第二十四話、過ぎ去りし日常への帰還ですか?(4)
「知らない天井だ……でも、ここが天上院の屋敷であることはわかる」
「お前……言いたい気持ちはわかるが寝過ぎ。もう翌日だぞ」
それはまあ、有り得ない位の快感のせいだろ。
「おはようございます、純也様。よくお休みでしたね」
く、心なしか皮肉下な印象……俺の受け取り方が悪いのか?
「ああ、おはよう。愛さんには脱帽だ。あんな高レベルのスキルがあったとは……俺の負けだ。出来れば毎日でもお願いしたいくらいだ」
「畏まりました。これから毎日純也様にご奉仕させて頂きます」
「おい、愛さん、それだとなんか語弊があるように聞こえるから! マッサージの話だよね!?」
何を当たり前のことを。
「当然だろ?」
「翔様、俗世にまみれて、そんなに人として堕ちてしまわれるなんて……天上院家付きのメイドとして嘆かわしいです」
「なんで俺いつもこんな役割!?」
あれは気にしないとして、何このアットホームな雰囲気。本当に俺誘拐された被害者なの? むしろ、ただ遊びに来ただけじゃね?
でも、毎日って……何、やっぱりマジメに誘拐なわけか?
「俺が遊びに行った事のあるお前の家って何なの? 仮面家族?」
「意味違うし……あそこは母方の実家だ……で、代わりに親子役をやってくれたのは従姉妹だ」
「本格的にややこしいな、俺そんな前から巻き込まれてたのか」
むしろその方向性の違う努力に脱帽な訳だが。
「ま、いいか。一日無駄にしたし、とりあえずしっかり説明してくれないか? で、今日学校どうするんだ?」
「説明しろって言っといて……そんな暇ないぜ。まず飯でも食うか?」
「翔様、朝食、もしくはお食事、ですよ。言葉使いがどんどん悪くなってますね」
と、言うわけで朝食後に朝風呂に入り、再度愛さんにマッサージをしてもらいながら一眠り、起きてから昼食を食べて、やっと主要メンバーが翔の屋敷にそろう。
メンバーは俺に翔、愛さんに御新規さんの昨日ブレザーを来ていた女の子だ。初めて会ったときに写真を見せてもらったから、誰かはわかってる。
「揃うも何もお前だからな。堪能しすぎだろ」
「まあ、気にすんな。俺は小市民だから、常にビクビクものだ。君がミリンダ……美玲ちゃんだね?」
「はい、初めまして。あの……有り難う御座います。ここにきてくれて……」
来る? 誘拐されてきたんだが……この娘は何を言ってるんだ?
翔の方を向く。無言で首を振る。
追求するなってことか。なんか、複雑な事情がありそうだな。
「ああ。だが、俺はよく事情がわかってない。繰り返しの説明になるかも知れないが構わないか?」
翔は大きく頷いている。
どうやら正解だったみたいだ。舐めんな、この程度の意志疎通動作もないわ。
「OOの中では済まなかった。美玲ちゃんの事をもっと考えて上げればよかったんだが……」
「いえ、大丈夫です! こうやってきてくれたし、私、全然気にしてないですから」
話が噛み合ってないが、このまま色々説明すると不味いことになるんじゃないのか?
知らんぞ、俺。
「今、俺がわかってるのはここが天上院の屋敷であること、翔が天上院家だと言うこと、愛さんがOOのアイリーンで、君が美玲、ミリンダだと言うこと……位か?」
なんか、普通に考えれば1~2分あれば余裕で説明出来そうな事じゃない?
「俺ら、昨日何してたんだろうな?」
「純也様、私がこれからご奉仕する事をお忘れですよ」
それ大事?
