第十一話、お別れはいつですか?(2)
洞窟の通路を抜けて現れた開けた先は、まるでコロシアムのような岩で出来た広場だった。
「俺の予想を一つ言ってもいいか?」
「聞きたくはないが誰もが考えてるだろうし、いってみな」
ここはただの壁画があるだけの、ボスもいない初心者向けの何でもない洞窟。
それが一般的なプレイヤー達の認識。
レベル的なものがある為、俺たちはしっかりした戦闘をしたが、実際問題敵はそこまで強くはなかった。
しかし、ドライアードの壁画があるこの場所に、精霊ドライアードがたどり着いた時、何も起こらないだろうか?
いや、そんな事はない!
「ここ、ボス、いるんじゃないか?」
「……いないって話なんだがな」
「ここ、明らかに大広間で、中心に石像がありますね」
そう。
ここは俺たちのいる入り口を一番上段にして、ご丁寧に階段までついて下っていくように設計されている。
一番下で鎮座している、まるで戦ってくれと言わんばかりの石像。
鉄板じゃないか?
「じゃあ、どう思う?」
「あんな石像自体聞いたこと……確かにこの状況だと、九分九厘確実だとは思うが……」
満場一致であれはボスだと判断した。
ならば、先制するだけだ。
「じゃあ……とりあえず一撃行くか。それにしても、ここは拾える石のサイズがデカいな。これ以上大きくなったら、物理的な問題で投げられないぞ? 蹴るか? いや、こんなもん蹴ったら足が粉々になるわ」
サッカーボール大になった石をなんとか片手で持って、砲丸投げの要領で構える。
見た感じ結構詳細に、しかも重さまで再現された石は末恐ろしいものを感じさせる。
「なる程……そんなマイナス点もあるのか、意外だな……ただのリアルラッキーボーイじゃなかったか」
「でも、何を拾っても品質がよくなるのはやっぱりズルいですよね……でも、その悩みも結局上からの天の声みたいなものですけどね」
なんか二人とも軽いな。しかも、小声で微妙に貶められてるような気がする。
俺、こいつらとやっていけるのか?
なんだかやり切れないものを感じながら、思いを力に変えて石を放り投げる。
「当たった。結構距離があるのに、流石の命中率だな」
「あっ。こっちむきましたよ」
「動き出したか。やはり予想通りだったな。皆、準備はいいか?」
流石って、まだ投擲スキルレベル4だが?
命中補正とかも入ってるのか? いまいちよくわからんな。
俺は次の石を拾う。
ここには木は落ちてないから、最早砲丸投げ大会だな。
ドスンドスンと少しずつ近づいてくる石像。
少しずつせまる石像。当然ネームも金だ。
名前は……テンペストウォール。
鉄壁をイメージしたのか?
「歩みは遅い。こっちに来るまでに、どれだけ削れるかが勝負だな。俺も投擲に参加するから、一気に削ろう」
「見るからに相性悪そうですけど……行きますよ! ストーン!」
「ぽいぽいぽいぽいぽいぽい……って、ゲージ減ってなくないか?」
見た感じ全く減ってないみたいだが。
「アタックエフェクトは発生してるから、ダメージは与えてる筈。多分やつのHPに対して被ダメが少なすぎるんだ」
「わわっ! 来ますよ! ええい、ストーン!」
先の戦術を行うとしたら、あのゲージの減らなすぎ明らかにパワーファイターの石像に、1対1は無理だろう。
出来るだけ減らさないと……そうだ。
「ひょいひょいひょいひょいっと……ロマノフ、脚を狙えるか?」
「なる程、わかった。どっちだ?」
「右を行こう。そら、踊りな!」
その鈍重な体躯を支える脚を破壊出来れば、俺達の勝利は揺るがないものになるだろう。
ミリンダのストーンは範囲の指定が難しい為無理だが、俺達は即座に作戦に移る。
「お前とタイマンは正直遠慮したいし。落ちろ! スキル、パワースローイング!」
「唸れ! 俺の豪速球! 必殺、両手投げ!」
翔はスキルを発動させて、的確に投げナイフを当てる……弾かれてるけど。
俺は封印してた必殺技を開封する。
拾った石を両手で投げる奥義だ。
だが考えてみてくれ。両手でぽいぽい石を投げる。
しかも、すぐに弾丸を補充する必要がある為、床に膝をついている。
ほら、猿みたいだろ?
