第39章
私の話に驚いたクリントは、私ではなく、信じられないという顔でアンジェを見た。
「貴女も母親をあの流行病で亡くされたのですか?」
「はい。十歳の時に」
アンジェは簡潔にそう答えたのだが、彼女はこれまでそのせいで私よりもはるかに苦渋を舐めてきた。
「彼女のお母様は私の母付きのメイドだったの。だから聖堂の奉仕活動も一緒に行っていて罹患したのよ。
アンジェには下に弟二人がいたから、母親代わり、主婦代わりをしなくてはならなくて、それはもう苦労してきたのよ。
本当に申し訳ないと思っているの」
「何をおっしゃるのですか。母が罹患したのは奥様のせいなどではありません。
それに私や弟達は旦那様のおかげで、お嬢様方と一緒に家庭教師の先生から勉強を教えて頂けて、感謝しかありません。
その上こうしてお嬢様の側で働かせてもらえているのですから、私は幸せ者です」
「アンジェ……」
「でも、あの流行病を防ぐ方法があったのに、それをもし意図的にしなかった人達がいるとしたならば、やはり許せません。
多くの人々が亡くなり、今も苦しんでおられるのですから。
もし私にできることがあるのでしたら、お嬢様と共に一矢報いたいと思います」
彼女ははっきりとそう言った。
すると間髪入れずにクリントもそれに同調したわ。
「俺も! 先生、仲間に入れて下さい。妹に迷惑がかけずに済むことなら何でもやります」
タイミングを逃し、二人に先を越されたピアットは唖然としていたが、苛立ちを抑えるように声を低くしてこう訊いてきたわ。
「僕だって何でもするよ。ただし、具体的に一体何をどうやって誰に復讐するんだい?」
そりゃあまずそれを知りたいわよね。盲目的に人に従うなんてやってはいけないことだもの。たとえそれが家族や恋人でもね。
「復讐する対象はアクジット商会と大聖堂。個人ではないわ。もちろんそこに所属している人々は影響を受けると思うけれど、それはまあ当然のことよね。
それと、復讐はね、実はもう始まっていてね、今現在じわじわと進行中なの。ピアット様とクリント達のおかげで予想以上くらいなの。
うふふっ」
もう始まっていると聞かされて、彼らは喫驚したわ。
「あのオペラが復讐ってことなのか? 復讐するために君は劇団を作り、あの戯曲を書いたのかい?」
ピアットがそう思うのも当然よね。クリントも少し複雑な顔をした。けれど、そんなわけないでしょう。
「違うわ。劇団の仲間達とは、この国に留学して二月ほど経った頃にお祭りで知り合ったと話したでしょう?
貴方の歌を、広場にいたみんながそれはもう楽しそうに合唱していたのよ。
その時までの私は、どこにいても聞こえてくる貴方の音楽に辟易して、心をすり減らしていたのよ。それなのに、何故か足が止まって聞き入ってしまった。
久し振りに感動して涙が出たわ。やっぱりピアット様の音楽は素晴らしいと再確認したの。
いくら婚約破棄したからって、何も彼の音楽を無理に嫌わなくても良かったんだ、って気付いたわ。そう思ったら心がふっと軽くなったの。
だから、みんなに声を掛けたのよ。これからもたまにみんなで集まって、一緒に歌を歌いませんかってね。
その時私の頭の中には、復讐のふの字も浮かんではいなかったわよ」
「婚約を解消なんてしていない……」
感動話をしたはずなのに、ピアットはブツブツと呟いた。
「最初は合唱団みたいなものを結成したの。ルーカス様からレードル様を紹介されて、色々と歌のご指導をして頂けるようになって。
そうしたら、みんながどうせならオペラをやってみたいと声が上がって、現在に至るわけなの。
ルーカス様とレードル様がクリント達とすっかり意気投合してしまったのよ。
それでずんずん話が進んで行って、いつの間にか『ダブルソードスタイル』という名の劇団ができた時には、正直呆気に取られたわ。
しかも、お父様がそのバックアップをして下さることになって。
でも、その話が出る前にすでにお父様はロワズィール音楽事務所を作っていたから、なおさらスムーズに事が進んだのね。
まさか大手事務所に所属していた新進気鋭のレードル様まで、こちらに移籍して下さるとは思いもしなかったけれど。
レードル様がおっしゃるには、ピアット様と一緒に音楽活動をするのが夢だったからですって。
直接聞いたわけではないけれど、おそらくお父様は、ピアット様のために音楽事務所を起業したのでしょうね」
その言葉にピアットは特に反応しなかった。彼自身もそう思っていたのだろう。
何だかんだとキツイことを言っているけれど、お父様はピアット様の才能を高く評価し、彼のために動いていることに気付いているのだろう。
それはレードル様やルーカス様も同じ。
そして『ダブルソードスタイル』劇団のメンバーに至っては、彼を神のごとく崇拝しているわけだし。
やっぱりピアットは凄い人なのだ。私の夫として領地に押し込めるだなんて勿体な過ぎる。
ずっと鬱々していた私も、婚約解消して良かったのだと、あの頃からようやく穏やかな気持ちになっていったのよね。
もちろん、今では彼の本当の気持ちを知ったから、そんな風には思わないけれど。
だって信じられないけれど彼にとって私の存在は、音楽よりも価値があるものらしいから。
「そんな頃にね、教授から戯曲を一つ仕上げるという課題が出されたのよ。それで、大学の単位を取るためにあの話を書き始めたというわけ。もちろん、過去の清算のためでもあったけれど。
でも書き始めてまだ間も無い頃に、父から大きな箱が送られてきたの。
中を開けてみたら、その中には以前ピアット様から送って頂いていたという手紙やら贈り物が、箱一杯に詰め込まれてあったわ。
そして私が不参加だった、国王ご夫妻の結婚記念のパーティーで起きた事件のあらましを父が綴った、まるで小説のような手紙もね。
それらを読んで、私の考え方が変わったのよ」
そして私は馬車の中で話した、真実を知った時の気持ちについてここで再び語った。
「だからね、主人公のモデルは最初はたしかにピアット様だったのだけれど、すぐにそれを変更したの。
だって、ダークヒーローの話にするつもりだったのに、真の悪人ではないピアット様を思いながらではその後をイメージできないでしょう?
そしてざまぁを書いていくうちに思ったのよ。悪い事をしたらその報いを受けないと、読者や観客は納得しないものだって。
まあ、純文学ならそんなものは必要ないかもしれないけれど、私が書きたいのは芸術的なものではなく、娯楽性があり、人々に喜怒哀楽という感動を与える話なの。
怒りや悲しみ、憎しみ、そして喜び、感動、希望なんかをね。
そして戯曲を書き進めている時に、さっき話したこの国の流行病に関する事実を知ったの。
それで思ったのよ。私やピアット様、そしてアンジェ、クリントさんの家族は、このまま泣き寝入りしていいのかしらって。
だって、メディーアさんとその母親のお仕置きはたしかに済んだみたいだけど、それって蜥蜴の尻尾切りみたいなものでしょう?
そもそもの悪の親玉の彼女の父親とその商会、そしてそれを監督すべきその上司は、大した罰も受けていないんだから。そんなのおかしいじゃない。
それに私の夢だったデビュタントをぶち壊した大聖堂も許しがたいと思ったわ。
だから復讐という名の嫌がらせをしてやろうと思ったの。まあ、最初から具体的な方法を考えていたわけではなかったけれどね。




