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手紙

 宿に帰る頃には、エルはすっかり調子を取り戻していた。

 並んで歩きながら、ノアに召喚士の仕事について尋ねてきたり、いつもみたいにフードが外れそうになるほど頭をぐしゃぐしゃに撫でてきたり。

 ノアは、「いつも通り」の自分を必死になぞるように、おどおどしたり、憤慨したりした。 

 結局、エルにどう言葉をかけたらいいのかわからなくて。

 彼が罪を犯したかもしれないと言われても、現実感がないというのが正直なところだ。

 ノアが知っているエルが不正を働いたり、人を傷つけるようには思えない。何かの間違いではないか。


(こんな時に、普通の人なら、どんな風に言葉をかけるんだろう)


 結局ノアは気の利いた言葉何一つ言えずじまいだ。

 いきなり帰る場所もなくなり、帝国を追われる立場だと解ったというのに。夕食を食べ、宿で別々の寝室に引き上げる最後まで、エルは笑顔のままだった。

 寝室には、さらにノアを落ち込ませるものが待っていた。

 簡素な机の上に、精霊が運んでくれたらしい手紙が載っていたのだ。

 無造作に封をやぶくと、予想通り、協会からの指示書が出てくる。

 ここまでの道中、ノアには報告義務が課せられていて、街に着く度に報告書を送っては協会の指示を仰いでいた。


(こんなにいちいち……私って本当に信用ないんだなあ)


 ややうんざりしながら目を通す。


『帝国についたら、即刻帰国せよ。それ以上、彼の事情に関わることを禁じる』


 相変わらずの、一辺倒な返事の文句だ。


(全部、私のせい、なのに……)


 協会長にエルを「元の」場所に返すように命じられた時から、ノアは彼の身に危険が及ぶことを危惧していた。

 彼の傷を見れば、厄介ごとに巻き込まれたのだと誰でも解る。

 その彼を、記憶の不完全な無防備な状態で「元の」場所に戻したら、また命を狙われるのではないか。

 一度は引き下がったノアは、旅に出る前から、もしもの時にエルをどこかへ逃がす案を協会長に提案していたのだが。


「駄目じゃ。あの男が、どんな事件に関わっているか知れたものか。いいか、ノア=エデル、はき違えるな。おまえがあの男を召喚したのは、偶然の産物。元の場所に戻して後にどうなろうと、それは歪められた運命が元に戻っただけのことじゃ」


 協会長の反応は冷たいものだった。

 協会は自治権を認められている小さな市国家だ。自治を認められているとはいえ、帝国にほど近い場所柄、その立場は難しい。

 それゆえ、厄介ごとを嫌う。


「いいか、おまえの使命はあの男を元の帝国に返すこと。それが終わったら、一切余計なことはせずに帰ってくるんじゃ。帝国内の事情に関わったらろくなことにならん」

「で、でも……」

「これは命令じゃ。もし破れば、おまえを協会から永久に追放する」

「……っ」

「孤児でなんの後ろ盾もなく、召喚もできない上に、協会からの追放令の前科がある者が、そう簡単に生きていけると思うか? いくら馬鹿なおまえでも解るじゃろう?」


 それは、明確な脅しだった。

 生まれて親に捨てられてからずっと、ノアは協会で暮らしてきた。いつか手に職を得て、協会から出るのが夢だった。

 でも、召喚士の資格もなにもないノアが、いきなり協会から放り出されたら。生きていく術は殆どない。

 ノアは苦い記憶を思い出すのをやめ、握りしめてくしゃくしゃになった紙を、くずかごに捨てる。


(でも、ちょっとだけなら……)


 せめて、協会に怪しまれないあと数日の間だけでも。ノアは自分にできることをやるつもりだった。

 




 真夜中、ふくろうが鳴き始めた頃、ノアはむくりと寝台から起き上がった。

 そっと音をたてないように着替え、扉を開けて外を出る。

 階段を降りる時に、ちらりとノアの隣のエルの部屋を振り返ったが、扉は大人しく沈黙していた。


(エル、黙っていてごめんなさい……でも、私が確認してくるから)


 ザードが言っていた「白鷺亭」、そこにエルについての情報があるのではないか。ノアはそう考えたのだ。

 眠らない都という名にふさわしく、帝都は真夜中でも大通りは明るい。

 夜会が一晩中開かれているのだという。行き交う馬車に乗り込む人々は皆華やかな装いをしていた。


(「白鷺亭」って、一体どこにあるんだろう)


 日中もそれとなくあたりを窺っていたのだが、目当ての店はみつからなかった。


(このまま、店を探してるだけで夜があけたらシャレにならないもんね。が、がんばって人に聞くしかない)


 ノアは建物の角から顔を出してそっと大通りを窺う。沢山の人、人。

 フードを深く被り直し、ぎゅっと拳を握りしめた。


(いける! 道を聞くだけだもん!)


 なけなしの勇気を振り絞って、人の良さそうな青年に声をかける。すると、ノアのフードに些かぎょっとした様子をみせつつも、快く教えてくれた。


「でも、君。どうしてそんなとこに行くの?」

「そ、それは……」

「白鷺亭っていえば、騎士団の行きつけの店で有名なところだよ。君みたいな、子どものいくような場所じゃない」


 青年は、あくまでノアを心配して言ってくれているらしい。


「お、おつかいを頼まれてて」

「ああ、なるほどね」


 冷や汗をかきながらの咄嗟の嘘に、青年は納得してくれたようだ。


「いいかい、気をつけるんだよ。いくら騎士団っていっても、酔っぱらいは酔っぱらいだからね」

「は、はい……!」


 まるで実の兄のように親切な忠告をくれる。こくこくと必死に頷くと、青年はようやく解放してくれた。


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