何日だっけ?」 


 部屋の中で座り込みながらぐったりとした顔でスアピが問いかける。


「……あと……五日……」


 憔悴した顔のムランがうつむきながら答えた。

「……む~……疲れた~」


 ムランの膝の上に顎を乗せ、まるで猫のようにぐにゃりと寝ているイヨンが絞り出すように言う。

 

 アメリヤが来てから始まった定例の午前のマナー指導、そして『正しい食事作法』を終了させ、つかの間の休憩を三人は自室でとっており、その時間と就寝時だけがここ数日感での唯一、気が抜ける時間であった。


「おい、このままじゃ宴の前に俺たち、死んじまうぞ」


 気のせいか、ややゲッソリとした顔のスアピが隣の主に話しかけると、


「は、ははは……大丈夫だよ……このくらい……き……っと……」


 語尾がどんどん小さくなっていく。


「  













  

 


 


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