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過去の記録


「任務お疲れさまです」

「いえいえー」


 司書と思われる女性に愛想よくひらひらと手を振って、エルが小部屋へと入って行く。


(と、通れた……)


 エルに続いて何食わぬ顔で司書の前を通りすぎたノアは、緊張を人知れず緩めた。

 図書館の端に位置する小部屋は人気も無く、近くのカウンターで司書が作業しているだけだ。

 もっと奥まった所には、それこそ騎士団の警備する書庫があるというから、かなり警備は薄い方らしい。


「さあて、名簿で一ヶ月前くらいに行方不明になってる名前、調べてもらえる?」

「はい」


 あまり時間をかけると怪しまれるかもしれないので、二人で手分けして名簿を探す。

 片端から本を浚っているうちに、その日起こった出来事などを記した日誌のようなものもみつかり、名簿はエルに任せてノアはそちらを調べることになった。


(あ、これが召喚した時期の日誌かな)


 整然と書架に並んでいる中から、背表紙に書いてある日付を見て一冊を選び出す。

 ぱらぱらと頁をめくると、毎日担当の者が交替で記入しているのか、日によって字も、記録の付け方も違う。本人の性格が出るのか、懇切丁寧に書いてある日もあれば、ざっくばらんな日もあった。

 問題のエルを召喚してしまった日は、いささか乱暴な字で『特に問題なし』と書き殴ってあるだけ。


(うわあ……)


 ノアはがっくりと項垂れた。これでは何もわからない。

 残念な結果を告げようとエルを探すと、整然と並んだ書架の向こうから、足早にこちらへやってくるところだった。眉間に少し皺が寄っている。


「あの、」

「しっ。誰かきた」

「えっ?」


 言われて耳を澄ませば、確かに外から固い足音が聞こえる。それと話し声。司書と軽く会話しているようだ。


「隠れるよ」

「ええっ」


 よくわからないままに腕をつかまれ、部屋の奥の方まで引きずられる。エルは、突き当たりの小さな扉の先にノアを押し込んで自分も入り、後ろ手で扉をしめた。


「あ、あの。なんで隠れちゃったんですか?」

「普通の一般人ならいいんだけどね。騎士団の人みたいだったから」


 背伸びして扉の硝子窓から覗くと、確かにエルと同じ制服の裾がちらりとみえた。


(これは確かに……みつかったら面倒になるかも)


 問題は司書だ。中にエルたちがいることを、彼に話していなければいいのだが。


「あんまり見てるとみつかるよ」


 ぐ、と腕をひかれてノアが振り返ると、思ったよりも近くにエルが立っていた。この小部屋は物置として使われているのか、薄暗くて狭い。

 おかげで、エルと殆ど抱き合っているような、密着した状態だ。


(なんだか、良い匂いがするな……)


 無意識に鼻から息を吸い込んだところで、ノアはあれ、と思った。

 ──殆ど、抱き合っている、ような。


(って、ええええええ)


 声にならない悲鳴をあげて、距離をとろうと思いっきり腕を突っ張ろうとしたところを、逆に腰を掴まれ強引に一回転。

 そのままぐい、とうしろから引き寄せられる。気づけばエルに背中を預ける形になっていた。


「ちょ……っ!」

「静かに!慌てない!叫ばない!」

「むぐぐぐぐ」


 大きな掌で口を塞がれ、続きの言葉は意味をなさない。


「ごめんね、こんな埃っぽいところで嫌だと思うけど。我慢して貰えるかな?」 

(って、そうじゃないそうじゃないーー!)


 必死に口を塞いでいる手を引きはがそうとするが、エルはその腕さえも片手で押さえ込んでしまう。

 了解をとろうとする割には、その拘束は容赦がなかった。


「こらこら、暴れないの。気づかれちゃうよ。多分もうすぐ、あの人も出てってくれると思うからさ」


 ひそひそと耳元で囁かれると、首筋がくすぐったくてぞわぞわする。


(あ、暴れないからこの! この手を離してくださいっ。おおおおお願いです!)