そりゃ封印もするさ。
「相変わらずダメージはわからないな。しかし蓄積してる筈」
今、有効打はない。それを願ってやるしかないな。
それ、ぽいぽいぽいぽいぽいぽい。
「はぁ。MPが尽きました。回復してきますね」
ミリンダが少し離れた場所で座り込む。
瞑想。全プレイヤーが使える、HPとMPの回復手段。
やり方は座り込むだけ。そうすれば両方が一定量ずつ回復していく。
完全に無防備になる為、戦闘中はこういったパーティー戦はやらないが。
「わかった! もう距離がないな……ロマノフ、行けるか?」
「OK! 任せとけ! 行くぞ、デカブツ!!」
駆け寄った翔は、ウットソードで右脚に斬りつける。
「くっ! やっぱ硬いか! クレイモアが弾かれてるなんて」
「物理と土系魔法に高い耐性、か。ふむ、打つ手なしだな」
そも木の剣(木刀か?)で石が切れるとは思えないし。
丁度囮もいるし、帰るか?
「そんな事言わないでください! 私達ならやれます! ジェイルさん、お待たせしました。行きます、ストーン!」
畑で敵討ちとかしてもらったし、見捨てるのも一寸人でなしか。
ううむ。
くいくい。
「ドライか、どうした? 打開策でもあるか?」
コクコク。
「よし、じゃあ任せた」
コクコク。
ドライは両手を合わせて、その中に一枚の葉っぱを出現させる。
そして、それを石像に向かって放った。
これは何だろうか? ゆらゆらと少しずつ戦闘している二人に向かっていく。
何が起こるにせよ、ロマノフが巻き込まれる系か?
「ロマノフ、避けた方がいいかもしれん」
考察と直感から、前方の翔に声をかける。
「--あ?」
放たれた葉は球体となり、鋭く尖らせた鋭利な葉を複数枚撃ち出す。
それはまるでバターのように、ユニークの石像であるテンペストウォールの左腕や胴体の一部、頭等を部分的に削り取った。
「おわ! 死ぬ! 当たる!」
「凄い威力だなぁ……って、ドライ、どうした!?」
ゲージの減りようを見ながら、ドライに声をかける。
力しかしドライは何をするでもなく、なくバランスを崩すと、徐々に体が薄くなり最後には消えてしまった。
「全力全開だったって事か……俺が不甲斐ないばかりに」
「嘘……ドライちゃん……」
悲しんでいる暇はない。
俺は姿を消してまで、尽くしてくれたドライに報いるべくあの石像を倒さないと。
付近を見回して一番大きな石を手にする。
形だけ見ると斧だなこれは。
と、武器の未鑑定品か。
なら石斧としてなら使えないか?
