第十三話、強くなる実感はありますか?(1)
荒れ果てた大地。
岩場に点々と作られた藁で作られた家屋。そこから続々と飛び出して来て襲いかかってくるそいつ等。
「来てる来てる……全く、しくじったな」
ここは犬に似た顔の二足歩行の生き物、コボルトの集落の一つ、アレストガンの渓谷であった。
「グアオウ!!」
「さて……エリアチェンジするまで、前方に何も出なければいいが……」
そして俺を絶賛追跡中なのはそこの住民であるコボルトさんご一行。
背後から迫る声に、本来感じる筈のない殺気を感じながら、俺は走り続けていた。
賢者に転職する為、一応の基準であるレベル18を目指して、ロマノフとレベル上げで訪れた俺。
低レベルの狩場としては不人気の、このアレストガンの渓谷に来ている。
他のプレイヤーは全くいない。
理由は敵が厄介なモンスターであるコボルトのみ、と言う事と彼等はアクティブでリンク(繋がるの意味通り、敵同士が仲間の戦闘に乱入してくる、と言う事)する為、死亡率が高い、ドロップ率が低い、アイテムが大したことない、こんな序盤で人型を相手にするのに抵抗がある為だ。
コボルトは他の人型モンスターと比べて、自分達人間にかなり近い。
他の俺がしってる適獣人のゴブリンは、自分達の半分位の身長に醜悪な顔の外見の為、抵抗はまだ少ない……らしい。
オークはむしろ人よりも二足歩行の豚。リザードマンも鱗や尻尾からトカゲが二足歩行してるようなイメージらしい。
そもそもこんな低レベル帯で戦うことはない。
ただ毛むくじゃらで、顔が犬なだけで他は体格、動きが人間そのもののコボルトは何となく罪悪感を覚えるプレイヤーが続出したらしいのだ。
厄介な、というのは……行動……思考ルーチンがプレイヤーに近い、と言う事だ。
やられそうになったら逃走もする個体もいるし命乞いする個体もいる、と、それがより避けられる原因らしい。
で、そんな場所に来た理由は……ロマノフ曰く、「俺はともかく、お前はかなり特殊だ。余り人目に触れない方がいい」からとの事。
来てすぐのレベリングは、俺の無限岩投擲と、ロマノフのこの間のダンジョンで手に入れた岩斧で一方両断と、上手くコボルトを刈っていた。
しかし、どうも俺は途中で気が抜けていたらしい。
岩の投擲をコボルトの密集地に行ってしまい、絶賛逃走中というわけだ。
(どうだ? 逃げ切ったか?)
(まだだ、もう少しなんだが……)
身を隠してやり過ごしたロマノフからテルが入る。正直それ所じゃないんだが……。
右に左に通路を走り抜け、ようやっと出口が見えてきたと思った時、俺の命運は尽きた。
「くっ! 来たか……」
囲まれた。
前方に俺を待ち伏せるように、赤ネームのスパイクドクラブ(釘バットのもっと痛そうなやつ)を手にして胸当てを装備したコボルトがいた。
後ろの奴より階級が上そうだな……コボルト下級戦士か。
(一寸駄目そうだな。すぐ戻ってくるから、まあ、待ってろ)
(ダメか……デスペナもあるから、まあ、ゆっくりこいよ。俺は攻略でも見てるから)
デスペナ確定だが、俺もただではやられんぞ。
一匹でも多く道ずれにしてやる。
格上としての等級を見ても前方の下級戦士にはきっと勝てない。
後ろは……5匹か。予想より少ないな。だからって勝てる訳じゃないが。
ネームは青、白、白、赤、赤か。
全員がコボルト見習い戦士か。どう見ても前方の下級戦士よりタイプが格下っぽい。
でも、俺はその見習い戦士より格下なのか……種族の差ってでかいな。
じゃあ、数こそ多いが減らすなら後ろだな。
俺は立ち止まり、右手に砂を左手に投擲用の石を拾う。
「スキル、クレイゴーレム召喚」
前方に砂を放ってスキルを発動させる。その砂は砂の量に全く合ってないのに俺と同格のサイズの泥人形となる。
別のスキルがあれば、砂で作ったらクレイ(泥)じゃなくサンド(砂)ゴーレムとかになるんだろうか?
