『問題はありません』
日本人は真面目だと、皆が言う。
時間を守り、列を乱さず、迷惑をかけることを何よりも恐れる。
私はその言葉を疑ったことがなかった。
疑う理由が、どこにもなかったからだ。
文書保管局で働いて十一年になる。
毎朝七時三十二分の電車に乗り、八時五十分には机に座る。
遅刻も欠勤もない。
それは誇りではなく、ただの事実だった。
ある日、整理対象に指定された箱の中から、私は一冊の薄いファイルを見つけた。
背表紙には手書きの文字でこうあった。
――国民性調整計画・第0稿。
「調整」という言葉に、私は一瞬だけ指を止めた。
だが、それ以上の感情は湧かなかった。
感情は、仕事の邪魔になる。
反乱は暴力から始まるのではない。疑問から始まる。
ならば、疑問を抱かせなければいい。
私はその文章を、誤字脱字がないかを確認する目で読んでいた。
怖いとは思わなかった。怒りもなかった。
ただ、胸の奥で長年使われていなかった器官が、かすかに軋む音がした。
翌日も私は出勤した。
問題はなかった。
朝礼では「順調です」「変更はありません」という言葉が並び、誰もそれ以上を求めなかった。
隣の席の佐藤は、以前はよく遅刻をしていた。
理由を聞くと曖昧に笑っていた。
半年前から、彼は遅刻をしなくなった。
昼休み、誰かが言った。
「最近、佐藤さん見ないですね」
「異動だそうです」
それで会話は終わった。
午後、感情過多傾向者経過報告という文書を廃棄した。
最終ページにはこう書かれていた。
――社会的摩擦を避けるため、自然減少を推奨する。
私は意味を理解した。
処罰ではない。隔離でもない。
ただ、居場所を与えないだけだ。
佐藤は不真面目な人間ではなかった。
考えてはいけないことを考えていただけだ。
「俺たちって、ちゃんと考えて仕事してる?」
そう言っただけで、距離を取られた。
「佐藤君は誠実すぎる」
そう言われて、休むことを勧められた。
誰も責めなかった。
誰も引き止めなかった。
社会適応支援プログラムへの参加を推奨します。
その言葉は優しかった。
白くて静かな施設で、職員は言った。
「あなたは悪くありません。ただ、この社会に少し合わなかっただけです」
最後に佐藤は書いた。
――私は、真面目になりきれませんでした。
その記録は、参照不要として回ってきた。
私は保存価値なしと入力し、承認した。
過去を思い出す。
小学校で、静かに待てることを褒められた。
怒りは未整理と呼ばれ、出す前に止めることを学んだ。
多数決を提案して、誰も納得しないまま正解になった。
なりたいものではなく、向いているものを選んだ。
文書保管局に配属された日、上司は言った。
「ここは何も起こらない部署です」
私はそれを良いことだと思った。
面談があった。
「問題ありません」と私は答えた。
担当者は微笑み、言った。
「あなたは大切な存在です」
一分早く駅に着いたことが、軽微な変化として記録されていた。
「考えすぎないための調整です」
私は信じた。
信じることは努力を必要としない。
通達が来る。
感情語は削除。主観は置換。
私は従った。
朝起き、出勤し、廃棄し、帰宅する。
怒りを感じたか。いいえ。
疑問を持ったか。いいえ。
不快を覚えたか。いいえ。
国民性調整計画・第0稿が再評価対象になった。
平準化。無害化。
反乱は疑問から始まる、という文は、
情報解釈の差異が社会不安を生む可能性がある、に変えられた。
疑問を抱かせなければいい、は、
情報提示の一貫性が重要である、になった。
原文は要約のみ保存された。
参照されない文書は、存在していないのと同じだ。
十二年目の朝も、私は七時三十二分の電車に乗る。
新人に言う。
「ここは何も起こらない部署です」
誰も怒らない。
誰も疑わない。
日本人は真面目だと、皆が言う。
時間を守り、列を乱さず、迷惑をかけることを何よりも恐れる。
私はその言葉を疑ったことがなかった。
疑う理由が、どこにもなかったからだ。




