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お人好しの悪女はもうごめんです。音楽の聖人になった婚約者様、さようなら  作者: 悠木 源基


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第41章


「君が考えている嫌がらせは最高だね。僕個人の演奏活動も、これまでガリグルット帝国からの依頼は断っていたんだが、これからは母国ソフーリアン王国からの依頼も受けないようにするよ。

 それ以外にも僕にできることはあるだろうか?」


 ピアットの言葉に私は頷いた。そして


「時間がある時でいいの。それがほんの僅かな時間でも。ピアット様に舞台で何か一曲ピアノで生演奏してもらいたいの」


 と頼んだ。

 サプライズゲストとしてピアットが飛び入り参加するかもしれない……という口コミが広がれば、観に来たきと考える人が増えると思うからだ。

 何せ彼のコンサートチケットはプレミアもので、そう簡単には手に入らないからだ。

 たとえそれが一曲だとしても、彼の生演奏が聴けるチャンスがあるならばと、必ずファンが飛び付くに違いないと。


「大音楽家の貴方をダシに使うなんて、天罰を受けるかもしれないわね。けれど、今この波に乗らないと、こんなビックチャンスはそうそうないと思うの。

 私はどうしてもあの悪の組織に、一泡吹かせてやりたいのよ」


 私の依頼にピアットはすんなりと頷いてくれた。そして他には?と訊ねられた。だから私は勇気を振り絞ってこうお願いした。


「私ね、今新たな戯曲を書いているの。テーマは引き裂かれた恋人達。まあ、恋愛ものの中でも王道の悲恋の話なの。

 そのオペラに一曲でも二曲でもいいから、曲を作って欲しいの。編曲の方はレードル様にお願いするつもりだから、自由に作ってもらえればいいの」


 そう言ってから、私は今構想している話のあらすじについて語った。



✽✽✽✽✽



 ヒロインとヒーローは貧しい平民なの。でも元々は二人とも裕福なブルジョア階級の出だったの。両家ともにそこそこ大きな商会を営んでいたから。

 ところが両家の父親が流行り病に罹患してしまったの。

 そしてヒーローの父親は亡くなり、ヒロインの父親は一命を取り留めたけれど、その後遺症で苦しむことになったわ。

 薬を飲めば進行を抑えられるけれど、その薬が異常に高過ぎて、平民にはとても手が出せなかった。


 なぜそんなに薬の値段が高いかと言えば、特殊な薬ばかり扱っているG国のA商会が原料を買い占めて独占販売していたために、他にライバルがいなかったの。それ故に値は釣り上げ放題だった。

 A商会は自国の王族と国教会のトップに多大な賄賂を渡していた。だからそんな理不尽なことがまかり通っていたの。

 他国のみならず、自国の民が病で苦しんでいても、G国やA商会、そして国教会のトップ達は自分達が肥えることしか頭になかった。


 ヒロインの家はそこそこ裕福だったけれど、その高い薬を買い続けたため、半年を過ぎた頃にはすっかり家が傾いてしまったわ。

 それでもは後遺症の痛みに苦しむ父親のために何とか薬を買おうと、教会へ行って司教に相談するの。

 幼なじみでもあるその恋人の家も、父親が急死してしまってからというもの、すっかり傾いてしまった。そして生活にも困窮するほどになっていたから、お金を融通してはもらうわけにはいかなかったから。