ゴーレム召喚は触媒がいるから、そうなったら面倒だな。今は何を素材にしてもクレイゴーレムになるから、準備とか必要ないし。
呼び出したクレイゴーレムのクレイは、壁になるように俺の前に立つ。
これで俺のMPは残1。手持ちのせいしん草は先程植えて来たので、念の為持っていた一個しかない。
「まあ、MP5も回復すれば今の俺には充分だがね」
格下の青ネームのコボルト見習い戦士に、手にした小岩を投擲する。
同時にせいしん草を口に突っ込む。
「ほうれん草の味だな。味覚もしっかりあるなんて……初めて知った」
クレイをリンクしたコボルト集団に差し向けながら、しゃがみ込み猿山の猿よろしく無差別投擲を開始する。
「俺の弾幕、越えられるか?」
直撃したコボルトは、僅かにその速度を落とすが数を減らす事はなくクレイに突撃する。
全員が効果範囲に……入った!!
「さあ、踊れ犬! クレイゴーレム、爆発!!」
込められた魔力に呼応して、自爆し周囲に爆発ダメージとスロウ効果を撒き散らすクレイ。
「さあ、俺は伝説の農民ジェイル! コボルトよ、恐れずしてかかってこい!」
爆発に巻き込まれてしっかりしたダメージが入ったのは青ネームのみ。
ダメージは1/3程度か。
他の赤2体は1/10も減ってないし、白ネームは1/5程度。
ダメージをそこまで期待してたわけじゃないので、この結果には大満足だ。
後方からはコボルト下級戦士が近付いてくる。
スロウ化したコボルト集団に、右手に持てるだけの小岩を抱え込んで投擲しながら突撃する。
「そらそらそら……貴様等は農民1人に何をてこずっているんだ!」
集中して、青ネームのコボルト見習いに小岩を当ててる為、見る見る減っていくHP。
奴らの元へ到達前に青ネーム1匹撃破。次は残りの青ネームに集中して小岩を投げる。
そして眼前までたどり着くと、俺は残った小岩をまとめて両手で持って放り投げる。
それはまるでショットガンのようにいくつも同時にコボルト達にヒットする。
「……青ネームが仕留められたか。このショットガン投法、投げる速度が足りないからか一個の威力は低めだが、意外にいける」
残りは白(同格)と赤(格上)ネーム。
とは言え、スロウ化してるコボルトの攻撃なんて、畑取得の時のクエストの苦労に比べれば赤子の手をひねるようなものだ。
三者三様にクラブを振るってくるが当たりはしない。
「そら! これでどうだ!」
既に死亡していたコボルトがドロップした未鑑定の剣をアイテムウインドウから出現させ、白ネームのコボルトに突き刺した。
「さて、次は……ぐっ! これは……矢? そうか、弓兵もリンクしてたのか……」
剣を抜いて後退しようとした時、俺の腹部に突き刺さっている矢。
リンクの範囲を誤っていたようだ。遠目に粗雑な弓を構えたコボルトを認識する。それと同時に俺の視界は暗転した。
「流石にやられたか……」
時計台で覚醒した俺は、とりあえずロマノフに連絡を取る。
(今、時計台に戻った)
(結構長かったな。善戦したようだな)
(ああ、青ネームのコボルト見習い戦士を2体と俺の命だ。対価としては充分)
(リンクで囲まれた状況でそこまでやれたのか!? 一撃死の農民が? もしやお前もチートキャラなのか?)
バカ言うな、運と相性が良かっただけだ。
ん? 何か邪魔な表示が……レベルアップ?
(レベルが上がっていたようだ)
(おお、おめ。じゃあ、デスペナはぎり回避って感じか)
デスペナルティの経験値減少は、レベルをダウンさせてまでは行われない。
つまり、最も下がった状態がレベルアップ直後と言うこと。
際限なくは下がらないのだ。
故に、レベルの上がったプレイヤーが、ダンジョン等で自ら死亡して街に戻る手段に、「死に戻り」と言う言葉もある。
(じゃあ、戻るから一寸待ってろ)
(あいよ~気長に待ってるぜ)
テルを終えた俺は、街から出る前に道具袋を確認する。
所持出来る道具が30種類しか持てない為、気をつけないと新しい道具を入手=何かを捨てる。なんて言う馬鹿馬鹿しい事態になりかねない。
「まだ、余裕はあるな……それにしても、大きさや所持数は関係ないなんて、電脳空間らしい無茶具合だ……と、未鑑定の剣、先程のか。装備せずに使ったのに消失扱いにはならないのか」
いや、出した時点で装備扱いになってたのか? だが、未鑑定品は装備できるのか? しかし、実際に出来た……むぅ、わからん。
折角だから鑑定してそこで聞いてみるか。
補整で威力が下がっても、農業の初期装備(と俺が決めた)の木のクワをモンスターに使うのも考え物だしな。つうか使ったら折れるし。
なんか……よくよく考えたら俺、武器無いじゃん。拾ったバイク……じゃなくて小岩で殴りかかってみる?