「ごっ!? ごごごご奉仕ですって!? 愛さん! な、純也さんになんでそんな破廉恥な!! 私がその……」
「天上院の一族はこんなに早とちりなのか? 世界に一番近い一族が」
「そうですね。だからこそ、と言いますか。何でも出来るからこそ、例外が中々受け入れられないのです」
「おーい。俺達この場にいるから……せめて少しは気を使って……」
話が進まなくなると昨日と同じ展開が待っているので、足早にマッサージの事である事と翔も同じ勘違いを使用としたことをバラす。
「お兄様と同じ……愛さん。今すぐロープの準備を」
「美玲まで同じ対応するなよ! 昔はあんなに兄たま兄たまって愛情たっぷりだったじゃないか」
「いえ、結構です。間に合ってますので」
へこんでるなぁ。話を進めていいかな?
「お、おう、任せろ……じゃ、始めるか。そうだな……まずは何から話すか……結構重いから、覚悟してきけよ?」
「そう言われると……」
「聞く耳は持たん……ええとな、簡単に言うと、全てはお前を手に入れる為だったんだ」
美玲ちゃんもOOの中でそんな事言ってたな。
「何で? まずそこの意味が分からん。お前、まさかそんな趣味が……」
俺は体を腕で隠すようにして、後ずさりしながら翔から距離をとる。
「いや、待て! その反応はおかしいだろ!? どう考えても俺の事じゃないだろ!?」
「その慌てよう……やはり俺の体が目当てだったのね……」
「いや、あの……そんなつもりじゃ……私が、その、純也さんを好きになっちゃったからです……だから、体って言うのもあながち間違ってる訳でもなくて、でも、勿論それだけじゃなくて、あの、その……」
真っ赤な顔の美玲ちゃんが答える。はは……そりゃ男冥利に尽きるが……なんか聞いてはいけない裏側も聞こえた気がする。
スキル、エアースルーを使用して受け流そう。
「美玲ちゃんは俺の事なんて殆ど知らないだろ? ゲームの俺は、俺の一部だぞ……と、そこでお前か」
「……済まん、そこで俺なんだ……純也みたいな奴初めてだったから、毎日のように美玲達にお前の事を話して聞かせたんだ」
お前……。
「じゃあ、それで俺と言う存在を幻想したってことか? 俺は人にすかれるような人間じゃないぞ」
「幻想なんかじゃないです! ちゃんと事実関係だって調べましたし、趣味嗜好まで調査してます!」
え、何それ……いきなり引くんだけど……。
「それに、OOの中では私を守るって言ってくれました」
「そんな事……」
「……天上院はな。民衆を導かなきゃいけないんだ。だから、生まれてから一度も守られる経験なんてないし、決してその言葉を受けることはないんだ」
ゲームで俺に出来ると思ったから言ったのに……重い。重すぎる捉え方だ。
「あーまあ、そんな訳でな……お前への思いを抑えられなくなった美玲は、父に頼んでOOを完成させたんだ」
「……は?」
またおかしな言葉が聞こえたぞ。
「なんで、OO? あいたきゃ会いに来ればいいんじゃないか? お前の妹だし」
「俺達一族の人間は、高校までここから外には出られないんだ。決まった人間以外には会えないしきたりでな。まあ、誤解のないように言っておくとOOを作った訳じゃないぞ。俺の話を聞いた美玲が、純也二会える唯一の手段と考えて意見を言って投資しただけだ」
何でそれがOOの世界だったかがやっぱりわからないが?
「きっかけは簡単なんだ。お前が、VRMMOのゲームがやってみたいって言ってたからだ」
「そんな簡単に……世界を席巻する一族は……まさか、懸賞で当たるようにし向けたのか!?」
懸賞は俺のアイデンティティ。もしそれが謀られたものだったら……。
「いや、それは……って言うか、懸賞の異常な的中率はお前のリアルラックだ。お陰でキットが余っちまったし」
「危なかったな、もしそうだったら、ここを爆破させなくてはいけない所だったよ」
しかし、OO自体が俺の為に作られた……じゃあ、この農民とかの異常なジョブ関係は……。
「それは、ある程度操作させてもらった。まあ、ボツになったジョブを復活させただけだから、あんな化け物になるとは思ってなかったが」
「で、何でそのシステムまでいじって騒動を起こしたんだ? 大体はわかったがそれは理解できないな」
俺に普通に説明して、普通に連れていけばいんじゃね?