「絶対倒します、きっとやれる……ストーンブレッド!」
ミリンダがストーンの上位スキル、ストーンブレッドを発動させる。
石つぶてが一回り大きくなり、弾丸のように撃ち出されたそれが石像に直撃する。
「後退した? ミリンダ、行けるぞ! パワーアタック! まだまだぁ、パワーアタック、パワーアタック」
ロマノフもウッドソードを振り回しながら、スキルを織り交ぜる。
ミリンダ、新しい魔法覚えたのか。
ん? あれは……。
ドライの技とミリンダの魔法、ロマノフの剣戟の結果、俺に視認出来るようになったそれ。
ひょっとしたらあれが、弱点かもしれないな。
「ミリンダ、今の魔法、後何回いける?」
「……2回が限界です」
「じゃあ、合図したら連続で撃ってくれ」
「何か手が……いえ、ジェイルさんを信じます。わかりました」
そして俺は絶妙となりうるタイミングを見計らう。
ロマノフは振るわれる石像の剛腕を、バックステップで回避する。
「パワーアタック! しまった! ウッドソードが!?」
石像の強度に耐えきれず折れる木刀。ぶっちゃけ当たり前のような気がする。
「ジェイルさん!?」
「いや、まだだ!」
そして振るわれる石像の腕を、盾で叩くように受け流すロマノフ。
「まだだ! まだ行ける! でや! シールドバッシュ!」
折れたウッドソードを石像のひびの入った膝の部分に突き刺して、それを足場に飛び上がり盾での一撃を加える。
トリッキーだなぁ。
「ジェイル!! 」
「おう! ミリンダ、今だ! 石像の腕と、額を狙うんだ」
ロマノフとは長い付き合いだ。互いに何を考えてるかは大体わかる。
「はい……スキル、ストーンブレッド!」
ミリンダの石の弾丸と同時に、俺は手にしていた大きな石斧をロマノフに投げる。
「ロマノフ! 額だ、核がある! 一撃で決めろ!!」
「了解! スキル、パワーインパクト!!」
綺麗に石斧を受け取ったロマノフは、ミリンダが削り取って露出した球形の核に、その一撃を叩き込んだ。
「全ては、ドライがその身を賭してテンペストウォールに大打撃を与えてくれたお陰だ」
「有難う、ドライちゃん……私達、あいつを倒したよ……」
俺とミリンダは、崩れたテンペストウォールの瓦礫の前で小さく黙祷を捧げる。
小さくて、可愛い木の精霊に向けて……。
出会いがあれば別れもくる。
それがクエストで仲間になったNPCなら尚の事だ。
感情移入し過ぎたか。
「なあ、ジェイル……」
「うるさい、話しかけるな。万年おねしょ」
「ばっ!? そりゃ、小学1年の時の話だろ! もう時効だ時効」
全く、風情がわからんやつだ。
「あのよ、お前の腕輪消えてないんだから、また召喚出来るんじゃないのか?」
「ん? そうなのか?」
腕輪って、そんな効果があるのか?
「ジェイルさん! どうなんですか!? 出来るんですか出来ないんですか? できるんですか? できるんですよね? どっちですか!」
ミリンダ……今見るから、一寸落ち着け……ええと……スキルでいいのかな? これか? ドライアード召喚……。
「あるな……て、事は呼べるのか?」
「やってみろよ?」
「ああ。スキル、ドライアード召喚!」
早速スキルを使ってみる。
………………
…………
……
何も起こらない。
条件は満たしてる筈だ。
あ、まさか……。
「どうやらMPが足りないようだ」
「そんな落ちありか! でも農民だもんなぁ」
「じゃあ転職しましょう!? そうしましょう!」
いや、少し落ち着こう。
「とりあえず、無事っぽい事がわかったんだ。まずはどうする?」
喚び出せないなら、この洞窟に用事はない。
「そうだなぁ。ジェイルが魔法職に転職してからまた来るか。とりあえず、こいつの宝箱を頼む」
「あんな可愛い子がいつでも居てくれるなんて……私も農民になれれば良かったのに……」
なんか最近ミリンダがおかしい。
気を取り直して……俺は宝箱を開ける。
開鍵のスキルはない為、罠があっても別に気にしない。別に石壁の中に急にワープするような詰むものはないだろう。
「ええと……杖と小手の未鑑定だな。2人に丁度いいじゃないか?」
「いや、俺達にって……お前のは何かないのか?」
「ええと……特には……うわっ! なんだ!?」
急に光が腕輪に吸い込まれる。
何だ? トラップか?
別に何ともないな?
ん? またメニューか……。
〔ジェイルは、ゴーレム召喚を拾得した〕
何これ? 俺、農民じゃないの?