 ノアは心中で絶叫した。心臓がばくばくと五月蝿くて破裂しそうだ。背中ごしの体温がやけに生々しい。

 暴れるだけ状況が悪くなるだけだと気づいて抵抗をやめると、エルはあっさりノアの手を離してくれたが、そのかわりに腰に腕を回された。


(ひいいいいいい)


 想像よりも逞しい腕が、どうしようもなく気になって逃げたくなる。


(わ、わたしなんか変な匂いとしてるんじゃ……! ロ、ローブずっと着てるから汗臭い気がする。顔に汗かいてきてるし! なんでこんなことに! お願いだから早く去ってええええ)


 脳内で混乱状態になっているノアをよそに、エルは息を潜めて硝子窓の向こうを窺っているようだ。いつもの軽く明るい彼の雰囲気は影を潜め、どこかぴりぴりした緊張をはらんでいる。


(駄目だ。完全に意識が向こうにいってる)


 その様子に、少しばかりノアの混乱も静まった。

 ちなみにエルは、ノアの口のあてたままの掌についてはすっかり忘れているようだ。 


(なんだか……戦っている時もそうだったけど。やっぱりエルは騎士なんだなあ)


 当たり前のように剣をふるい、こうやってノアを簡単に拘束できる。普段はふわふわ漂う風船みたいな調子だというのに。


(どっちのエルが、本当なんだろう……?)


 記憶を取り戻した時、エルは「騎士のエル」に戻るのだろうか。

 考えても仕方のないことだ。ノアは目をつぶって余計な思考を頭から追いやった。

 元凶の騎士の男は、どうやら新しい記録簿を納めにきただけのようで、しばらくするとあっさり帰っていった。

 それでもエルが解放してくれた時には、ノアはすっかり精神的に疲れ果てていたが。


「……怒ってる?」


 俯き、視線を合わせようとしないどころか、エルと微妙に距離をとって再び名簿を探しているノアに、エルが恐る恐る声をかけてくる。


「別に、お、怒ってないです……」

「あ、あのー。ごめんね? ノンちゃんがパニックになって暴れたらまずいと思って。つい」

「つい? つい、私の口を塞いで、後ろから押さえつけて拘束したわけですね。い、いいんですよ、暴れた私がわるいんです。この年になって、あれくらいで、騒ぎ立てる方がお子様だと自分でも思います自意識過剰なんです私が……!」

「うわ。めっちゃ喋った……」


 くるりと振り返ると、エルがびくりと肩を揺らした。ただでさえたれ目がちなのに、眉が八の字になっていて少々情けない顔になっている。

 せっかくの美形が台無しになっているので、ノアは思わずちょっと笑ってしまった。それを見たエルが、つられたように微笑む。


「……本当に怒ってないですよ。も、元はといえば、私が悪いんですから」

「いや、俺の方こそ焦って強引だったかも。ごめんね。怒っちゃったかと思った」


 安堵の溜め息を吐くエルは、元の朗らかで、それでいて自然に人に優しくできるエルだ。


(いつものエルだ……)


 ノアもほっと肩の力を抜く。文句を言ったのは、半ば照れ隠しのようなものだったので、変に引きずる気はない。


「ぐ、ぐだぐだ文句言ってしまって、むしろ申し訳ないです。それより、この名簿じゃないですか?」


 ノアが一つの名簿を差し出す。エルから始まる名簿は、奥まったところに雑然と積み重ねてあった。なかなかみつからないわけだ。

 名簿を受け取ったエルが真剣な表情になって、頁をめくる。

 ノアも横から覗きこんでエルから始まる名前を探した。すると、召喚した日に一人だけ騎士が隊からいなくなっていた。


「エルンスト=エディフォーリ、除名」


 読み上げたエルの顔が暗く翳った。除名、とは嫌な響きだ。


「た、たしかに、頭文字はエルですね」

「これが、俺の名前……なんだろうね」

「除名の理由は?」

「書いてない」

「普通、どんなことで除名になるんですか?」

「死んだ場合は殉職になる。やめる時は退職だね。除名っていうのは普通、何か罪を犯して騎士団を抜けた場合だけだよ」

「それって」

「俺、犯罪者だったみたい」


 ノアは息をのんだ。



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