「駄目なんだ。これはお前の安全のためにな。話してもいいが、リアルに一生ここでニートのように暮らすことになるぞ」
「監禁して閉じ込めるってことか。それだけの秘密なら、俺も聞かないでおくか」
「賢明です。今ならまだ間に合いますし」
移動経路とか、個人の認証とかか? デカいならその分狙われるだろうし、ここに出入りしてることがバレたら別の所に監禁去れかねないし。
「あ、あの、純也……さん」
「へ? あ、ああそうだ。美玲ちゃんが俺に思いの丈をぶつけてくれてたんだよね?」
規模が違うとはいえ、やはり女の子の真面目な告白だ。
紳士に答える必要がある。
「とりあえず……「考えて答えてくれよ。大変な事に……グギャ!?」……ん? ぐぎゃっ? 翔、どうしたんだ?」
声が急に途切れたがら見てみると、翔がソファーに生えてた。
何を言ってんのかと思うが……以下略。
「愛さん?」
「これも契約の内ですので……後程詳しく説明させて頂きます。それよりも、今はお嬢様への思いを言葉に」
「そ、そうか……」
と、言ってもなぁ。
今までモテた試しのない俺に、急にこんな降って湧いた話……美玲の事はよくわからないが、今の所嫌いではない。
それに、このソファーに生えてる奴とこれからも付き合ってくなら……。
「美玲ちゃん……」
「は、はい!!」
「俺はまだ君が好きかどうかわからない」
緊張からがっくりと肩を落として、涙目爆発寸前になる美玲ちゃん。
まだ全部話してないんだが、俺とんでもなく悪者になってね?
「じゅ、純也さ~ん……」
「最後まで聞け。ただ、君を嫌いでもない。何分君を知らなすぎる。これじゃ判断が付かない。だから、これからの付き合いの中で君の事を知っていくのは駄目だろうか?」
ソファーに突き刺さった足がピクリと反応して、美玲ちゃんがどうも頭で理解しきれない様子で呆気にとられてる。
「あの、それって…………」
「つまりな……美玲ちゃん。俺の恋人になってくれないか? 告白を聞いてからいうのは反則な気がするが……」
未だ目をパチパチしてる美玲ちゃんに、俺は左手を差し伸べる。
暫くそのまま時間が流れる。
反応はないが……変な言い方だったみたいだし、それが原因で断られたら俺ピエロも目じゃないぜ。
「はい!! 喜んで!」
「おわっ! ああ、よろしく」
左手を無視して、俺に飛び込んできた美玲ちゃんの勢いに負けて倒れないように頑張って力を込める。
「ああ…………言っちまったか」
「翔、聞いてたのか?」
ソファーが俺の方に歩いてくる。違った、ソファーに頭をつっこんでた奴だ。
「愛さん、俺の負けだ。よくこいつを見てたな。純也、お前は罠にはまったんだよ」
「ん? 急にどうしたんだ?」
また、色々と聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「俺が何で必死に周りにバレないようにここに連れてきたと思ってんだ」
「誘拐の為……」
「違うわ! ここで美玲との付き合いを了承しなくても、お前を一般人に戻すことが出来るようにだ!」
どういう事だ?
「ゴメン、意味がわからない」
「私から補足を……天上院の一族に一時の関係などありません。その関係は常に一生涯の物となるのです」
ん? 一生涯の関係? それ恋人とかの生温いものじゃなくね?
「気づいたか? 俺達には恋人なんか居ないんだ。付き合いは即結婚相手だ。つまり、お前は美玲の婚約者になったんだ」
「な、なんだってーー!!?」
意味を理解しきれなくて、抱きついてる美玲ちゃんを見ると、「今日から私の屋敷で暮らしましょうか?」や「式はどの形式をとりましょうか?」等と、成る程洒落にならないことを口ずさんでいる。
「因みに解消は……」
「出来るのなら、俺がこんなに回りくどい方法を採るわけないだろ。ただでさえ、天上院の外敵に見つかれば即誘拐されるから、むしろ好都合だからと言ってた連中を説得したのに」
だが、何でそれを言わなかったんだ、こいつは?
