表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

親友

 店は青年の言った通り、大通りから少し入った路地に看板を出していた。近寄ると、陽気なざわめきが扉から漏れてくる。


(うう。当たり前だけど、人がいっぱいいる……)


 ノアが今までに関わったこともないような、体格の良い、悪く言えば威圧感抜群な男たちばかりだ。


(どうか、話しかけられませんように。変な目でみられませんように)


 意を決して店の中に入ると、荒々しい酒場の独特の喧噪に取り巻かれた。煙草の匂いに咳き込みつつ、大柄な男たちで狭苦しい店内を、縫うように進む。

 皆それぞれに盛り上がっていて、小さいノアのことなど気にもとめない。ノアはぶつかりそうになる腕や足を避けて、なんとかカウンターの隅の席に辿り着いた。

 物珍しそうにノアをじろじろ見てくる店員に、飲み物を頼む。


「おいダッド、おまえいい加減元気だせよ!」

「ああ……」

「親友があんなことになって落ち込むこともわかるけどなあ」


 隣では、赤い顔をした男が、隣で項垂れる男の肩を叩いて慰めていた。

 ノアは少し俯きながら、自然と耳をそばだてる。

 話を聞いていれば、二人ともどうやらこの帝国の騎士団の騎士たちのようだった。

 慰められている方の男の親友が、その男に何も告げずに、突然騎士団を去ったらしい。


(最近、いなくなった人の話だ……)


 まさかの巡り合わせに、心臓の鼓動が自然と早くなった。


「ね、ねえ。お、お兄さんたち……!」


 なんとか話に割り込もうと喧噪の中で声を張り上げると、がたいの良い男が振り返った。


「なんだあ? 坊主」


 ぎろりと睨みつけられ、ひっと内心で悲鳴をあげる。


「と、突然ごめんなさい。でも、そのい、いなくなった人の話、聞かせて欲しいんです」

「いきなり人の話に割り込みやがって、おまえなんなんだ? だいたい、ここはおまえのような奴がくるとこじゃねえぞ。騎士団御用達の店だぜ?」

「あ、あの」

(どうしようどうしよう)


 どちらかというとお高く止まった召喚士協会ではありえない、割れてがらがらした大声と遠慮のない乱暴な物言いに、ノアは固まって次の言葉が出てこなかった。


「まあまあ、ガゼル。その子もなんか事情があるんじゃないかな」


 ダッドと呼ばれていた男が、苦笑しながら男──ガゼルを宥める。ち、とガゼルは舌打ちして酒を煽った。

 最早ノアは尻尾を巻いてそこから一目散に逃去りたかった。実際、足が恐怖でぶるぶる震えていた。

 でも、逃げようとする足を、自分の両手でぎゅっと押さえつける。


「ぼ、ぼぼ僕! 田舎から兄さんを探しに出てきたんです!」


 緊張のあまり、声が裏返ってますます情けない声になる。

 ガゼルが眉を顰めて追い払うように手を振ったので、ノアは再び縮み上がった。けれど、温厚そうなダッドの方は、その言葉に興味を惹かれたようだった。


「兄さん?」

「そ、そうです! 僕の兄さんが、騎士団に入っているはずで……」

「ああ、そういや最近、騎士団見習いを補充したってきいたなあ。なんだ坊主、連れ戻しにきたのか?」

「は、はい。兄さんは両親と喧嘩して、家を飛び出していったんですが、父の具合が悪くなってしまって」

「知らせにきたのか」


 こころなしか、ガゼルの視線が少し柔らかくなった。


「で、でも。騎士団に行ったらそんな奴いないって言われて。だ、だから、お兄さんたちの話を聞いて、もしかしたら兄さんじゃないかって……」

「残念だけどね、それは違うと思うよ」


 ダッドは寂しそうに少し視線を落として言った。


「ど、どうして、ですか……?」

「いなくなった奴は、俺の親友なんだけど。あいつは、末端とはいえ貴族だったからな」

「き、貴族……」


 まずい、とノアは焦った。咄嗟に田舎から出てきたと言ったが、エルがどんな出生なのかも、ノアは知らないのだ。


「そ、そうなんですか。その……親友って人は一体どうされたんですか?」

「ああ。あいつ──エルンストな。どうも騎士団の金を横領して、やばい奴とかかわってたみたいなんだ」

「え?」


 ノアは突然出てきた名前と、「横領」の単語に言葉を失う。


「それがバレかけて、騒動になって逃げた。本当に信じられないよ」


 深い溜め息をついてダッドが酒に口をつけた。


(エルンスト……あの名簿に書いてあった名前と同じだ……)


 呆然としていたノアは、ガゼルがぼそりと呟いた言葉にはっと意識を戻した。


「でもなあ。俺は、あの王女様命のエルンストがそんなことするとは信じられねーんだよな」


 かなり酒が回ってきたのか。ガゼルがカウンターにだらしなく腕をのせて半分沈没しかかっている。

 ノアは先ほどまで怯えていたことも忘れて、思わずその腕を掴んで揺すった。


「お、王女様です、か?」

「ああ……そうだよ。第一王女のエリカ様って、いるだろ? エルンストはエリカ様が小さい頃からお付きをやっててなあ。その敬愛っぷりは惚れてるんじゃないかってほどだったぜ」

「そ、そうなんですか?」

「そうなんだよ。全く、女にしょっちゅう刺されるような屑野郎でも、エリカ様に捧げる忠誠だけは本物だって、思ってたのによお」

「さ、刺される……?」


 何か奇妙な言葉を聞いた気がしたが、ガゼルはそのままぼやき続ける。


「王女様も年の近いエルンストを何かと信頼してたらしいがなあ。エルンストがああなって、さぞお心を痛めていらっしゃるだろう」


 王女様は帝国の騎士たちに人気があるのだろう。強面の男の目には真実同情の色があった。


(エルが王女様の……お付きだったなんて)


 帝国の王女様なんて、ノアにとっては雲の上のそのまた上の人だ。そんなに偉い人に仕えていたとは。


「す、凄い人だったんですね」

「おうよ。なのに、王女様の信頼を裏切るようなことしやがって。まったく許せねえ!」


 がん、とガゼルが空になった酒瓶を叩き付けて怒鳴り散らし始め、ダッドが慌ててそれを取り押さえている。ノアはどこか上の空でそれを眺めながら、突然転がりこんできた情報を噛み締めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