ランクアップの効果はでるから、ひのきの棒とかの最初期の武器よりは強いかも……。
そんな事を考えつつ、足は自然とよく行く武器屋……ダンダクール武具工房に向かっていたらしい。気が付くと既にカウンターの前に立っていた。
「いらっしゃいませ。本日のご用件は何でしょうか?」
「これの鑑定を……」
毎回同じ人が出てくるのは仕様なんだろうか?
今回も清々しい位のイケメンがでてきおった。
工房だから他にも人がいそうなものだが……まあいい。他に用はない為、未鑑定の剣だけを手渡す。
「こちらの剣の鑑定でよろしいですね? 300ゴールドになりますがよろしいですか?」
「構わない。頼んだ」
プレイヤーが初期に所持してるゴールドは、ある程度ランダムだが5~1000ゴールド程。
俺は80ゴールドだった。
だが、最近の俺は薬草売りを商いとしているので余裕があるのだ! 所持金520ゴールド。
余裕で支払う。
「……こちらは使用されましたか?」
「ああ、コボルトに襲われた時にやむなくな」
わかるのか? やはりよくないのか?
「それは災難でしたね。武器は鑑定しないとその力を生かせません。余程の事がなければ鑑定後の使用をお勧めします」
「だろうな。しかし店員よ。俺は農民。俺のジョブで剣を生かす事は出きるのか?」
店員は少し考え込むようにすると、頷く。
「確かに、ジョブやスキルによって装備時にマイナス補正が入る事はあります。しかし、それでも武器の持つ本来の輝きが損なわれる事はありません」
つまり……最低ダメージは保証される、と考えればいいのか?
「では、失礼します。スキル、剣鑑定……お待たせしました。こちらはコボルトの儀式剣です。儀式用の物なので威力や耐久性はそう高くはありませんね。はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
手にして改めてそのコボルトの儀式剣を見てみる。
コボルトの儀式剣
レア度、ユニーク
攻撃力、3 耐久度、10/10
ユニークだと?
武器に変わった所はない。と、いうかショートソードより弱い。
つまり、外れアイテム……にしてはレア度が高い。これが最低補正か? いや、もしやクエスト用か?
なんの付加効果もない剣を、わざわざ譲渡不可能なユニークアイテムにしてる位だから。
「例え如何なる武器にも、作った職人の魂が宿ると言います。どのような物であっても、大切に使って下されば私達職人の望外と喜びです」
「急に長文だな……言いたいことはわかる。クエストとかで消費しない限り、俺はこれを使っていくつもりだから心配いらん。そう言えばあんた、名前は? 俺はジェイル。農民だ」
ユニークを鑑定したからか? 今までの受付120%の対応から急に職人魂を出し始めたぞ。
「これはご丁寧に。私はフェイト。ここで鍛冶職人をやっております」
「これからもちょくちょく顔を出すと思うから、よろしく頼む」
「そうですか。私こそ至らぬ点もあるかと思いますがどうぞよろしくお願い致します」
とりあえず、ユニークを引き当てた事がうれしかったのと同じ人に会っておきながら挨拶一つしないのもなんなので、フェイトと仲良くなってみた。
そしてコボルトの儀式剣を装備すると、ロマノフの待つアレストガンの渓谷に戻った。
アイテムには等級がある。
通常アイテム
道具以外の通常アイテムに付加効果がついたマジックアイテム
マジックアイテム同様に、より高性能な付加効果のついたレアアイテム
規定された特殊性を持つユニークアイテム
以上の4つだ。
中でもユニークアイテムは、クエスト用のアイテムと専用の名を持った武具に大別される。
クエスト用のアイテムはそのままの意味で、クエストに使うアイテムだ。
専用の武具については俺は見た事ない。
ロマノフの話じゃ、最も高い付加効果率と数を備え、専用フォルムをしているらしい。
そして最大の特徴はトレード、売買不可な事。
つまり、市場に出回らないのだ。
まあ、青マジックすら殆ど出ないのだから、レアやユニークなんて夢のまた夢だがや。
クエストとしてのユニークアイテムが、全員すぐに手に入るものだろう。
これも何かのクエストなんだろうが……レベル上げと同時にこなせればいいんだけどなぁ。
そんな事を考えていた。