表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

華寄せ


 宿屋を探す道すがら、ノアは周りの光景にすっかり心を奪われていた。

 日は完全に落ちて、通り沿いの街灯からは光の精の鱗粉が、星屑みたいにたくさん石畳へこぼれ落ちている。夜になっても明かりを失わない街は、人々の活気で息づいていた。これだけの精霊を毎日召喚し、使役できるのは帝国くらいだろう。


「なにー? 何か珍しいものでもあった?」


 エルに覗き込まれて、ノアは自分が田舎者丸出しだったことに気づいて俯く。


「あ、お店が……」

「ああ、ノンちゃんは帝都の夜市は初めてか! 南の砂漠の向こうから隊商がやってくるし、西の都市国家からも商人たちが集まる。きっと珍しいものがいっぱいあるんじゃない?」

「凄いですね」

「お。向こうで華寄せやってるね」


 エルが指差した先に、人だかりとぼんやりした桃色の光がみえた。


「華寄せ……?」

「華寄せっていうのは、帝都名物の若い女の子たちに人気の見せ物だよ」

「ど、どんな?」

「華の精霊たちが舞いながら祝福を授けてくれるんだ。そうだ! せっかくだからノンちゃんも授けてもらおっか」


 連れて行こうとするエルに、ノアは必死に首を振った。華の精霊ということは、きっと恋のおまじないだ。

 可愛らしい女の子がちやほやされるような見せ物に、フードを被った陰気な女が出て行ったら場がしらけてしまう。


「や、やめてください……わ、私はいいです……っ」

「なんで? ほらほら、早く行かないと終わっちゃうよ〜?」


 ノアが本気で拒否しているにも関わらず、エルはぐいぐいと腕を引っ張る。人に腕を掴まれることなど滅多にないノアは、振り払うこともできない。


「おや、お嬢さんも祝福希望かな?」


 エルに強引に押され、ノアは人の輪から一歩前によろめき出てしまった。出し物をやっている召喚士のおばあさんが、目尻の皺を深くしてノアに微笑んだ。


「い、いえ、あの……っ」

「それでは皆様、このお嬢さんに華の祝福を授けよう」


 わあ、と歓声があがる。引くに引けなくなってしまい、泣きそうになりながらノアは人の輪の中心にまろびでた。

 召喚士が薄い布を振り、詩を唱える。老婆の声とは思えない程、朗々とした美しい抑揚のついた調子で。


「人は華、華は恋。恋は咲き、華は舞い、人は愛する。人は囁き、華は歌い、恋は踊る。結ぶ縁も別れる縁も全て人の儚き定め。華のように恋し愛せよ」


 輪郭の溶けた蝶が、淡い桃色の光の粒子をまき散らしながら舞う。華の精の祝福の舞いに、人々は心奪われる。

 精霊を普段から見慣れるノアですら、その美しさにぼうっとなった。


『ノア』

『小さき子よ』

『貴方が再び心を割かれ』

『回る輪へと落ちませぬように』

『貴方が此度は過たず』

『繋ぐ縁に恵まれますよう』


 いつもノアをからかうばかりの精霊たちが、少しばかり優しく、そして哀しい雰囲気でノアの髪を羽で撫でていく。その感触はくすぐったく、そしてどこか懐かしい気持ちになる。

 不思議な祝福の言葉だった。


「お嬢さん。殻は傷もつかぬが情も通しませんよ」


 祝福は、あっという間に終わった。夢から醒めやらぬノアに、召喚士のおばあさんは、全てを見透かすような口調でそう呟く。それ以上は何も言わず、次の祝福希望の娘の方へと行ってしまった。


「綺麗だったねえ」

「あ、はい」


 ぽん、と肩に置かれた手で現実に引き戻される。エルだった。


「ん。どうしたの? 何か言われた?」

「いえ。なんでもないです」

「ならいいけど」


 いい宿を教えてもらったから行こう、と促すエルに、ノアは慌ててついて行く。


「あ、あの。ありがとうございました」


 忘れないうちにと、ノアはエルにお礼を言った。もしエルが強引に引っ張ってくれなければ、ノアはいつものように、人ごみの後ろでひっそり華寄せを見つめていただけだっただろう。

 無理矢理連れてこられたけれど、華の精の祝福はとても綺麗だった。場違いな自分でも、誰も意地悪に笑ったりはしなかった。


「いえいえ。帝国にきたからには、楽しまなきゃ損だよ?」


 なんでもないことのように、エルが軽く笑って受け流す。

 そう、彼にとっては、なんでもないこと。

 きっと、記憶を失う前も、こんな風に自然に人に優しくできる人だったのだろう。


(でも、私にとっては、初めてだった)


 嫌がる自分を、無理矢理人の前に引き出してくれたのも。ありがとう、と、人の親切にお礼を言ったのも──。

 今まで誰も、ノアにそんなことをしてくれる人はいなかったのだ。




 


 帝国での初めての夜。エルは夕食時に、もうここまででいいよ、と言ってくれた。

 元々、ノアの仕事はエルを帝国まで送り届けることなのだから、最後までエルに付き合うことはない、帰っていい、と。しかし、ノアはそれを断った。

 エルを無理矢理に召喚してしまったのは、自分の失敗だ。せめて、エルが自分の場所に戻るまでは見届けたかった。

 そう伝えると、エルはちょっと目を丸くしていたが、それは心強い、と言って微笑んだ。

 次の日から、早速ノアたちは本格的にエルの身元を調査することになった。一番てっとり早いのは、騎士団で聞き込みをする方法だ。しかし。


「危険かもしれないなあ〜」

「です、ね」


 二人は宿屋の一階で朝食を食べながら思考をめぐらせていた。エルがスプーンをくわえながらううん、と唸る。


「俺を怪我させたのがどんな奴かわかるまでは、不用意に騎士団に近づかない方がいいかも」


 エルは騎士団の制服を着たまま襲われていたのだ。つまり、騎士団の仕事をしている時に襲われた可能性が高い。


「単に普通の任務で襲われただけならいいんだけどね」


 机に肘をついたまま、はああ、とエルが溜め息をついた。

 ああでもないこうでもないと考えを絞った末、騎士団に所属している者の名簿をみせて貰おうという話になった。近頃退団したか、行方不明になっている者の名前が解るはずだ。


「でも……どうやって、名簿をみせて、貰うんですか?」

「名簿は、たしか帝国図書館に写しが置いてあるはずだよ」

「図書館」


 帝国内で作られる本という本は、最低でも二冊作られる。帝国では、帝国図書館に必ず写しを納めねばならないからだ。それだけに、帝国図書館の一部の区域は、貴重な本や機密情報を守るために警備が厳重なのだとか。


「厳重なのに……、だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫! 俺にはこれがあるからね」


 エルが悪戯っぽく笑いながら鞄から取り出してみせた制服に、ノアは目をぱちくりさせた。エルが召喚された時に着ていたものだ。


「制服、ですね」

「ご名答!」

「それが……?」

「着ていくんだよ、これを。帝国内で騎士っていえば結構信用があるんだ。名簿が置いてあるのはそんなに警備が厳重な場所じゃない。この制服さえ着ていれば、まず咎められないはずだよ」


 幸い、穴があいていた部分は協会を出発する前に綺麗に縫ってある。近づいてまじまじと見なければ解らないだろう。


(本当に、上手くいくのかなあ?)


 ノアはエルの軽い調子に若干不安になりながらも、他に良い案も思いつかないので任せることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