第32章 ピアット視点⑬ 再会編
「保留……
喜んでいいのか、悲しんだ方がいいのかわからないよ」
「それは仕方ないわ。貴方とはずっと直接会って話をしてこなかったのだから、簡単に答えは出せないでしょう?
自分の気持ちを一方通行に伝えられても分かり合えないわ」
その通りだ。僕の思い込みのせいで彼女を散々苦しめてしまったのだから。
解消されないだけでも幸せだと思わなきゃいけないんだ。
僕は打ち上げの場でスペシャルサプライズゲストとして歓迎された。
舞台の素晴らしさを褒めると、半分以上は貴方の曲を使用させてもらえた結果だと、皆に感謝されてしまった。
今日の舞台を見て初めてこの劇団を知ったとはとても言えなかった。
それにしても今日の舞台の出演者は、レードル以外は音楽や芝居を専門に学んだのではない、素人のような役者や歌手だった。
とてもそうは思えなかったが。
皆貧困家庭で育ち、才能があっても正式に学べなかった者達だという。
「みんなとは半年前、この国に留学して二月ほど経った頃にお祭りで知り合ったのよ。
彼ら、広場で貴方の歌を歌って盛り上がっていたの。即席だったのにとても息が合っていて、それはそれは素晴らしかったの。
貴方の曲なんて聴きたくないと思っていたのに、あまりにも素晴らしい歌声に感動して涙してしまったくらいにね。
だからその場でアマチュア歌劇団を作らないかと誘ったのよ。ちゃんとした構想もなく思いつきで。
そうしたらみんなもなんかピン!ときたみたいで、すぐに話がまとまったというわけなの」
フォルティナの行動力に驚いた。
留学のこともそうだが、以前からこんな性格だっただろうか。と回想して納得した。
たしかにお淑やかで完璧な伯爵令嬢と称されてきたが、幼い頃は外を駆け回るのが好きな活発な女の子だった。
「みんな働いているから無理は禁物、集まれる時にだけ集まって楽しもう!をモットーにやってるの」
「でもそれはもう無理なんじゃないかな。きっとロングランになると思うぞ」
「本当にそう思う?」
「ああ、間違いなく」
「そうか。やっぱりピアット=ムューラントの曲を使ったおかげね」
「それだけじゃなく、脚本も歌も芝居もかなり良かったからな。僕の曲を使わなくても評判になると思うよ。因みに編曲は誰がやったんだい?」
「僕さ。僕が一番君の曲を理解していると思うよ。フォルティナ嬢には申し訳ないが」
レードルの言葉に彼女は当たり前でしょという顔をした。彼が僕の同室だったことを知っているのだろう。
それにしても、彼が編曲をするなんて思いもしなかった。
「学生時代は留年しないで無事卒業するのに必死で、専門分野以外のことを試す余裕がなかったんだ。
だけど、作曲は無理でも、アレンジには興味あったんだよ。
君の曲をすぐ側で聴きながら、頭の中でよくアレンジしていたんだ。だから、今回結構すんなりと仕上げられたんだ。
ここの仲間に入れてもらえて本当に良かったよ」
レードルは嬉しそうに言った。
「どういう経緯でここに入ったの? 君、大手の音楽事務所に入っていたよね。よくここの活動を認めてもらえたね」
「ああ、あそこは辞めたんだ。
ヴァード伯爵が音楽事務所を立ち上げてね、僕を誘ってくれたんだよ。
ここのメンバーはみんなそうだよ。
伯爵は無理な仕事はさせないから、みんな本業に差し支えない範囲内で好きな芸能活動をしているんだ。
だから劇団名も『ダブルソードスタイル』さ。格好いいだろう? そのまんまだけど。
もしロングラン公演になっても、週末、それも交代で出演すると思うよ。
ダブルキャストどころかトリプルキャストになっているから、仕事は続けられると思う」
僕は瞠目した。そんなやり方があるのかと。
図々しいとはわかっているが、もしかしたら僕のためにその「ロワズィール」という名の音楽事務所を立ち上げたんじゃないのか、と思ってしまった。
「ロワズィール」とは趣味という意味だから。
「音楽活動は止める覚悟だと言ったが、好きなものをそんなに簡単に諦められるのか?