 ところが、司教からとある人物を紹介され、その人に気に入られれば薬を融通して貰えると教えられた。

 でもその話を聞いて、彼女は怪しいと思って明日また来ますと告げて一旦教会を出たの。そして恋人に相談したの。

 すると、彼がこっそりと後ろから付いてきてくれることになった。

 翌日再び彼女が教会を訪れると、司教から命を受けた聖騎士の後を付いて行くようにと指示されたわ。

 そして、彼女が連れて行かれたのはA商会の会長の別宅だった。


 ヒロインはその男のことをよく知っていた。というのも、彼女は家の商会が上手くいかなくなってから、名前を偽って高級ホテルで働いていたからだ。

 それ故に目の前の人物が、そのホテルをよく利用するお客様の一人だということにすぐに気が付いたわ。

 毎回違う女性を連れてスイートルームに宿泊する評判の著しく悪い男。

 彼女は自分が何をさせられるかをすぐに悟って逃げ出した。けれど、聖騎士に取り押さえられてしまった。

 そこに恋人が助けに来てくれたのだけれど、右腕を切りつけられてしまった。

 ヒロインが

「人殺し! 人攫い、悪魔!」

 と金切声を上げたので、通りには人々が集ってきた。さすがに聖騎士も人目を気にして逃げ出したわ。



 その後、彼は病院へ運ばれてどうにか一命は取り留めたけれど、利き腕は動かなくなってしまったの。

 彼は次男で跡継ぎではなかったけれど、画家として世間に認められ始めていたところだった。それなのに……

 彼は絶望した。彼の母親と兄も。そんな彼らの憎しみは国教会やA商会だけでなく、巻き込んだ彼女にも向けられた。

 彼女は彼に償おうと思ったが、自身も後遺症に苦しむ父親や母親、そして妹の面倒をみなくてはならず、それも叶わなかった。



 やがて彼女は勤め先のホテルのバーで歌手になった。子供の頃から聖歌隊に入っていて歌には自信があったから。それに容姿にも恵まれていたので、前から誘われていたのだ。

 彼女はたちまち人気歌手になった。そして数人のパトロンがついた。けれど、誰とも体の関係だけは持たなかった。

 恋人をずっと思い続けていた彼女は、たとえ彼から嫌われていたとしても彼を裏切りたくはなかったからだ。


 そしてあの出来事から五年が経ち、彼女はついに王国一の祭典という晴れ舞台で、王族や大司教の前で祝福の歌の歌い手に選ばれた。

 それはこの国の歌手にとって一番名誉あることだった。

 しかし、そんな彼女を褒め称える家族の姿はそこにはなかった。

 後遺症に苦しんでいた父親は一年前に病死し、妹は隣国出身の商人と結婚して、母親とともに移住していたからだ。

 もちろんそれを後押ししたのは彼女だった。この国から離しさえすれば家族には迷惑をかけなくて済むと思ったから。

 

 

 彼女は少しずつではあったが、恋人の家に仕送りを続けていた。そして、利き腕ではない左手で絵を描き始めた恋人を陰からずっと応援していた。

 そのおかげか、彼の絵は少しずつ売れ始めていた。

 彼が妊娠している女性と幸せそうに買い物をしている姿を目にして、彼女は思った。

 妹も、そして恋人だった男も幸せな家庭を持った。もう思い残すことはない。

 自分はもう頑張らなくてもいいのではないかしら、と。


 そんな彼女は、王族や高位貴族、大司教の前に立った。そして背を一般大衆が固唾をのんで見つめた。

 すると彼女はその晴れ舞台で、朗々と祝賀の歌を歌い上げた。

 そしてその歌は一曲にとどまらず、彼女自作の悲恋の歌を、感情溢れるばかりに絶唱した。

 彼女の心からの嘆きの歌声に、回りの人々は心を揺さぶられた。気持ちが高まり過ぎて涙を流す者まで現れた。


 やがて彼女の歌が終わると、広場は静まり返った。誰も身動き一つできなかった。そんな中、彼女は滑るように来賓席へと向かい、A商会の会長にハグした。そして素早い動きで次に国教会の大司教に同じくハグをした。


 大司教にハグ? あまりにも想定外のことに周りの者達は唖然として動けないうちに、彼女は突然勢いよく走り出すと、ステージから飛び降り、あっという間に群衆に紛れて姿を消した。

 その後で、誰かがキャーという悲鳴を上げた。来賓席にいた二人の人物が前のめりに倒れ込んだからだった。

 その後、広場は阿鼻叫喚の渦に飲み込まれた。聖騎士と近衛騎士は慌ててヒロインを追おうとしたが、溢れんばかりの群衆の中で身動きがとれなかった。


 元恋人の姿を一目見ようと広場に来ていたヒーローは、事の一部始終を目の当たりにしていた。

 彼は自分がとんでもない誤解をしていたことに気付き、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 怪我をして絵を描けなくなった自分を、彼女は用無しだとばかりに捨てたのだとずっと思い込んでいた。

 そして彼女だけが華やかな世界で面白可笑しく楽しく暮らしているのだと。

 しかし、彼女は復讐のために高貴な人物に近付いたのだ。怖かっただろう。きっと辛くて泣きたい思いをしながら、たった一人で堪え忍んでいたのだろう。

 彼女は真面目で優しくて清楚な女性だった。贅沢や派手な生活を望むような人ではない。

 そんなことくらい、幼なじみで恋人だった自分が一番わかっていたことじゃないか! 

 それなのになぜ彼女を信じなかったんだ!


 彼女の後を追おうとしたが、彼もまた人々揉まれて身動きができなかった。

 それでも何とか群衆から抜け出して、とりあえず自分の家に帰った彼は、王宮前広場で起きた件について家族に伝えた。

 すると母親は真っ青になって床にしゃがみ込んだ。そして両手を組み、涙をこぼしながら、床に頭を打ち付けながらこう叫んだの。


「許して! 貴女だけを悪者にして!」


「どういう意味だ?」


「お前には彼女がお前を見捨てたのだと言ったが、あれは嘘だ。お前が会いたくないと言っていると伝えて追い返していたんだ。

 それでも彼女は、彼女の精一杯のお金をずっと届けてくれていたんだ」


 兄も顔色を悪くしてそう言った。


「先週、お前に結婚祝いと出産祝いが届いていた。俺の妻をお前の妻だと勘違いしていたみたいだ。

 きっとそれで絶望してそんな行為に及んだんじゃないかな。

 申し訳ないことをしてしまった。悪いのは彼女じゃなくてA商会と司教達だったのに……」


 二人の話を聞いて彼もまた顔面蒼白になった。そして


「なぜ僕を騙したんだ! なぜ彼女だけを悪人にして苦しめたんだ。

 彼女は何一つ悪いことをしていないのに、彼女だけを犯罪者にしてしまったじゃないか!」


 と叫ぶと、家を飛び出して行った。

 彼が目指したのは、幼い頃から彼女とよく遊びに行った大きな池のある公園だった。

 そこで彼が目にしたのは、美しい睡蓮の花に覆われた愛しい恋人の姿だった……



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