「それが私達との条件でしたから」
「条件?」
「はい。純也様がお嬢様の好意に気づいて、告白を受ければ私達の勝ち。純也様にはお嬢様の婿殿になってもらいます。逆に、それさえも無自覚に突っぱねる事が出来たら私達の負け。その時は、天上院は純也様を諦めましょう。と」
「ただ愛さんの言ってたように、これをやっていくに当たって条件があってな」
俺、この年で結婚か……しかも可愛くて俺を好きな、性格はそこまでよく知らない友人の妹。更に下手したら世界一にと言われた大大大富豪。
あれ? 別に問題ない?
気持ちに納得さえすれば、何だか全然構わないような気がしてきた。
どうせ俺がこの先もモテることはないし……あれ? おかしいな。目から汗が……悲しくない筈なのに悲しくなってきたなり。
「俺がどのような形であれ、介入しない事が条件だったんだ。こんな苦労お前にして欲しくなかったんだが……」
「と、言いながら翔様も満更ではない御様子」
「なっ!? 俺は別に……義弟も悪くないとは思うが、でも、純也には普通に暮らして欲しい!」
なんか、映画版だと改心して、とてもいい役回りをするいじめっ子キャラみたいなこと言いやがる。
「ま、いいさ。その様子だと、どの道選択肢は無さそうだし。それにこれも俺の運が呼び込んだ結果ならそれに従うのも悪くない。現状困ってないしな」
「純也、いいのか?」
「美玲ちゃんがそんなに一緒にいるのに何か問題があるのか?」
もしそうなら困るな。金持ちにありがちな、傲慢で高飛車とか、札束で顔面をバチバチ叩くような子とか?
「いや、お前の好みは知ってるが性格、見た目も全く問題ないはず……」
「じゃあいいさ。この選択が正しいことを、これから証明してくれるんだろ? な、美玲ちゃん?」
「はい! 勿論です! 覚悟しといてくださいね! 純也さんをメロメロにしちゃいますから!」
それは楽しみだ。
「だが、ここではいいとして、他の親族はどうなんだ? 正直、一般人との婚礼なんて賛成なのか?」
「天上院は完全実力主義です。その目に叶えば、生まれや種別、人種等関係ありません。勿論それなりの試験はありますが、純也様は全て完璧に近い形でクリアされています」
は? そんなの全然知らないんだが? こいつの仕業か?
「不思議に思わなかったのか? 俺達の活動が何故、学校で注意で済んでるのか? 誰も通報しないのか? 警察が俺達をマークしないのか……」
「……その話が今でるって事はお前、俺達の会合の時のイベントをその婚礼のイベントで代用してやがったな。しかもかなり前の段階から」
流石にそんな昔からおかしな事をやらせてたとは……許せん。
音無く近づいて、足払いから蹴り上げ、空中で踵落としのコンボをたたき込む。
「すまっグガ!?」
「空中コンボとは……生身の素人にそんな事が……侮れませんね」
「格好いい……流石は純也さん」
派手な音を立てて地面に倒れ込む翔に向かい、確認をとる。
「だって、やることなんか俺の番の時に思いつかなかったんだよ……勘弁してくれ……こなせたのだってお前だけだし……」
「俺達が必死に考えてたのに対して、お前は……パクリは駄目だろ!」
「純也様……旦那様はよく論点がズレますね」
「大切な事がわかってるって証拠ですよ。ああ……旦那様……愛さん……私、最高です!」
全く……ただ、これだと問題がなくなったな。後は、家だけか?
ま、これが俺のラックか。それが呼び込んだ結果だ、悪くない。
美玲ちゃんの頭を撫でて、振り向いたその笑顔を見つめていた。
こうして、俺は婚約者が出来た。




