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(3)出す


 スティーレアは頭を抱えていた。牛のしっぽ亭の一件以来、他の大口の客からの注文もほとんどがキャンセルされてしまったのだ。

 その日も夕方から、ある客のところにわけを聞きに出向いていた。結果はただ詫びられるばかり、キャンセルの理由は教えてもらえないまま、とぼとぼと帰宅中なわけである。

 これはもう、イムベルの手が回ったと思わざるを得ない。こうなると、フルグルどころか自分が食べていく分さえおぼつかない。

 隣町に行商にいってみるか・・・そうするなら、よっぽど抜きん出た商品を用意しなければ、既存の店に勝つ見込みはないだろう。


 こういう状況だったので、この一週間ほど、夕方はスティーレア一人で行動していた。フルグルはその間、お留守番だ。フルグルに関する情報も、やはりというかまったく入らず、八方塞がりの状態だった。

 しばらくは今までの蓄えでやっていけるが、それからは・・・、と考えているうちに、スティーレアは、自分がかなり早い段階から、フルグルを自分の手で養っていくつもりだったのに気付く。

 しかし、こんなことぐらいで生活がおぼつかないようでは、とても育ち盛りの子の責任を負うことはできない――それは分かっていたことだった。冷静に考えれば、今回のことがなくたって、いずれはこうなっていた可能性は高い。

 とにかく、このままフルグルに関する情報が得られなければ、なんとか受け入れ先だけは、彼にとって納得のいく場所を見つけなければならない。

 でも、それは少し辛いな・・・たった一週間ほどで、スティーレアはそう思うようになってしまっていた。

 しかし、たとえば相手がおたまじゃくしだとしても、一週間も一緒にいれば、離れるときには情が移っているはず。それと同じだ。一人の人間の一生がかかっているのに、辛いなんて言ってる場合か・・・

 スティーレアは自分に気合を入れる。そして、道端にいきのよい毒ダミが茂っているのに目を留めると、薬草茶用にばりばり摘みとって、フルグルの待つ家を目指した。




「ただいま」


 家に入ったスティーレアは、とてもよい匂いに出迎えられた。

 フルグルが走り寄って来て、鍋の方へと誘導する。鍋にはうまそうな魚のスープができていた。


「すごい・・・どうしたの、これ?」


 フルグルが自慢げな顔をしてジェスチャーを始める。


「なになに・・・ざぶんざぶん、と、ええと、川、かな? で、フルグル、魚、魚、魚、釣る、と。ええっ、こんなにたくさん? で、フルグル、料理する、草?・・・薬草ね、 入れた? うっそ。すごい。味見させて」


 そういえば川沿いを歩いているときに、魚がたくさん浮いていたとかいないとか、そんな話を聞いた気がする。天候が不順だったりすると、まれにそういうことがあるのだ。大方、そういう魚を拾ってきたのだろう。

 それにしたって立派なものだ、とスティーレアは思った。

 しかしとっさに、これを食べずに売ったらいくらになるか、と思ったのは内緒だ。


 小皿にスープを少し取って味見してみる。


「ううん、おいしいっ! すごいよ、こんな隠れた才能あったの?」


 フルグルが身を縮めるようにしてにじり寄ってくる。最近ではこれが、抱きしめろ、そして褒めろ、という合図であることは分かっていた。しかし今日は、スティーレアの全身が毒ダミ臭いはずなので、頭をなぜるだけにとどめておく。

 するとフルグルは不満そうな顔をして、身振りでかがめと言っているらしい。

 スティーレアがそうすると、頬にごくごく軽く、ちゅっとしてもじもじしている。


「ふふ、ひな鳥につつかれたみたい。でもフルグルって、意外とませてるよね」


 笑顔を向けながらも、なおさら別れが辛くなるよなあ、とスティーレアは思う。

 その夜、魚のスープを美味しそうに食べるスティーレアを、フルグルはもっと美味しそうな顔をして見ていた。




 翌日も、夕方は元・お得意先まわりに費やした。思ったとおり、あまりいい結果は得られなかった。

 落ち込む心を持ち上げて、家に向かう。帰宅後にすべきことを頭の中で組み立てるうち、フルグルの柔らかい髪の感触や、得意げな立ち姿、不満げな顔、自分を見上げてくる目やなんかが思い出されて、スティーレアの心に温かいものが満ちる。