領地経営をしながら、できる範囲で音楽を続けてもいいのじゃないか?」
伯爵がそう言っていたことを思い出した。
まだ明日も公演があるので、二時間ほどでその打ち上げは終わり、皆三々五々帰って行った。
レードルも主人公の恋人役をやっていた女性と手を繋いで帰って行った。
なんと実生活でも恋人同士らしく、間もなく結婚するらしい。
あまり裕福ではない男爵家の令嬢だというが、役どころと同じ、愛らしくて可愛い女性だった。
僕も彼のように婚約者と手を繋ぎたかったが、今それをやったら保留期間無しで破棄されてしまうだろう。
僕はぐっと我慢して、フォルティナの後を追うように外へ出た。
ガス燈の灯り自体はそれほど明るくはない。しかし、今晩は満月だったので、ホール周辺はそれほど暗くはなかった。
最初に口を開いたのはフォルティナだった。
「あの主人公は本当に貴方じゃないのよ。
もっとも構想を始めた時は貴方だったのだけれど。
この戯曲は大学の課題用に作ろうと思っていた話だったの。
貴方への恨み辛みを綴って、それで貴方への思いを断ち切って人生の再スタートを切ろうと思っていたのよ。
やっぱり戯曲なのだから、多少は過激というか極悪人を出さないと盛り上がりに欠けると思って、ヒール役が必要だったので、丁度いいなって考えたわけ。
でも実際に書き始める直前に、屋敷に送られていたという貴方からの手紙がこちらに届けられたの。だからそれを読んで内容を大幅に変更したのよ。
だって貴方の人物像がガラリと変わってしまったのだもの。悪人でもない人でヒールな主人公をイメージし続けられないわ。私はまだプロじゃないし。
それに、これは単なる鬱憤晴らしや課題のための戯曲ではなくて、絶対に舞台化のための脚本にしてやろうと考えを改めたからなの。
そのために主人公のことはそのまま悪人としてエンディングを迎えることにしたわ。
もちろん貴方とは別の人間を一からイメージしてね。その方が観客の賛同を得られると思ったの。
この脚本の主人公は、私が執念で生み出した本当に架空の人物なのよ」
「僕の手紙を読んでくれたんだね」
「ええ。ごめんなさい。妹のリリアンやうちの使用人達が本当にひどいことをしてしまって」
「いや。元々は僕が悪かったんだ。こちらこそ申し訳なかった。
幼い頃から僕がフォルティナを蔑ろにしていたせいで、リリアン嬢は僕を嫌っていたんだよね。本気で別れさせようと思うくらいに。
だから手紙のことも仕方のないことだったんだ。全て自業自得だ。
僕は自分で言うのもなんだが、とにかく面倒な奴だったんだよ。君のことをずっと好きだったんだ。だけど、君は兄と外でばかり遊んでいたから、ずっと焼き餅を焼いていたんだよ。
僕も一緒に外遊びをすればいいだけだったのに。
同じピアノ教師に習っていて、君の話を聞くことができていたから、つながっている気になって、どこかで安心していたんだろうな。
でも、うちに余裕がなくなって、教師を雇えなくなったことで焦って、君にあんな無茶なお願いをしたんだ。
本当はね、ピアノを習いたいというより、君と一緒にいたいという気持ちの方が大きかったんだ。君や伯爵には申し訳なかったけれど」
あの日、僕は母親のためにピアノを習いたいと必死に彼女に言い募った。
しかし、本当の目的がピアノのレッスンではなくて、君の側にいたかった、共通な話題が欲しかったからだったと語った。
それにあのままだったら、他家へ養子に出されて、君と離れ離れになる恐れがあったので、それを、阻止したかったのだと。
あまりにも想定外な話だったのだろう。彼女は絶句していた。そりゃあそうだろうな。