 ふと、いたずら心を起こしたスティーレアは、家の扉を音がしないように押し開き、忍び足で中に入った。一人でいるときのフルグルの様子を見てみるつもりだった。


 フルグルは、薬草茶の棚のところにいた。真剣な横顔を見せて、ある薬草茶の包みに人差し指を向けている。

 次の瞬間、スティーレアは自分が見たものが信じられなくて、目をこする。


「ちょっ、フルグル! 今、なんか出してたよね、指先から。青白い光みたいなやつ」


 フルグルが驚愕の表情でスティーレアを見て、ブルブルと首を横に振る。


「だ、出してなかった? 気のせいかな」


 そうだそうだというように、フルグルはぶんぶん頷いている。

 しかし、おかしい、フルグルが必死すぎる、とスティーレアの本能が警告を発している。

 急いで薬草茶の包みを開いてみると、あろうことか、中身が黒っぽく変色していた。これでは売り物にならない。慌ててほかのも見てみると、かなりの量のお茶が同じような状態になっていた。

――もう。なんで・・・こんなに頑張ってるのもフルグルのためだったのに。いたずらして商売道具をダメにするなんて・・・

 思わず眉をつりあげそうになって、心配そうな顔をして自分を見上げているフルグルと目が合う。


「うう、だめだ。危ない危ない、もう少しで子どもに八つ当たりするとこだった。情けない人になってしまう。こうなったら早いとこ、フルグルが安心できるような受け入れ先を見つけなきゃ」


 半ば独り言のようにそう言うと、フルグルが強い力でスティーレアの手を引っ張った。その力の強さに驚きながら、フルグルの方を見てみると、身振りで変色したお茶を飲んでみろと言っているようだった。


「そうだね。どうせ売り物にならないし、ぱぁーっと飲んじゃうか。じゃあ、自信作だったこれからいってみよう」



 で。飲んでみたところ。

 結論から言うと、おいしかったのだ。今までのお茶と比べ物にならないほどに。体にも悪いことはないだろう。

 これなら、隣町に行商にいって、薬草茶としてじゃなく、「国境の地 名産のおいしいっ茶」とか、微妙な名前をつけて売れば、既存の店に睨まれずにかなり稼げるかもしれない。

――しかし。どうしてこんなお茶ができたのか。たまたまなのか、継続的なものなのか。そしてずっと店をやってきた、自分のプライド、のようなものはどうなるのか。


「ねえ、フルグル。結局、何をどうしてこうなったわけ?」


 フルグルは目をそらせ、さあどうしてなのかなわからないな、というように首をかしげるだけだった。


 この事件は逆に、商売の立て直しは後回し(もちろんおいしいっ茶も棚上げ)、明日からはフルグルのしっかりした身元受け入れ先を見つけることを最優先にしよう、とスティーレアに思わせることになった。





 さっそく顔の広い荒物屋にでも、受け入れ先のことで相談してみよう・・・あまりフルグル本人には聞かせたくない話なので、フルグルには留守番させて、スティーレアは荒物屋を目指して歩いていた。

 とにかく、早く、早く、再び八つ当たりする気にならないうちに、と焦る気持ちがあった。


「スティーレアじゃないか」


 聞き覚えのあるダミ声で名前を呼ばれて、足をとめた。イムベルだった。


「この前のあのガキ、てっきり隠し子だと思ったんだが、違うんだってな。捨て子を拾って、ご親切にも食わせてやってるんだって? ここはひとつ、わしも協力してやろう。受け入れ先を探しているんだろう?」

「いえいえ、そんな。食わせてやってるなんて思ってないですし。受け入れ先はもうすっかり、なんとか見つかりそうなんです」


 まったく嘘である。


「遠慮はいらんよ。わしとおまえの仲じゃないか。ああ、薬草茶の注文も、また取ってくれ、客の評判も上々なんだ。さて、と。二人の間の障害は、さっさと取り除くにかぎるわな。まあ、任せとけ」


 スティーレアは嫌な予感がして、ごにょごにょと適当なことを言ってイムベルの前を辞し、急ぎ足で来た道を戻り始めた。




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